03 竜ヶ森湖の焼失

 真夜中の空を、蒼白い光芒が飛翔音を轟かせ駆け抜ける。

 光と音の主が、雲間から零れた月光を返して白銀に煌めく。特殊耐熱鏡面コートの色だ。

 多角形を複雑に組み合わせて形成された装甲。赤く光る三対六基の円筒形のカメラアイ。平均的な太さの脚部。そして、敵を殴る為に産まれたかのような力強さを放つ、推進機構が仕込まれた腕部・通称ジェットバレット。

 全長四十メートルの不死身のロボット、アダバナシタ二号機ジェットバレット換装型がそこにはいた。


『目標、竜ヶ森基地まで残り三十キロメートル、進行を続けています!』


 高速飛行するアダバナシタのコクピットの中、九朗は通信班の二十代の男性の声を聞きながら、

 

「……あれ、だよな?」


 灼光怪獣しゃくこうかいじゅうラギランガを一目見て、『この惑星ほしにあってはいけないもの』というある種の確信を得て、それと同時に通信を入れた。

 

「えと、こちら九朗! 隊長、確認なんですけど、あの光ってるのが怪獣もくひょうですよね⁉」

『こちら指令室、形部。その光っているのが目標だ。どうした?』

「なんか……実際に見るとすごくおそく感じるんですけど?」

『時速約三十四キロだからな。ソイツに一分で接敵出来る今の二号機からすれば遅く見えるだろう。だがヤツは光熱圏に着陸したら急接近してくる。注意するんだ』

「……了解です」


 コクピット内が一瞬眩い光に包まれ、即座に真昼程度の明るさに補正のかかった映像へと切り替わる。ラギランガの光熱圏に入ったのだ。

 九朗は潰れた視界が治っていくのを感じながら、ヘルメットのヘッドアップHead-UpディスプレイDisplayに表示されたコーティング損耗度を示す数値が減少するのと、降下するにつれ宝石のような地面が近づいてくるのを見て、大きく深呼吸した。

 

『間もなくランディングポイントだ。距離四百でランディング』

「了解。システム、戦闘モード移行。着陸します」


 人造の巨人が舞い降りて、その足が結晶の地面を踏み砕く。

 その時には、寸前までじりじりと動いていた光源がアダバナシタ二号機の眼前に接近していた。

 九朗が驚くよりも速く、ラギランガはアダバナシタ二号機の胸部右側を殴りつけていた。

 アダバナシタ二号機は着地の姿勢のままそれをマトモに受けてしまい、地面に倒れ込んだ。


「うわ⁉」


 慣性制御装置によって抑制された衝撃と、目標の急接近の驚愕が九朗の身体に響いた。

 ラギランガがアダバナシタ二号機に馬乗りになり、両手を首関節へ伸ばす。


(メインカメラをやられ──っ⁉) 


 怪獣の狙いに気付くと同時に、九朗は目を見開いた。ラギランガの顔部の前に光が収束していくのを見たのだ。

 それが何か考える前に、九朗は機体の操縦を始めていた。既に自機のどこを狙っているか勘付いていた。最初と同じ場所だろう、と。

 アダバナシタ二号機の上半身を捻り、右拳でラギランガの顔部を殴って強引に逸らす。

 ラギランガの動きが一瞬止まった。だがその直後、収束した光が撃ち出された。


「ビーム……!」


 九朗は驚きながらも、背中が地面から離れて露出していたブースターをフルブーストモードで点火。

 本来は高速移動するための推進力で勢いよく機体を起こして怪獣の下から抜け出し、地面を滑り距離を取りつつ振り返る。


「うおぉっ!」


 怖気づくまいと九朗は吼える。

 再度フルブーストを始動し、一気に距離を詰め右脚でローキックを叩き込む。

 しかしラギランガに効いている素振そぶりはなく、アダバナシタ二号機の右脚を払い除け、その胸部へ水平チョップを──


「このっ! コイツ、コクピットばっかり!」


 寸でのところでチョップを払い除けながら言う九朗の頬を、嫌な汗が伝う。


『防御するならこちらの攻撃でダメージを受けているという事だ、気圧けおされるな!』

「はい!!」


 九朗は形部の声に力強く返し、攻勢に出る。

 左、右とフェイントをかけ、更に右へ瞬間加速をかけ、ラギランガの左斜め後ろに回り込み、槍の一突きのようなドロップキックを繰り出す。

 ────当たらなかった。


「な!」

 

 九朗は目を見開く。

 ラギランガが左足を軸に九十度回転して回避していたのだ。まるで蹴りの軌道を知っていたかのように。


「ぐあっ⁉」


 衝撃がアダバナシタのコクピットを揺らす。

 ラギランガが地面から浮いていたアダバナシタ二号機を真横から蹴り飛ばしたのだ。

 アダバナシタ二号機は地面を跳ねて転がり、仰向けの姿勢で止まった。


「っ……!」


 九朗は即座にブースターを瞬間加速させて起動し、跳ね上がるように機体を起こした。素早く旋回してラギランガの方を向き、前面のブースターを点火して後退しようとして、


「違う下がるな!」


 怯えかけた自分を叱咤して操作を切り替える。

 地面に倒れ込むような前傾姿勢になりながらフルブーストモードを起動。同時に操縦桿の攻撃ボタンを押して、拳を振り上げたまま減速せずに一気に接近して、


「はっ!」


 拳を振り下ろす寸前に左、前と急加速して、ラギランガの背後に回り込んだ。

 ラギランガもそれに反応して背後を振り向くが、


「遅い!」


 その一撃は回避も反撃も許さず、ラギランガの顔面に突き刺さった。

 反撃の狼煙が上がった。九朗はがむしゃらに攻撃を繰り返し、ついにラギランガが体勢を崩した。

 

「今っ!」


 その瞬間、九朗はおのが口の動きよりも速く機体を動かした。

 フルブーストの加速が十全に乗った渾身のドロップキックがラギランガに突き刺さる。

 ラギランガは猛烈な勢いで地面と水平に吹き飛ばされ、竜ヶ森湖に落ちていった。


「まだだ……!」


 九朗は油断せず、指先の感覚でジェットバレット起動ボタンの位置を確かめた。

 

『そのまま押し切れ!』

「了か──」


 形部の檄を聞いて動こうとして、

 

『待ってください! ラギランガの温度の上昇を確認!』


 情報班の女性の緊迫した声が九朗の声と行動を遮った。

 

「えっ」


 九朗が疑問の声を漏らす。寸前までヘルメットのHUDにその兆候は表示されていなかったから。

 直後、個別ウィンドウに表示されていたラギランガの全身の温度分布が変化を──急激な上昇を始めた。頭部と胸部の光球核へ向かって熱が流れていくように見えた。

 

「あっ……⁉」

『確かなのか⁉』

『摂氏十万度から急激に上昇中! 隊長これ……そんなっ⁉ もう百二十万⁉』 

「何する気⁉」


 九朗は次に何が起こるか予測する事が出来なかった。それ故に、最適解を導くことも出来なかった。

 

『これは……⁉』


 確信と動揺が入り混じる声が通信機越しに九朗へ伝わる。形部の声だ。

 

『まずい、退避──!』


 形部の叫ぶような指示が飛んできたその瞬間。

 ラギランガの頭部と胸部から、光熱圏の中でそれ以上に強く輝く蒼白い光線が放たれた。

 一点に合流した二つの光線は巨大な奔流となって解き放たれ、それはアダバナシタ二号機を一瞬にして吞み込んだ。


「うわぁあっ⁉」

 

 コクピットを衝撃が三度襲う。光の奔流の直撃で一度、押し流された際の衝撃加速度で一度、何かに激突し止まって一度。

 アダバナシタ二号機は光波熱線の直撃により音速で撃ち出され、トンネルのある山に突き刺さっていたのだ。

 

「うぅ……っ!」


 九朗はかぶりを振り、すぐさま怪獣の攻撃から脱出を試みたが、

 

「重い⁉」


 掴み直した操縦桿と力の限り踏み込んだフットペダルは、微動だにしなかった。

 息を吞んだ九朗は、ようやく警告音が鳴っている事に気付いた。ヘルメットHUDに表示された特殊耐熱鏡面コートの損耗度数値、その減少量が急加速していた。


「通信……ダメか……」


 開かれたままの通信回線から聞こえてくる音はノイズに支配されていた。孤立無援である。


「どうしよう、どうしよう……」


 蚊の鳴くような声で焦っているように呟き始める九朗は、その実どこまでも冷静だった。自分でも不思議なほどに。

 ふと九朗が特殊耐熱鏡面コートの数値に目をると、その減りが遅くなっていた。

 九朗にとっては大好きなゲームをやってる途中でもしょっちゅう起きる、さして特別でもない現象。しかしこの状況では、他の何よりも欲していたものだった。

 そうして五秒未満が無限に引き延ばされる中で、九朗は行動を選択する。


「……よし、やろう」


 それが、自分に出来ることの最善策だと願いながら。


「シミュレータと同じなら」


 九朗は正面にある計器類の中に紛れていた表記のない黒いボタンを押した。続けて操縦桿を左右交互に『右下下左上右左上』へ動かし、フットペダルを左右同時に踏み込む。最後に、右操縦桿のボタンを全て同時に押し込んだ。

 僅か三秒の間に入力したそれは、アダバナシタの総合出力を強制的に三倍引き上げる、マニュアルにも書いていない隠しコマンド。

 シミュレータに籠るようになって一週間経った頃。これを偶然発動させてしまい、その結果、評価項目リザルトの『修理費』が物凄い額になってしまい大幅にスコアを下げられたため、使覚えていたものだった。

 不安を掻き立てるようなエマージェンシー・コールが、コクピットの全てのスピーカーからけたたましく鳴り始める。

 幼子おさなごなりの覚悟が決まった。戦士としての覚悟が!


「行くぞ……!」


 九朗はフルブーストモードを起動した。祈るように操縦桿を前に倒す。それは途方もなく重かったが、確かに操作に応えた。

 山肌に縫い付けられていたアダバナシタがゆっくりと立ち上がった。機体各部に配置されたブースターが死の光に抗って唸りを上げている。

 一歩ずつ、目標に攻撃が届く位置まで着実に進んでいく。その距離、アダバナシタ二号機の歩幅にして、近くて遠い十三歩。

 その歩みが九歩目を超えると同時に、光波熱線の威力が増大した。しかしアダバナシタ二号機は歩みを止めない。


『負けるなよ。私達には、死んでも次がある。だが負けていい理由にはならない。何がなんでも、最後には勝つんだ』


 たけるに贈られた言葉が、九朗の心の支えになっているからだ!


「十一……十二!」


 十三歩目を置くべき場所には、ラギランガの頭部及び胸部から放たれた光の合流点たる球が浮かんでいた。


「こんなもの!」

 

 アダバナシタ二号機はそれに両手を挿し込むと、力ずくで引き裂いた。

 光波熱線が消滅し、膝立ちの姿勢で固まるラギランガの全身がコクピットのモニターの真正面に現れる。

 アダバナシタ二号機が右拳を振り上げる。その肘に組み込まれたブースターが最大出力で点火する。


「ロケットッ!! パーーーーーーンチ!!」


 九朗の咆哮と共に放たれたジェットバレットライトが、ラギランガの胸部、露出した光球核を穿つ。


「もう一発ッ!!」


 右腕を振り下ろす動作で自然と振り上げられる形になった左腕、そのブースターを点火。発射されたジェットバレットレフトがラギランガの胸部に突き刺さる!

 ラギランガの光球核を完全に破壊すべく、アダバナシタ二号機が覆い被さるように踏み込む。

 ラギランガは無抵抗のままバランスを崩して湖に沈み込み、そして、


 竜ヶ森湖全域を呑み込む大爆発を起こした。




§




 指令室にいた人々は、ラギランガの爆発の余波で一時的に機能停止したモニターを前にして、言葉を失っていた。


「ラギランガの反応……完全消失、しました……」


 通信班の女性が漏らした声に、形部が質問する。

 

「二号機は……九朗くんはどうなった?」


 その疑問に女性が答えるよりも速く、同じく通信班の男性が別の事を報告する。

 

「あっ……モニター、復旧します!」


 そう言い切ると同時に、指令室の壁一面を占拠する特大モニターに光が灯った。


「湖が……」


 形部は思わず呟いていた。

 そこに映っていたのは、湛える水の一滴までも消滅した竜ヶ森湖の跡。

 そして、

 

「いました! アダバナシタです!」


 通信班の女性の声とほぼ同時に、映像が拡大される。

 膝を突いた人造の巨人の姿があった。両腕は完全に熔け落ち、それ以外の部位も見る影もない程ボロボロになっていたが、コクピットのある胸部は辛うじて無事に見えた。

 形部が息を吞んだ瞬間、通信班の男性が大声を出した。

 

「隊長! 二号機との通信復旧しました!」

「繋げろ! すぐに!」

「はい!」


 返事と同時に通信回線が開かれる。


『………………さい! …当……ください! こちら……、アダバナシタ二号機、風花かざばな九朗くろうです! 指令室聞こえますか?』


 ノイズの向こう側から声が聞こえてきたその瞬間、指令室から歓声が上がった。


『え、ぁ、おお?』


 九朗の困惑した声が通信に乗ったのを聞いて、形部はほんの少しだけ落ち着いて九朗に通信を送る。


『こちら形部。目標はどうなった?』

『あ、はい! 爆発して、完全に消えて無くなりました。』

『そうか……よし。作戦終了。これから君と機体を回収に向かわせる。危険でなければ、コクピットで待機していてくれ』

『了解です』

『ああそれと、個人的に一つ』

『ん、なんでしょうか?』

『……ありがとう。よくやってくれた』 

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駆動霊廟アダバナシタ 秋空 脱兎 @ameh

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