02 出撃の前に

『え⁉』『なんだって?』『……!』


 七日守なのかもり月島つきのしま、そしてたけるの驚く声が、通信機越しに指令室に響いた。

 その場にいた形部も、九朗に聞き返す。

  

「アダバナシタに乗る? ……君が⁉」

「はい!」


 形部に聞き返され、九朗はしっかりと頷いた。


「駄目だ! いや、すまん。正確には……無理だ!」


 形部は九朗の進言を拒否し、すぐに僅かな訂正をした。


「どうしてですか?」

「……。隠す余裕はないな。悪いが、今から話すことを不死隊以外には話さないことを誓ってくれるか?」

「はい」


 九朗は即答した。

 

「よし。では結論からだが──不死の御子以外がアダバナシタに乗ると、戦闘モードを起動した瞬間に死ぬ」

「死ぬ?」

「アダバナシタのエネルギー源は、パイロットの生命エネルギーなんだ。アダバナシタは不死の御子がパイロットにならない限り電力非供給では長時間活動出来ないし、普通の人間には四十メートルもある機械を動かせる程のエネルギーはない。だから駄目だ。駄目なんだ」


 形部に、悔しさや不甲斐なさや申し訳なさが滲み出る声で諭され、

 

「…………」


 九朗は黙って俯いた。

 

「……オレだって、マトモに立つのも難しい状態の人間に戦わせたいなんて考えて──おい、何してる?」


 形部が個人的な意見を添えるのを聞いてか聞かずか、九朗は右手の親指の付け根を噛み、犬歯で引き裂いた。

 

「なっ⁉ 何を、」


 九朗は、形部が言い切るよりも早く右手を突き出した。

 それを見て、形部は己の目を疑った。

 

「……それは」

「……これで、乗れる理由になりますか」


 九朗の掌の傷が、みるみるうちに塞がっていく。たとえ強化人間手術を受けたとしてもこの再生速度は通常有り得ない事で、


「ぼくが、次の不死の御子……みたい、です」


 アダバナシタを駆る『不死の御子』は、一定期間を経ると自動的に次の代の幼子に引き継がれる特性がある。

 完全移行までには一週間ほどかかり、引き継ぎが発生したら報告が必要な事象だった。

 形部は努めて冷静に、九朗に質問する。

 

「……いつ気付いた?」

「さっき、思いっきり転んでヒザをすりむいたんですけど全部治って、それで……」

「……さっき、か」

「ごめんなさい、言おうとしたんですけど、怪獣がこっちに向かってるから厳戒態勢になっちゃって……」

「いや、いい。仕方ないから」


 形部は目頭を押さえ、やがて顔を上げ、九朗を真っ直ぐ見据えた。


「九朗くん」

「はい」

「アダバナシタに乗ると言ったが、ちゃんと動かせるのか?」

で、一通りは覚えました」

「訓練室のアレか……え、ホントに?」

「ホントです」

「……終わったら見せてもらっても?」

「後があればですね」

「不吉な事を言わないでくれ……」


 形部はそこまで言って、会話を区切るように咳払いをした。


「本当なら各班長を招集して話をつけたいところだが、ここは事後承諾で行こう。七日守さん、月島さん、構いませんね?」

『構わん、急かつ立て続けに問題が起こるのこんな事はいつもだしな』

『正直、尊様を無理に出すのと同じくらい反対なんですけど……代案もないですし、賭けるしかなさそうですね』

「助かります」

『あー、ワタシ嫌いなんだけどなあサイコロ振るの……』


 七日守の心底嫌そうな声を聞いて、月島が噴き出し、盛大に笑った。


『な、なんですか?』 

『まあそう言わさんな。言うだろ? 死なば諸共って』

『嫌ですよ⁉ まだ死ねないです』

『へいへい』

『うわあ分かってなさそー』

「……あの、お二人とも? 時間、ないですからね?」


 七日守と月島のやり取りを中断するべく、形部が割り込んだ。

 

『あ、すみません』『ワリィワリィ』

「もう……』


 形部は呆れていたが、気を取り直して話の軌道を修正する。


『尊様も、よろしいですね?」

『はい……それで行きましょう』

「では、準備に取り掛かりましょう。残り時間は──、一時間半か」




§




 三十分後。

 アダバナシタ操縦用スーツに着替えた九朗は格納庫に移動し、月島と合流して、アダバナシタ二号機のコクピットに乗り込んだ。

 九朗は月島に見守られながら計器類を一通り検めて、

 

「レバーとかボタンとか、とおんなじなんですね」

「操縦の癖も二号機モードのほぼ変わらんから、その辺は安心してくだされ」

「ありがとうございます」


 九朗と目が合った月島は、

 

「……あの。一つ気になったんですが」

「なんですか?」

「操縦を一通り覚えたって仰ってましたが、どのくらいやりこんだんです?」

「最高難易度で全ステージクリアです」


 九朗はさらっと言った。

 

「えっ」

「え?」

「アレ、激辛どころか理不尽な難易度にしたと思うんですけど」

「死にまくって覚えました」


 当然のように言ってのける九朗を見て、月島は困惑した様子で何度か瞬きをして、

 

「……なる、ほど。そろそろ時間なんで、離れますね。ハッチの閉じ方は?」

「この『とじる』って書いてあるボタンですよね?」

「それです。ではこれで」

「……? まあ、いっか」


 九朗はヘルメットを被ると、『閉』のボタンを押した。上下左右の二重に閉まるハッチが閉じ、全周に映像が投影される。



『こちら形部、通信は聞こえているか?』

「あ、はい! 聞こえています!」

『よし。では、出撃前に作戦の再確認だ。現在、目標である灼光骸竜しゃくこうがいりゅうラギランガは、この竜ヶ森基地へ進行を続けている』


 正面に高高度から撮影したらしい映像が映される。可視光カメラの映像に何種類も非可視光カメラの映像を重ねて合成することで、辛うじて怪獣の姿が見えるようになった。


『このままだと、約一時間後には基地に到達。ヤツの通り道と同じ状態になるだろう。そして、ヤツを誰も止められなくなる』


 映像が切り替わり、オパールのような結晶体になった街と、結晶のサンプルが映される。サンプルには簡単な説明が書かれていたが、九朗にはそれがよく分からなかった。

 

『現状、アダバナシタが使える武器は全て破損している。他所よそからの輸送支援を待つ余裕もない』

「素手でなんとかするしかないですね」

『そう思っていたんだが、どうやら事情が変わったらしい』


 続けて映像が切り替わり、そこにあったのは、


「これ、二号機の腕部分ですか?」

『そうだ。このパーツの肘部分には、推進器が組み込まれている。パンチや刺突系近接武器の破壊力増大を狙ったものだ』

「ロケットパンチですね」

『ン……まあ、大体そうだ。話を戻すと、これでヤツを殴る』


 アダバナシタ二号機の腕パーツの画像が、ラギランガの画像に切り替わった。


『先の出撃の際、尊様の一号機の最後の攻撃でラギランガの胸部が損傷し、内部にある球体が露出した事が確認された。エネルギーの流れから、この怪獣の核と思われる。ここを狙うんだ。勝機があるとすればここしかない』

「……胸の中心」


 形部の説明を聞いて、九朗は覚え込ませるように呟いた。

 

『注意すべきは、見た目以上の力と格闘能力。それから、ヤツの光と熱で機体のコーティングが徐々に剥がれていく事だ。どのみち長くは持たないから、短時間で決着をつけるんだ』

「わかりました」


 九朗が頷いた直後、


『あー……こちら七日守』


 突然、七日守が通信に割り込んできた。


『ブリーフィング中に割り込んでしまってすみません。隊長、九朗さんのこと、少し借りてもいいですか? 尊様が、用事があると』

『なんだ? 説明すべきことは終えたから、ほんの少しだけなら構わんが……』

『ありがとうございます。尊様、どうぞ』


 七日守がそう言った後、少し間が空いてから、

 

『……九朗』

「はい」 


 深呼吸を一度。尊は、覚悟が滲む声で九朗に語りかけた。


『私は、いつの間にかお前を選んでいたのだな』

「…………」

『前にも、巻き込んでしまってすまない、と言った事があったが……今回も同じだ』

「それは、いいって言ったじゃないですか。おんなじですよ」

『そうだったな、覚えてる。ただ、後輩の初陣をこんな形にしてしまったのが、情けなくてな……だから、せめてこれだけ伝えておく』


 その瞬間。

 九朗は、モニター越しに尊と目が合った、気がした。


『負けるなよ。私達には、死んでも次がある。だが負けていい理由にはならない。何がなんでも、最後には勝つんだ』

「……はい!」

『よし、行ってこい!』




§




 通信を終えた後、


「……あ」


 担架に乗せられ医務室へ運ばれる中、尊は、ふと何かを思い出したような声を出した。

 

「どうしました?」


 付き添っていた七日守が聞くと、

 

「いや、たいしたことじゃないんだけどさ。シュミレータじゃなくてシミュレータだって、後で教えないとなって……」 

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