第1話 episodeⅠ

「起きてください、もう朝ですよ」

 耳元で優しいこえがする。

 開いていた窓からは鳥のさえずりが聞こえてくる。

 それに呼応するかのように私は体を起こす。

「…何よフレズ、まだ早いんじゃないかしら?」

 気怠く話す私に対して、一つ大きくため息をし銀髪ロングヘアで16歳ほどの少女ことフレズは有無を言わさない速度で毛布をどかした。

「もう!今日は何の日か忘れたのですか!」

 確実に怒っているのが声から伝わってくる。

 私は寝ぼけた頭を回転させ思い出そうとした。

 何だったかしら?確か今日は起きて朝ごはん食べていつも通りのんびりして…

 駄目!思い出せない!

 考え中の私をフレズが冷たい目で見てくる。

「…まさかクベル、思い出せないのですか?」

 黒髪ロングヘアの15歳ほどの少女クベルこと私の部屋に静寂が響き渡る。

 正直に言ったほうが身のためか。

「…ごめんなさい、忘れました」

 フレズの口からまたもため息が漏れる。

「…素直なことは良いことですが褒められたものではありませんね」

「悪かったとは思ってるからさ、教えてくれない?」

 フレズの顔がついに怒りから呆れへと変わった。

「もう、しょうがないですね。今日は主神様からのとても重要なお仕事の日です」

 それを聞いて顔が青ざめていく。

「なんでそんな大事なことを躊躇って言ったのよー!」

 クスクスと笑っているフレズを押し退け、急いで着替え始めた。

 何故こんなにも私が焦っているのか。事の発端は一月前に遡る。


                  ♦

 この日私たちはおじいちゃんことゼウス様に呼ばれていた。

 理由は分からないがきっと何か重要なことなのだろう。

 呑気に背中の黒翼を動かしていると、隣で飛んでいたフレズが声をかけてきた。

「クベル、飛びながらになりますが少しお話よろしいですか?」

「何よフレズ、手短にお願いね」

「いいですか、くれぐれも粗相のない態度でお願いします」

「分かってるわよそんなこと。おじいちゃん怒らせると怖いのは私がよく知ってるんだから」

「だったら良いのですが…」

「フレズは心配しすぎなのよ、私だって同じ天理なのよ」

 フレズは呆れを表すかのように速度を上げた。


 おじいちゃんのセプラティ宮殿は、楽園エリュシオン神殿を通り、戦乙女ヴァルハラの庭を飛んでようやくたどり着く。

 距離にして合計約957億kmにもなる。

 普通でない人間でも間違いなくたどり着けない領域だろう。

 まあ私たちは人間じゃないから10分程度で着くけど。

 そんなことを考えているとようやくとてつもない大きさの神殿が見えてきた。

「ようやく辿り着いたわね」

「分かっているとは思いますが、ここからが本番ですからね」

 翼をしまい着地すると、フレズが辺りを見渡し始めた。

 私もその違和感は少なからず感じていた。

 それもそのはず、いつもは扉の前に筋肉モリモリの兵士がいるはずだが……雰囲気すらも感じられない。

「……とにかく主神様のところへ向かいましょう」

「…だけどなにか怪しいわ。こんなこと今までなかったわよ?」

「ならばクベルは主神様のご命令を無視するのですか!?」

「そういうわけじゃないけどさ…」

 いつにも増して私へのあたりが強い。

 それが果たして怒りなのか、それとも別の何かに対してなのかは私には分からなかった。

 ただそれが、おじいちゃんに対する忠誠心の現れであることは分かった。


 二人係でなんとか扉を開け、長い通路の先にはとても絢爛な椅子に老人が一人。

「よう来おったのう、フレズ、クベル」

「お待たせいたして申し訳ございません。フレズ参りました」

「待たせて悪かったわ、クベルよ」

「よう来たのう、フレズ、クベル」

 片膝を床につきおじいちゃんに向かって頭を下げる。

 何をしているかを知らない者からしたらただの軍隊の敬礼にしか見えないだろう。

 そんな私たちにおじいちゃんが椅子から立ち、近づいてくる。

「さてお主たちに来てもらったのは他でもない。お主らには少し調べてもらいたいことがあるのじゃ」

「何なりとお申し付けください。私たちは主神様の手となり足となりましょう」

 …フレズの忠誠心は一体どこから来るのだろうか。

 時々過度な表現をすることが多いが、おじいちゃんの前では特にだろう。

「実はのう、ここ3万年ほどで地上に沢山の神が舞い降りておるのじゃが…」

「それは普通のことじゃないの?何も問題はなさそうじゃない?」

「クベル!」

「ほっほっほっ、良いのじゃフレズ。クベルがそう思っても仕方ないのじゃ。何せ前例が全くと言ってもよいほどないからのう」

 前例がほとんどない事象なんて神界ここでは普通のことだと思うけど…

 でも全知全能のおじいちゃんが言うほどの事って一体…

 フレズは相変わらず表情一つ変えずにおじいちゃんを見ている。

 正直恐ろしい位だ。

「さて話を続きを。実はその神達が神界に戻ってきておらんそうなのじゃ」

 おじいちゃんからの一言に真っ先に反応したのはフレズだった。

「そのようなことが起きているのならば不敬も良いところですが…」

「じゃがこれは実際に起きていることなのじゃ」

 私たちは顔を曇らせた。

 なにせ本当に大規模すぎる前例のいないことだったからだ。

 神が地上に舞い降りるのにも様々な理由がある。

 恋の神なら異性同士を引き合わせるためだとか。

 山の神なら山に住まう動物たちの環境を守るためだとか。

 だがもしもそのようなことに関係のない神が戻ってこないのなら、それはおかしな話だろう。

 地上に舞い降りた神には神界に戻る義務がある。

 これは必要以上に人間と関わることを禁止しているからだ。

 私は頭を整理しつつ質問をした。

「話はなんとなく分かったとして、それと私たちになんの関係があるの?」

「お主たちにはその戻って来ない神達を神界こっちに戻してきてもらいたいのじゃ」

 長くなったがどうやらこれが本題らしい。

 そして私たちは同時にもう一つのことに気付く。

「それは私たちに地上へ降りてほしいと言うことですか?」

 私も思っていたことをフレズが先に口に出す。

 天理が地上に降りることは多分私たちが初めてだろう。

「まあそういうことじゃ」

 おじいちゃんの答えを聞いた時、私の中に一つの疑問ができた。

「それってさ、ヴィルムやスケルツォじゃ駄目なの?」

 ヴィルムやスケルツォも私たちと同等の力をもった天理だ。

 なによりあの二人はいつもどこかで遊んでいたり、紅茶を飲んでたりする。

「あの二人にはこの後やってもらわなければならんことがあるのじゃ」

 何だか上手く理由を作られた気がしたが気にしないでおこう。

「なるほど、ではいつ私たちは地上に降りるべきですか?」

 まるで何事もなかったかのようにフレズが話を進める。

「わしが地上への扉を開けるからのぅ…1か月後の今日と同じ時間に来てくれぬか?」

「かしこまりました、1か月後の今日再び参ります」

「それじゃあ頼んじゃぞ、フレズ、クベル」


                  ♦

 戦乙女ヴァルハラの庭を飛びながら1か月前の記憶が呼び起こされる。

 寝起きとは言え何故こんな大事なことを思い出せなかったのか。

 自分の情けなさに思わず赤面しそうになってしまう。

「赤面しそうになるくらいならもう少し私生活を見直してください」

 まるで私の心を読んだかのように的中させてくる。

「それともクベルの力を使って時間を今日の朝に戻しますか?」

 冗談とは言えここにフレズがいなければ間違いなく使っていただろう。

「そ、そんなことより着いたわよ」

 大急ぎで来たため7分くらいでセプラティ神殿に着いた。

 相変わらず扉の前には誰もいない。

「この前もいなかったけど…本当にどうしちゃったのかしら?」

「それよりも今は扉を開けることが優先です。クベル、手伝ってください」

「分かったわよ」

 疑問尽きぬままフレズに言われるがままに扉を開けた。

 そして絢爛な椅子には案の定おじいちゃんがいた。

「フレズ、ただいま参りました」

「クベルよ、今来たわ」

「よう来てくれたのう。もう準備はできておる、ついてくるのじゃ」

 そういいおじいちゃんは椅子から立ち、奥の扉へと歩き始めた。

 私たちは足並みをそろえて後をついていく。

 おじいちゃんが扉に近付くと自動で開き、奥から謎の空間が見えた。

 その空間は紫がかった色をしているが、見れば見るほど違う色にも見えてくる。

 そして体が吸い込まれていくように体が反射的に動いてしまう。

「クベル!」

 フレズに呼ばれ意識が戻る。

 あまりあの空間を見るのはよそう。

「さてお主たちには今からこの中に飛び込んでもらうからのぅ。心の準備だけしといてほしいのぅ」

「私は問題ありません。いつでもお願いします」

 フレズが即答する。

 何故こんなにも自信満々に言えるのだろうか。

「…まあ私も大丈夫よ」

 私たちの気持ちも整った。

「この空間の先は神がいる地上に降りることになるじゃろう。最後に何か質問はないかのぅ?」

「大丈夫です」

「大丈夫よ」

「そしたら後は頼むぞ、フレズ、クベル」

 おじいちゃんからの一言で背中を押されたが手が未だに震えていた。

 それに気付いたのか、フレズが私の手を握ってきた。

「大丈夫です、私たちはどんな困難も二人で乗り越えてきました。私たちに越えられない問題はありません」

 フレズの言葉のおかげで手の震えが止まった。

「そうよね!私たちなら大丈夫!さあ行きましょう、フレズ!」

「全く、調子が良いにもほどがありますよ」

 私たちはお互い手を握り、顔を見合わせ、先の見えない空間に飛び込んだ。


 


 




  

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終わりのなき神達へ 秋辺 @akibe

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