18号車『ポニーライン』

 現在地・えりも町


 乗り込んだ列車は静かに動き出す。苫小牧とまこまいまでを結ぶ日高本線は、かなりの長距離路線だ。過去幾度となく高波や地盤流出といった被害を受け続けてきた苦難に満ちた路線で、北海道旅客鉄道がついに廃止に踏み切った時、設立間もない頃の日本観光鉄道が名乗りを上げて同路線を引き継いだ。しかし、初期段階ではノウハウの少なかった日本観光鉄道は施設の管理を行い、列車の運行自体は北海道旅客鉄道が行う事となり、現在に至っている。

 その後、日本観光鉄道の体制が整ってきた事で複線高架化を一部で行い、えりも駅までの延伸も行った。こうした中、襟裳岬経由のバス路線を同線経由で運行したり、親しみやすいように路線愛称を『ポニーライン』と名付けたりと様々な試みをしているようだ。ところが、なぜサラブレッドの産地でありながら、『ポニー』としたのだろうか。小型で可愛らしいからなのだろうか。私は、『イメージ戦略』と結論付ける事にした。

 延伸部分は単線で高速規格で建設されたために、多くのトンネルを通過する。荒々しい地形のようで、岩肌が多く見られた。進むにつれて平たんな場所が見られるようになり、住宅地に入ったところでかつての終着駅、様似駅に着いた。

 様似駅から先は複線高架化された区間になり、ここからはバス路線が合流する。複線化された区間では、日に5往復する鉄道の間を縫うようにバスが運行されていて、一部は新千歳空港から襟裳岬経由で帯広駅を結んでいる。鉄道も1往復は急行「えりも」が運行されている。馬の走る牧場と、日高の山々、そして襟裳岬と、風光明媚な観光路線としてかなりの力の入れようである。


 さて、少し長めだった停車時間も終わり、私を乗せた汽車は様似駅を出発した。


「おや、あなたも馬の写真を撮られるのですかな?」


 突如として声をかけられる。驚いて振り返った私の視界には、ラフな格好をして大きなカメラを携えた男性が立っていた。


「驚かせてしまって申し訳ありません。私、競馬雑誌の記者をしている者でして、今回はこちらの牧場に取材に来ているのです」


 その男性の言葉に、「どうも」とそっけない返事をした私だったが、男性は気を悪くするどころか心配をしているようだった。さすがに悪い気がした私は同業者と話せるせっかくの機会でもあるので、男性とともにしばらく話をする事となった。

 どうやら彼は、競走馬を育てる牧場に取材に行くところで、静内駅で待ち合わせをしているらしい。私に声をかけた理由は、窓の外に向かってカメラを構えていたから。この辺でカメラを構えるのは馬好きだろうと思ったからだそうだ。その一方で、なぜ様似から乗ってきたのかと疑問に思ったのだが、とりあえずそこは聞かない事にした。

 本当に男性は馬が好きなようで、とにかく話の内容は馬、馬、馬。往年の名馬から馬に乗れるテーマパークに至るまで、ありとあらゆる馬の話が彼の口から語られる。ところが、さして馬に興味のない私だったので、適当に相槌を打ったり写真を撮る上でのポイントを聞いてたりしてやり過ごすのだった。

 浦河駅を過ぎると、男性が山の方を見るように言ってきた。何事かと思った私だったが、景色を見た私はすぐに分かった。

 まだ雪深い日高の山並みをバックに雪の少なくなった牧場を駆ける馬。都会だとまず見る事のない景色に、私は興奮してシャッターを切りまくる。そんな私の姿を見ていた競馬雑誌の記者は、微笑みながら一緒に馬の写真を撮るのだった。


 列車は静内駅に到着した。ここで競馬雑誌の記者の男性は下車して取材へと向かう。到着の直前、私は記者と簡単に言葉を交わすと、名刺交換をして記者と別れた。発車してからホームに目をやると、記者の男性はしばらくこちらに手を振っているのが見えた。その姿に私は、メモを取り出して話の内容を忘れないように書き留めるのだった。


 静内駅を出た列車はしばらくは沿岸を走る。この辺りは波をよくかぶっては地面を攫われていたので、しっかりとした護岸工事を行った上で高架化をした事で、減速こそする時はあるものの運休する事は格段に減った。とは言えども、風の強い日高の海。それが証拠に風が強まって海が荒れてきていた。私はメモを書き終えると、その風景を見ながらぼんやりと眺めながら列車に揺られていた。

 少し内陸に入った路線は鵡川駅に到着する。ここから苫小牧方は単線となってバス路線ともお別れだ。ここまで約3時間半。苫小牧まではもう少しだった。

 単線になるに伴い、列車交換(行き違い)のために約10分停車した後に出発。苫小牧が近づくにつれて、遠目に石油タンクなどの工業施設が見えるようになってきた。西の空が赤く染まりつつある風景を眺めていると、車内アナウンスが流れてきた。


「まもなく終点苫小牧です。室蘭線、千歳線は乗り換えです。車内にお忘れ物なさいませんよう、ご注意下さい」


 それを聞いた私は、最後の目的地である『札幌』に向かうために、荷物を持って席を立つのだった。

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