SkyBlue/桜花銃灯

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第1話 晩夏の狼

 「世界は2017年を境に切り替わった。突然現れた正体不明の侵略者との戦争……今は『敵対的生命体』と言った方がいいですね、国際連合が秘匿していた極秘情報の開示、そしてそれによって生み出された共振爆弾による全世界を繋げていたネットワークの破断。被害は大きかったが、数多の犠牲のもとに主要となる戦争は終わり、現在世界は再生の時代の中にいると言えるだろう。私たちは侵略者を駆逐し、世界を再構築するべく戦いを続けていこうと思っている」

 国土奪還軍:特殊生体兵士部隊隊長である神城飛鳥の発言より。


「実際のところ、人類以外の知的生命体の存在は予見されていたのですよ。1960年代にアフガニスタンで発見された、宇宙船と思われる謎の金属塊の事です。現状、皆さんの生活を支える『共振炉心』もここから発見された技術が始まりです。国連はこの船の存在を秘匿するか公表するかで悩んだのでしょうね。結果としては公表した方がよかったかもしれませんが」

 国土奪還軍:某研究者へのインタビュー中の発言より。


 時刻は22時14分、季節は夏。身体に染みつく熱を受け、少女は夜の山間部をひた走っていた。少女は全身に薄緑のコートを纏い、フードを深く被っている。月明かりだけが山肌を照らし、視界は不明瞭なれどその走りは止まらない。斜面を滑りながら、膝に力を入れ跳躍して飛び上がり、杉の枝に飛び乗りさらに跳ぶ。手入れされることがない枝は縦横に生えそろっているためか視界は悪いが、彼女にとってもそれは都合がいい。一瞬息を整えるために、体を支えるのに十分と思われる枝に飛び乗り、口から熱を持った息を吐く。

(流石に息が切れる……もう走り始めて40Kmは越えたぐらい)

 息を整えて足に力を籠める、枝をへし折りなら跳んでから数瞬の後、赤色の閃光が松枝を焼き砕く。背中でその熱を感じ取った少女は枝から枝に飛び移り、焦点を絞らせない為に動く。閃光は矢継ぎ早に放たれ、木々を粉砕する。粉砕された木片が背中に突き刺さろうとするが、それを察知した少女は枝ではなく幹を蹴り跳び、枝ではなく地面に向かう。

 飛び降りる直前に体を縦に一回させ、攻撃してくる対象を確認する。金属とゴムの中間のような黒色の、マネキンのような人型がこちらに銃口を構えていた。銃と一体である右腕はこちらを狙っている。

 受け身を取りながら跳び降りた。草や土の柔らかな感触ではない、劣化しているがアスファルトが敷き詰められた道路の感触がする。顔を上げて辺りを見渡すと、ガードレールや電灯は破損の為に曲がっていた。かつての戦闘の激しさが伺える。

(想像以上に劣化が酷い。ここは特に戦闘の被害が酷いっていうのは聞いたけど)

 この地域は3年程前に放棄されたという話を思い出した。目の前にはトンネル、それなりに劣化したその中には点灯している電灯はなく不安を煽る。鉄錆と火薬の臭いが鼻をつく、そのトンネルにはバリケードや銃座が備え付けられている。

(攻撃を避けるには森の方がいいけど、もう限界……せめて足に負担がない道路を)

 足は棒のように頼りない、筋肉は膠着し痙攣してる。道路上には破壊された車両だけが障害物として転がっていた。車両の破壊痕は様々で、円状に車体が抉られたものから真っ二つに切断されたものまである。転がった人員輸送車の傍にはいくつかの血痕すら見受けられる。


 突然に耳を裂く爆発音が響く。地面を吹き飛ばす爆発が近場の山肌で炸裂した。遅れて空気を切るような澄んだ音が響いた。舞い上がった土とその土を焼く臭いが満ちていく。

(しまった!この辺りには『砲撃型』もいたんだ)

 砲撃音のした方向を見渡すと、その巨体が確認できる。巨大な重機に昆虫の足を備え付けたような、黒色に鈍く光るその巨体は背部の砲塔を構えていた。爆発の範囲は大きく、土砂崩れのように山肌を削っている。

 体勢を落し、急ぎトンネルの中に入る。強化された視覚はすぐに内部の暗闇に適応していき、内部の環境を把握していく。まだ地球が平和だったころのトンネルに比べ、壁面は鉄板や鉄骨で補強されており、旧型の10式戦車や強化外骨格が放棄されていた。

(ブリーフィングで聞いてたとおり前線基地用の設備はあるけど……やっぱり人はいない。けど『獣型』や『人型』もいない)

 先ほどの砲撃で追跡していた人型は吹き飛んだのか、追跡の音はない。自分の姿を確認してみると、コートは所々が焼け焦げている。光学偽装装置は故障しており、汚れた単なるコートに過ぎない。ゆっくりと脱ぎ捨てる。

 まず、目を引くのは白く輝く、白銀にも見える色合いのその服装だ。軍服のようにも、あるいは学生服にも見える"それ"は月明かりに照らされていれば狼の毛皮の様に妖しく輝いていたろう。そして亜麻色の髪と澄んだまなざし、美し鼻立ちは街角に居れば多くの人を魅了するだろう。美形である。

(ヒロイックな姿で希望者を募るって話だけど、なんでスカートなんだろ……もう)

 ある意味で幻想的なその姿に対して、腰部には黒色の、機械と融合した剣を携えていた。白銀の少女は少し息を整え、歩き出した。

(陽人、鈴音……私多分死んじゃうな。でも、二人は生き延びて幸せにね。じゃなきゃ私浮かばれないよ)

 息を少しずつ整えていく中で思考が落ち着くと、自嘲の笑みを浮かべた。

(なんでだろ。囮になった時は死んでもいいって思ってたのに。なんで"あそこ"を目指してる……)

 目指していた場所は、ブリーフィングの情報に会った特異な地域、極端に敵性体反応が少ない、放棄された拠点都市である"矢越市"の市街地であった。


(コート捨てなくちゃよかった。私、ついてないな)

 月明かりは消え、夜雨が降り始めた。トンネルから出た白銀の少女は、三体の敵性体に対面した。前方19mほどに全員人型、少女を見るなりにそのうちの二体が腕部のブレードを花の蕾のように開いた。もその花は赤色の閃光を撃ちだす銃口である。

 二撃の閃光弾が発射される直前に動き出した。発射された赤色閃光弾は少女の肩を掠めるが、白銀の服に弾かれる。もう一つの閃光弾は少女が走りながら構えた剣戟が切り飛ばした。発射体制ではなかった人型がブレードを構え突進してくる。人型はブレードを振り下ろすが、少女は刃の射程距離の直前で体制を深く落とし、ブレード腕の脇を通り抜け斬撃を回避する。人型が追撃のブレードを振ろうとする直前に少女は身体を斜め上方に捻るような斬撃を放ち人型の胴体を切断した。

 そして少女は右方向に跳び、二体からは発射される閃光弾を回避する。少女に近い人型が腕部をブレードに折り畳み、もう一体の人型を守るように構えている。

(もう足は限界……一気に決めるしかない)

 剣を下段に構えて突進をする。先ほどと同じく、閃光弾が発射されたのちブレードの人型が襲ってくる。発射された閃光弾を左腕で防ぐ。白銀の服で守られているため、多少の衝撃は受けながらも防御には成功する。接近する人型の横振りの斬撃を跳躍して回避し、飛び上がった勢いで人型の頭部を蹴り、そのまま下段に構えていた剣を横に振り首を斬り飛ばした。

 宙に跳んだ少女を残った人型が狙い撃とうとするが、少女は剣を捨て胸元から拳銃を取り出し、空中で構えて発射する。銃弾と赤い閃光が交差し、立っていたのは白銀の少女だった。

(もう弾も少ししか残ってない。けどあと少しでぇ)

 数瞬、意識が寸断された。足に激痛が走る。痛みがあった場所を見ると、最初に撃破した人型が上体部だけで動き、油断した少女の右足を刃で突き刺していた。

 痛みで悲鳴を漏らしそうになったが、訓練と強化を積み重ねた少女の肉体は既に銃を構え、人型の頭部を撃ちぬいた。

(ここまで来て……あと少しなのに………)

 足に生暖かい血が垂れていく。ただでさえ消耗していた体力は、雨も合わさりもはや欠片も残っていない。剣を拾うと杖代わりにして、歩みだす。

(血の跡が地面に……多分、獣型に……もう無理、か)

 道を歩いていると一軒の家が見つかる。市街を見下ろす場所にある一軒家。扉に鍵は掛かっていない。中に入ると、荒らされてもおらず綺麗なものだった。多少は埃とカビの臭いがするだろうが、鼻を働かせる気力もなく、ただ少女の胸にあるのは郷愁だった。

(そう言えば昔の私の家もこんな風なだっけ)

 無意識に二階を目指して階段を登っていた。そして、最寄りの部屋に入る。かつて、平和だった日々の家族全員と過ごした家の中でのように。

 部屋の中のベッドに倒れこむ。急激な眠気が襲ってくる。もはや、恐怖はなかった。既に死は確定してるようなものだった。ただ死に逝くまでの時を過ごそうとした。

(思えば私は、なんでここに居るんだろう。ヒーローになりたくて、目指して、皆と出会って、陽人に出会って……そして、二人の為に囮になってここで一人で死ぬ)

 涙が零れていた。それは死への恐怖ではなく、思い出と自分の選択への後悔だった。

(私はこれじゃ……何も手に入れてない。本当は、欲しかったものだって沢山あって……)

 そして、意識を失うその寸前に思い出した。

(私……なにを欲しがって。本当はこんな人じゃ………………)

 意識は暗闇に沈む。瞼は意思とは関係なく動き、強制的に電源を落とした機械のように少女は眠りに落ちた。


雨がやみ始めたころ、少女がいる廃屋に、獣型を一体引き連れた人型が向かってきていた。数としては人型が六体に獣型が一体と過剰ともいえる戦力だ。ポリゴン枚数が足りない豹のような獣型と、黒色のマネキンのような人型。この世界にあってはならない存在であるという異物感を醸し出している。

 人型が家に入ろうとするとき、雨が止んだ。そして、辺りを見回していた一体が熱源反応を感知する。

 「袖すりあうも多世の縁、か」

 その人型は濃紺の傘を差し、止みかけの雨の中を歩いてきていた。7体はそれぞれ警戒態勢を取ったが、その傘を差した人間はお構いなしに歩いてくる。

 月明かりが傘に付いた雨粒を照らした時、ゆっくりとソイツは傘を放り投げた。その男は、顔だけならどこにでもいるような、地味な服装の人間だ。雨の湿気で少し湿った茶髪交じりの髪の下に見える瞳もまた、少々大人しそうな印象を与えるだろう。

 しかし、全身のシルエットは異様だ。黒色の外骨格を鎧のように身に纏い、その両腕には二丁の銃を装着し、そして右手にはまるで死神が大鎌を携えるように、片刃斧を持っていた。

 傘がはらりと空気抵抗を受けてゆっくり着地した、その瞬間に外骨格の関節部から排熱が開始される。人型が射撃に移ろうとしたその瞬間、夜闇の中にその男は駆けだしていく。弾丸のように颯爽と。

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