17号車『黄金道路』

 現在地・帯広市


 バスにしばらく揺られ、私は幸福駅に到着する。駅間はたったの二駅ではあるものの、思ったより時間が経っている上に、次のバスまで結構な間がある。私はその日の宿を少し先の大樹町で取る事にした。

 今、バスで移動しているこの道の近くを国鉄広尾線は走っていた。末期に有名となった愛国駅や幸福駅以外にも大樹駅や新生駅といった縁起のいい名の駅があり、廃止となるその時まで鉄道一筆書きとなる最長片道切符の起点となっていた。

 しかし、それも今は昔。その遺構はぽつんと静かにたたずんでいる。幸福駅の駅舎には、愛国駅に負けず劣らずの量の名刺などの紙片が貼られている。

 この広尾線は日本観光鉄道も復活させたいと考えているものの、実現には至っていない。まだ多くの課題があるらしい。

 私は、在りし日の姿を想像しながら駅舎を写真に収め、宿のある大樹町へと向かうのだった。


 翌朝、私は襟裳岬へと向けて移動する。宿で乳製品を使った朝食食べた後、荷物をまとめるとバス停へと向かった。

 この先の十勝から日高にかけての地域は陸も海もかなりの曲者だ。まず、日高の海は荒れる。というのも、海上を吹く風はかなり強く、高波によって鉄道も道路もよく不通になる。それどころかこの荒波は地面すら掻っ攫っていき、日高本線は幾度となく長期運休を余儀なくされた。

 一方で陸地も十勝からえりもへ抜ける道は、その建設に巨額の費用が掛かり『黄金道路』と呼ばれ、道中のトンネルも『黄金トンネル』と名付けられるほどだ。それほどの難工事を要する場所ゆえに、鉄道が通らないのも納得だ。実は日本観光鉄道が広尾線の復活に踏み切れない理由でもあった。

 私は様々な事を思いつつ、その道路を襟裳岬までバスで南下していくのだった。


 この黄金道路は日高山脈の東側を沿うように走っているのだが、実はここが難所になる理由はそこにあった。というのも、この日高山脈は日本では珍しく海まで突き出していて、襟裳岬は日高山脈の地上部分の最南端という事になる。建設当時の技術では、この日高山脈に苦しめられたというわけだ。私はその道を通り抜け、襟裳岬に着いた。大樹町からはおおよそ一時間半、距離的にもそんなものだろう。目的地に到着した私はバスを降りる。


 目の前に広がるのはごつごつとした岩肌と切り立った岸壁。そう、これが襟裳岬だ。宗谷岬、ノシャップ岬、納沙布岬、そして地球岬と続けてきた岬巡りも、この襟裳岬で最後となる。

 天候に恵まれたのか、眼前には比較的穏やかな海が広がっている。山脈がそのまま海に消えていく場所とあって、他の岬とは性質も表情も明らかに違っていた。

 私はこの自然が作り出した芸術品を、崖に気を付けながら写真に収めていく。旅記者ゆえのさがなのだろうか、私はその表情を満足するまで撮り続けた。

 売店へ移動した私は、そこで襟裳の歴史を展示したパネルを見つけた。それによると、この襟裳の地も一時期砂漠化した事があったらしい。これではだめだと必死に緑化に努めた事で、今では豊かな緑を取り戻すに至った事が書かれていた。

 これは縁起がいいと考えた私は、上司へのお土産として乾燥昆布を購入する事にした。乾物であるならそう簡単には傷まないからだ。そして、自分用にも昆布とペナントを購入して早めのお昼を食べる事にした。地元で採れる昆布からとった出汁を使ったすまし汁や煮物はとてもおいしかった。ご飯を堪能した私は、日高本線のえりも駅へと向かうのだった。


 襟裳岬から日高本線えりも駅まではおよそ2キロある。地形的な条件や将来的に十勝方面への延伸といった理由で、岬からは少し離れた位置に駅が設けられた。観光客の事を考え、路線バス以外にも送迎のシャトルバスが出ており、私はそれで駅まで移動する。

 バスに乗り込んだ私は、今回の旅を振り返っていた。よく思えば、二週間取った有給休暇も残すところあと一日。もう終わるのかと思うと、ここまでの事を思い出してつい感傷に浸ってしまう。北海道のあちこちを巡り、たくさんの人と出会い、今回の旅は本当に忘れられない旅になった。そう思うと、本当に名残惜しくて仕方ない。

 だが、そうもしていられない。えりも駅に到着すると、ホームには次に乗る列車がすでに入線を終えて待機していたのだ。


 11時25分発、普通列車『苫小牧行』。


 これがこれから乗る列車だ。

 私は最後の目的地へ向けて出発するために、列車に乗り込むのだった。

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