16号車『愛の国から幸福へ』

 現在地・新得町


 列車は暗闇の中、上落合信号上にさしかかる。以前来た時とは逆、進行方向右手から石勝線が合流する。ところが、私は朝の疲れが出たのか完全に眠っていて、その光景を見る事なかった。そして、列車は新得駅への坂を下っていく。

 間もなく新得駅に到着する頃、私は目を覚ます。乗ってきた普通列車は新得駅どまり。そこから先は列車を乗り継ぐ事になるので、私は乗り換えの準備をする。

 ここからは前回スルーした帯広市の観光の為に、スーパーとかちに乗り継いで帯広市を目指す。帯広と言えば豚丼のほかにもお菓子メーカーが有名だ。駅の北には本店があるので、私は時間に余裕がありそうなら行ってみようと考えた。

 特急列車に乗った私は帯広駅近くで宿を取ると、終点の帯広駅に着くまでの間、軽くもうひと眠りする事にした。


 帯広駅に着いた私は、駅で晩御飯を食べる。やはり名物である豚丼は外せない。食後のデザートは、地元十勝で採れた小豆と牛乳を使ったあずきアイスだ。産地で食べる食事は格別のおいしさ、私はすっかり堪能するのだった。

 食事が終われば宿に向かう。朝は早起きしていた事もあって、お風呂を済ませると早めに休むのだった。


 翌日は朝から雪がちらついている。まだ朝も早く、お店も開いていないと判断した私は、とりあえず他の所で時間をつぶそうと考えた。

 ……帯広の地には他にも名物がある。そのひとつがここ帯広の競馬場だけとなった『ばんえい競馬』だ。通常の競馬とは違い、荷物と騎手を乗せたそりを馬に引かせ、その着順を競うというもの。一時期は廃止寸前まで追い込まれたものの、ファンの支えもあって帯広市が唯一となりながらも開催され続けている。

 曜日的にも今日は土曜日。開催されていると踏んだ私は、タクシーを捕まえて早速帯広競馬場へと向かうのだった。


 しばらくして帯広競馬場に着く。さすがに週末とあってか、大勢の競馬ファンが競馬場に詰め掛けていた。その盛り上がり具合は、地方競馬と侮っていた事を素直に謝罪しなければならないほどだった。私は賭け事の類は一切しないのだが、この時ばかりは取材と記念という事で、すぐ後に行われる1レースの馬券を購入する事にした。

 馬券の購入が終わって中に入ると、競馬新聞を握りしめて馬券の束を持ったよくあるイメージ通りの人が目立つ。ところが一方で、一介のサラリーマン風の人や子連れの女性がいて、私はとても驚いた。

 さてさて、人波をかき分けて馬場を一望できるスタンドにやってきた。これから行われるのは『ばんえい競馬』だ。ばんえい競馬とは通常の競馬とは違い、騎手は馬の上ではなく馬の後ろに備えられた重りを載せたそりの上に乗るのだ。一時期は廃止の危機に陥ったものの、ファンたちの支えによって現在も帯広市でのみ開催されているのだ。そういった事もあり、私はこのレースの馬券を募金がてらに購入したのだった。

 席に着いた私は、馬場を見回す。コースは直線ではあるものの、途中に大きなこぶが2つある。どうやら『障害物競走』のようだ。初めて見るとあって、私がそわそわしながらその馬場を見つめていると、場内に開始を告げるファンファーレが鳴り響いた。

 そして、ゲートが開き、各馬一斉に走り出した。重いそりを曳くとあってスピード感はない。しかし、周りの人の熱気は普通の競馬と変わらない、いやそれ以上に凄まじかった。気圧されながらレースを見届けた私は、時計を確認して移動を始めた。結果は言わずもがな。もう少し見ていたかった気もするのだが、私はこの空気がどうも苦手のようだ。

 スタンドから聞こえる様々な声を背中越しに聞きながら、私は帯広競馬場を後にするのだった。


 私は帯広競馬場から、帯広駅の北にある有名なお店の本店へとやって来た。ここではお土産の定番のお菓子が食べられるとあって、夕張の映画村同様にこの旅で楽しみにしていた物のひとつである。私は落ち着いたこの空間で、コーヒーとともにしばしの甘い時間を過ごした。

 お菓子を堪能した私は、帰り際に会社へのお土産として宅配を頼む事にした。


「すみません。こちらの住所までお土産を送りたいのですが」


「かしこまりました。…………、こちらが控えと領収証でございます。ありがとうございました」


 会社へのお土産を購入した私は、次の目的地へと移動する為にお店を出てバス停へと移動する。


 次の目的地は襟裳岬だ。そして、その途中では『愛国駅』と『幸福駅』という場所にも寄る。この二駅は、かつて帯広駅から南の広尾町までを結んでいた国鉄広尾線にあった駅である。国鉄末期に『愛の国から幸福へ』という言葉とともに盛り上がりはしたのだが、地方交通の盲腸線とあって鉄道の利用は思ったより伸びず、同じ帯広駅から北に延びていた士幌線ともども廃止されてしまったのだった。


 バスに揺られた私は、まずは愛国駅へとやって来た。バス停から東に少し離れていたが、目的の物はすぐに見つけられた。

 白色の『愛国駅』の看板が目立つその建物は、内外びっしりと訪問記念の紙片が貼られていた。噂には聞いていたもののその量は驚くべきものだった。私はその駅舎へと入る。中はミニ博物館となっていて、備品などが飾られていた。そして、反対側へ出るとホームが現存していて、レールも残されていた。手入れはされているようだが、ところどころに錆などの劣化が見て取れるあたり、時の流れというものを感じざるを得なかった。

 小雪がちらつくホームでしばらく佇んだ私は、近くの売店へと移動する。そこで缶コーヒーと記念切符を購入して、次の幸福駅へ向かう為にバス停へと向かった。


(ここにもう一度、列車が走る姿を見てみたいものね……)


 私は名残惜しそうに、やって来たバスへと乗り込むのだった。

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