駆動霊廟アダバナシタ

秋空 脱兎

序章 ──灼光骸竜ラギランガ 登場──

01 風花九朗が決意するまで

 四月九日十九時十五分、東京湾海底谷から真夏の昼のような強烈な光が放たれた。

 光源は海水をオパールのような色の液体へ変貌させながら、東京湾へ侵入した。

 異様な現象を不思議そうに眺める者、各々の動画を撮影できる道具を向ける者、特に気にしない者の前に、海の底から全長六十メートルの巨体が、その姿を見せた。

 全身から灼熱と眩い光を放っている。直視することすら至難であるその奥には、宝石の原石を彷彿とさせる、線が細くごつごつとした輪郭が微かに見えた。頭と胴体が一つ、腕と脚がそれぞれ二つ。二足歩行だ。

 巨大な光は、荒川を遡上しながら都内に上陸。

 半径二キロメートル内にあった地面や建物は、その熱に焼かれ光を浴びせられ、オパール状のフォトニック結晶に変化していった。

 人間をはじめとした、都会に棲む生き物も尽く汚染されていった。

 避難は間に合わなかった。

 地球Terrestrial防衛DefenseArmy日本支部はこの現象災害の正体を怪獣と断定。その異能を以って、灼光骸竜しゃくこうがいりゅうラギランガと命名した。

 上陸後、ラギランガは周囲の物質を結晶体に変え続けながら北上を開始。

 定規で線を引いたかのように正確に直進するその先には、不死の御子が所属するTDA日本支部竜ヶ森基地があり、歩行速度から約七時間後には到達するという計算結果が導き出された。

 独自に作戦立案及び実行を許可されている対怪獣人型兵器部隊、通称不死隊は、すぐさま作戦を立案。

 不死の御子がパイロットを務める『現・第七世代型対怪獣万能血戦兵器アダバナシタ』の六号機の装甲に特殊な耐熱鏡面化塗料でコーティング、関節部も同様のコーティングをしたカバーで保護し、出撃させたのだが────。




§

 

 


 「一号機大破! パイロットの反応消失ロスト!」

 

 オペレーターの一人が叫ぶように報告する。

 モニターに映されるのは、アダバナシタ一号機がラギランガに吶喊し、辛うじて千切れていない右手に掴んだ超耐熱コーティングミサイルを直接叩きつけ、爆炎の中に消えていく様。


「……。目標はどうなった?」

「胸部に損傷を確認……前進を再開、侵攻止まりません!」


 同じオペレーターの報告を聞いた瞬間、形部ぎょうぶ隊長は思わず拳をテーブルに叩きつける。

 

「これでも駄目か……!」


 唸るように声を絞り出す。

 作戦開始から、既に五時間が経過していた。

 この時点で、超長距離からの狙撃で射貫く事を試みた六号機、接近戦で足止めしようとした三号機と四号機、重装甲にものを言わせ中近距離で制圧射撃を行った五号機と一号機の計五機が大破。

 仕様可能な武器類も全て破損してしまっていた。


「なんなんだ、アレは!」


 形部隊長が睨めつける先には、光り輝く怪獣を映し続けるモニター。

 既に活動停止した機械の巨人を押し退け、侵攻を再開している。今出来ることを考えなければならない。


「こちら指令室。救護班、御子様は還ってきたか?」

『こちら救護班七日守なのかもりたける様、鋳造復元完了しています』

「了解。……尊様、御身体の方は如何いかがですか?」

『……はい……行けます……』


 七日守と名乗る女性の声とは別の、今にも消えてしまいそうな少年の声が返ってきた。

 

「…………。こちら指令室、整備班、アダバナシタ二号機は出せるか?」

『こちら整備班月山つきのやま、機体は整備が完了しているが、携行可能な武装がない。……怪獣到達までには、とても間に合いません』

「マズいな……」


 形部が小さく声をこぼし、

 

『ですよね』『でしょうね』


 七日守と月山が同意した。尊は何も言わなかった。


「尊様?」

『ぅ……ちょっと、ぼーっとしていました。大丈夫です、もう立てま』


 尊がそう言いかけた直後、どたん! と大きな音が聞こえた。

 

『ちょ⁉』

「なんだ何事だ?」『どうした?』


 七日守が驚きの声を上げ、形部と月山が確認する。


『あーすみません。ちょっと、上手く立てなかっただけです』


 音の正体である尊が、ばつが悪そうに答えた。


『……隊長! いくら何でもこんな状態で行かせられません!』

「分かっている」


 そう言って形部は思考を巡らせるが、実際手詰まりだった。

 前提として、ラギランガが放つ摂氏十万度の高熱と、それにさらされた物質をオパール状の結晶に変化させる特殊な波長の可視光のに入らないといけない。

 この異常環境下で対怪獣特殊兵器の運用を確実なものとするには巨大人型ロボットの運用が不可欠であり、ラギランガとの戦闘に耐えられるのはアダバナシタシリーズのみだった。


(どうする、なにかないのか、なにか……!)


 考えが堂々巡りになりかけた、その瞬間だった。


「ちょ、今作戦中だから駄目だって!」

 

 指令室の出入口で、何やら揉め事が起き始めたようだった。

 形部が音の源へ顔を向けると、入り口にいた隊員が誰かを抑えようとしていた。


「今度はなんだ!」

「いやそれが、話があるって聞かな、あっ⁉」


 入口の隊員の一瞬の隙を突いて、十代前半の少年が指令室に転がり込んだ。


「君は、御子様と住んでいる……九朗くん、だったな」

「はい……!」


 九朗と呼ばれた少年──風花かざばな九朗くろうが頷いた。

 形部は一瞬怪訝な表情を向けたが、すぐに冷静になり、努めて落ち着いた口調で問いかける。

 

「……非戦闘員は退避するように通達が出たはずだが、どうしてまだ基地内にいるんだ?」

「どうしたいか、ギリギリまで迷ってて、今決めてきて……。お願いが、あるんです」


 九朗は一度深呼吸をして、その場の誰もが想像しなかった提案をした。


「ぼくを、アダバナシタに乗せてください!」

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