第7話

 目を覚ましたら、カーテンが視界に入るのなんでだろう?

 窓にかけられたカーテンじゃなくて、ベッドを囲む形のカーテンが視界に入るのなんでだろう〜?なんでだろうーなんでだろうーナナナなんでだろう〜


「咲良ちゃん目が覚めたのね!」


 ぼんやりとしながら『なんでだろう』の歌を頭の中で歌っていると、母親の顔が視界を遮った。


「マネージャーの楠木さんも心配して来てくれているのよ!楠木さん!楠木さん!咲良ちゃん目を覚ましたました!」


 カーテンの向こう側に母が飛び出して、しばらくすると、母と一緒に楠木さんが現れた。楠木さんは五十代のベテランマネージャーさんで、

「サクちゃん!死んだかと思ったじゃない!私を心配させないで!」

と、言いながらベッドで寝ている私の手をギュッと握りしめたのだった。


 楠木さんは見かけはダンディ、中身は乙女という事務所の名物・敏腕マネさんで、私はこの人に見初められたからこそ、ここまで成功出来たという所もあるので、

「楠木さん・・私・・・」

思わず、ほっとしてしまって涙がポロポロ溢れ落ちてしまったのだった。


 私を刺してきたファンの男性はその場で捕まり、私は救急車で病院に搬送された後、十日間ほど意識不明の重体という事になっていたらしい。


 看護師さんがお医者さんを連れてやって来て、みんなが、私の意識が戻った事を喜んでくれたんだけど、病院の外ではマスコミが張り付いているような状態らしいのだ。


「傷はそれほど深いものじゃなかったから心配しなくても良いんだけど、これからの事を考えると色々と心配な部分が大きくってね・・」


 すでに自分のお腹の傷は快方に向かっており、抜糸を待つばかりの状態となっているらしいんだけど、楠木さんが不安そうにこちらを見つめている。


「え?どういう事ですか?私を刺したおじさんは捕まったんですよね?」

「狂気のファンおじさんは捕まったんだけど、刺された事について、マスコミが事実無根も交えて面白おかしく煽っているのよ」


 面白おかしくってなんなんだろう。


「それで事務所で相談したんだけど、咲良は世間から隔離した方がいいんじゃないかという事で話が進んだわけなのよ」


「隔離?」


「マスコミが来ない場所へ移動・・といっても、都内のマンションになるんだけど、向井地興産所有の物件に移動してもらう事になるの」


 向井地興産はうちの事務所のスポンサーのうちの一つだったんじゃないのかな?私は自分の近くに来るように楠木さんを呼びながら、

「隔離ついでに重役接待しろとか、そういう訳じゃないですよね?」

と、母親に聞かれないように気をつけながら、小声となって問いかける。


 何せ、グループを脱退した私みたいなタレントは、事務所にとっては不良債権みたいなもので、何とかお金を産み出せるようにするために、財界の誰々さんだとか、企業のお偉いさんの誰々だとかと、接待という名の食事会や、交流という名のセクハラまがいの行為をされる事があったりするからで・・


「まさかぁ!君が接待するんじゃなくて!俺が君を接待する形になるんだから!気にしないで!気にしないで!大船に乗ったつもりでいてよ〜!」


突然、ベッドの周囲を囲むカーテンが無造作に開けられると、夢の中で出会った男が私を見下ろしながら満面の笑顔で言い出したのだ。


「これから移動って事になるんだけど大丈夫?」


 その男は上下漆黒のダブルスーツに身を包んでいるのだけれど、そのスーツが相当高級なものだという事が、生地の質から見て良くわかる。


 ツーブロックが入ったマッシュショートヘアを綺麗にセットした男は、

「咲良さん、俺の運命のバディ、迎えに来たよ!」

と、周りが凍りついている事など一切気にせずにニコニコ笑っている。


隣で立ち尽くしていた母が、

「ど・・ど・・どういう事でしょうか〜?」

と、驚き慌てた様子で問いかけると、楠木さんが怪訝な表情を浮かべながら立ち上がる。


「向井地さん?あなた、咲良と面識ありましたっけ?」

「楠木さんには言っていませんでしたっけ?うちの事務所のCMに出演してもらおうかと思って、何度か本人ともお話をさせて頂いた事があるんですけど?」


 楠木さんとお喋りを始める男を見上げて、私は、嘘だ!嘘だ!と心の中で叫び声を上げていた。


 このスーツ姿の男、まさしく、あの夢の中に出てきた殺戮で狂気の変人男であり、自分と同じ灰色である事を喜んで、私の事をバディ、バディとはしゃいだ声をあげていた男だ。


 男は母や私にも自分の名刺を渡してきた為、その名刺の名前を見て、ようやっと男のフルネームを理解した。


「向井地仁さん・・・」

「はあい!何でしょうか?」

「これは一体どういう事なのでしょうか?」


 全く理解できない!本当に全く理解できない!


「うちの会長が咲良さんの大のファンでして、今回の事件を聞いて、是非とも力になりたいと言い出しまして、それで俺が会長の意向を汲んでやってきたという事になるのですが?」


「咲良!あのね!」


 楠木さんが私の手を握りながら言いました。


「マスコミが有る事無い事、報道していると言ったけど、今いる病院だとセキュリティが弱すぎて、病室まで部外者が入って来ちゃいそうになっているのよ。それで、病院の方にも迷惑がかかっているし、転院って事で話が進んでいたんだけど、向井地さんの方で保護してくれるということで話が進められていたのよ」


 えーっと、えーっと、病院が迷惑?


「うちが所有している系列の病院が近くにもありますし、移動先のマンションには有名人が多数住んでいる事もあって、セキュリティは万全なので、お母様と一緒に移動して頂いても何の問題もありませんから」


 そんな事を言っている間に、ストレッチャーが運ばれてきて、私は病室から移動する事になってしまったのだった。

 ストレッチャーはそのままデザインが独特の救急車、民間救急の車にストレッチャーに寝そべったまま乗せられて、向井地仁が付き添う形で乗り込んでくる。


 後ろのハッチドアが閉められて、車が走り出したところで私が男を見上げると、

「くくくっ・・まさか目を覚ましているとは思いもしなかったな・・・」

と、漆黒の髪を掻き上げながら男が可笑しそうに言い出した。


「あ・・あ・・あれは夢じゃなかったんですか?」

「夢なもんか、あれは仮想世界とはいえ、現実に起こっている事なんだから」


 唾を飲み込み、男を見上げると、

「大丈夫、俺はバディを絶対に死なせないから安心しな」

と言って、無造作に私の頭を撫でてくるの、やめてほしい。


「あなた、本当に向井地興産の人なんですか?」

「それは本当」

「あの名刺の名前も」

「あれも本当の俺の名前」


 なんだか車酔いでもしたみたいに気持ちが悪くなってきた。


「あのさ、咲良さんは、良くある絵の具の12色を混ぜ合わせてみたところで、何の色になるか想像出来る?」


 まほろびの世界が〜とか厨二な事を言い出さないみたいだから良かったけど、ここに来て絵の具12色?意味がわからないんだけど。


「黒なんじゃないですか?全部合わせたら黒、黒以外想像つかないんですけど?」


媚を売る訳じゃないけど、全身真っ黒男にそう声をかけると、真っ黒男の仁さんは、ニンマリと笑いながら私を見下ろして、


「赤やら緑やら青やら橙やら、全部を混ぜ合わせてみたら、結果は灰色だよ」

と言って私の胸の中央に指先を向ける。


「だからね、俺のバディ、特別な君は俺の言う事をただ聞いておけばいいんだよ?」

「怖いわ!怖い!怖い!怖いこと言わないでよ!なんだかゾッときたわ!」


 何とも言えない狂気を感じた私は大声をあげたけど、民間救急の車は私を乗せたまま無常にも道路を走り続けて行ったのだった。


                                   〈完〉


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まほろびの歌 〜変人とアイドルと殺戮と〜 もちづき 裕 @MOCHIYU

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