第73話 ブデ師団とモニエ師団
ストラデッラを出て、ボナパルトは進軍を始めた。途中カステッジョで、ドゼは預かったブデ、モニエの二師団を閲兵した。すぐに西進を開始し、モニエ師団をボゲーラ(*1)に、ブデ師団をポンテクローネへ導いた。
12日早朝、ボナパルトはボゲーラに司令部を置いた。ここにはまだドゼがいて、モニエ将軍及び、エジプトから連れて来た将校らと打ち合わせをしていた。
朝の10時頃、モニエのテントに、いきなり、ボナパルトが入って来た。
「ドゼ将軍。俺に、軍の閲兵を見せてくれ」
その場にいた諸将は、互いに素早くアイコンタクトを交わした。返事をしたのはドゼだった。
「それなら、モニエ将軍に。師団は直接、将軍の指揮下に置き、私の部下に補佐を命じたところです」
ドゼ自身はこれから、ポンテクローネのブデ師団へ向かうという。
「いや。君の指揮でないとだめだ」
ボナパルトは言い張った。
困ったような、すまなそうな、何ともいえない眼差しを、ドゼはモニエに送った。
「構いませんよ、ドゼ将軍。ボナパルト総司令官の御下命で私は今、貴方の麾下にいるのですから」
にこやかにモニエが応じる。彼が本気で、ドゼの下に甘んじているのがわかる口調だった。ボナパルトはむっとした。
「来い」
ドゼを伴い、急ごしらえの練兵場へ向かった。
◇
オーストリア軍から派遣されてきた将校は、手持無沙汰だった。彼は、フランス軍との捕虜交換の打診に来たのだ。
捕虜の扱いは過酷だ。日もろくに射さない南京虫だらけの湿気った牢獄に押し込まれ、食事も満足に与えられない。若いフランス司令官達と違い、オーストリア人の将軍は年配者が多かった。捕虜生活が、命に関わる場合が多い。幸い、オーストリア軍は、フランスの将校を何人か捕虜にしていた。彼らを解放する代わりに、オーストリアの将校を返して貰うよう、打診にきたのだ。
とはいえ、彼は自分がスパイだと疑われている気配を感じていた。だから、テントに入れて貰えず、こんな何にもない原っぱに置き去りにされているのだ。
不意に、軍楽隊の楽の音が鳴り響いた。オーストリアの勇壮な楽曲と違い、フランスの軍歌は、どこか物悲しく、郷愁を誘う。
軍馬に跨った男が、軍の先頭に出て来た。指揮官だろうか? それにしては、私服姿だ。
通眼鏡を取り出し、オーストリア将校は片目に当てた。自分はスパイではない。だが、命がけで敵陣まで来たのだ。得られる情報は分捕っていくべきだ。
丸いレンズの向こうに、黒っぽい髪の男が見えた。まっすぐ後ろに伸ばした髪を無造作に束ねている。振り返った両頬には、髭で隠そうとしているが、ひどい傷跡があった、
「……ドゼ将軍」
オーストリア将校は、かつてライン河方面で戦っていた。ドゼは、その時の敵方の指揮官だった。若く勇猛で、オーストリア元帥からも一目置かれていた。
墺仏の休戦協定には、たいがい彼が、全権大使として出席した。ケールでフランスが負けた時、要塞撤退まで一晩の猶予を貰った彼は、武器、弾薬から馬車、食料に至るまですべてを持ち出し、翌朝乗り込んだ
……なぜここにドゼ将軍が?
オーストリア将校は激しく混乱した。
ドゼはまだ、エジプトに残っていると思っていた。きこくの際、ボナパルトが連れて来たメンツの中に、ドゼの名は伝わっていなかった。それはいかにも彼らしいことだ。あの清廉なドゼが、軍事クーデターなどに賛同するはずがない。
オーストリア将校はまた、地中海を封鎖しているイギリスは、フランス精鋭軍の帰国を許さないと信じていた。イギリスは、オーストリアの同盟国だからだ。したがって、ボナパルトがエジプトに置き去りにした軍は、今でもカイロ辺りに取り残されているはずだ。
「どうかね。
背後から声を掛けられ、将校は飛び上がった。
腹部を突き出し、手を後ろで組み、ボナパルトが立っていた。彼はひどく得意げだった。
「ドゼはエジプトから帰って来た。私が命じれば、彼は万難を排してもやってくる。ドイツで、君らはさんざん、ドゼに叩かれたのではなかったか。せいぜい気を付けるよう、上層部に伝えるがよい」
小気味よさそうにボナパルトは全身を揺すって笑った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
*1 ボゲーラ
6月9日に、ランヌ軍がカステッジョの丘モンテベッロで打ち破った
*2 ケール撤退
「負けないダヴーの作り方」で描いています
https://kakuyomu.jp/works/16816452218559266837
がっつり史実ver.はこちら
https://novel.daysneo.com/works/episode/527a8e52f9be8bb13c094ea1376dd50a.html
また、96年の戦いでドゼが太股を狙撃され負傷した時には、オーストリアのラトゥール元帥とローゼンバーグ将軍かストラスブールのドゼの元まで見舞いにきています。
https://novel.daysneo.com/sp/works/episode/34fcf09c84d6587f8d1137acbd4ea9d8.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※ ストラデッラを出てからの足取りを、「近況ノート」にアップしました
https://kakuyomu.jp/users/serimomo/news/16817330661121134880
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます