第159話 終話、還る輪


 今は博物館となった王宮に、痩せこけた老人が独り歩いている。

 皺は深く目は落ち窪み、長い苦悩の日々に耐えてきたことが窺われる。

 昔日には夕日が差し込んでいた廊下も、今はビルの影となり薄暗いままだ。

 閉館間際のため、人影は極端に少ない。


 玉座の間であった部屋は、そのまま保存されていた。当時の戦争の記録として、天球儀と巨大なテーブルもそのまま残されている。ないのは、金でできたキャップのみだ。


 老人は、おぼつかない足取りで、見学者誘導のロープを跨いだ。

「入らないでください」というロープに掛けられた札を無視し、そのまま足を進め、玉座に腰を下ろす。

 果てしなく長いため息が、その口から漏れた。


「ちょっと、あんた、なにしているんですか。

 そこは入っちゃいけないところです。

 すぐに出てください。もう閉館ですから、早く」

 老人を見咎めた警備員が駆け寄ってきた。


 老人は警備員に視線を据える。

 それだけで警備員は、なにかに縛られたように動けなくなった。

 相手は足元もおぼつかない老人のはずなのに、なぜか威圧されたのである。


 その警備員の肩が叩かれた。

「いいよ、あとは私がやる。

 君は帰りなさい」

「あ、館長!?」

「こういうのは、年寄り同士の方が話が早い。

 君は新婚だったな?

 早く帰ってやれ。さあ」

「……わかりました。

 では」

 警備員はそう答えて踵を返した。


 そこだけ夕暮れの日が射す中、館長は玉座に座った老人に歩み寄った。

「お務め、本当に……」

 跪いて話しかけ、あとは言葉にならない。

「フィリベール。

 よく国を、王子を、この玉座を守ってくれた。

 30年の時が過ぎ、ようやく人質の任を解かれ帰ってきた。

 皆は息災か?」


 その問いにフィリベールが答える前に、玉座に新たな別の人影が歩み寄る。

「我が王よ」

「すっかり髪が白くなったな、フォスティーヌ。

 だが、それでもそなたは美しい。

 魔術師たちは息災か?」

「皆、円熟の極みにて」

 そう話す間にも、若くても初老といった人たちが玉座の周りに集まってくる。


「国辱ゆえ王が人質になることを隠そうと、そして王が弑されたことにすればこの星を1つにする口実にもなるなどという案、出さねばと後悔せぬ日のなかった30年でございました。

 まことに申し訳なく……」

「泣くな、ルイゾン、ラウル。

 いい歳をして見っともない。

 その時も言ったはずだ。余もお前たちと同じことを考えていたのだ。

 デュースヴァイクにその案を認めさせたラウルの功績、未だ光を失わぬ」

「……我が王よ」

 そう呼びかけながら老臣2人は膝を付き、再び泣き出していた。


「ヴァレールはどうした?

 マリエットは?」

「共に物故し……」

「……そうか、余は間に合わなかったのか。

 ヴァレールは歳だったから仕方ないが、マリエットはおそらく殺されたのであろうな。デュースヴァイクの内政について知りすぎていた。悪いことをしたわ。

 せめて、そちは元気なのだろうな、パトリス?」

「これから、生ある限り忠義を尽くしたいと……」

「無用じゃ。

 余は明日、またデュースヴァイクに戻る。そこで骨を埋めることとなろう。

 そもそも余が戻れば、今の王家が混乱するだけではないか。

 死んだ者は死んだままにして、人質とし続ければよい」

「では、せめて、この身をデュースヴァイクまでお連れくだされ」

「ひ孫ができると聞いたぞ、パトリス。

 その子を抱くことを優先せよ」


 夕闇は濃くなり、部屋はさらに暗くなった。

 昔日の面影はなく、博物館として整備されているはずなのに廃墟感すらが漂う。

 人がいても、「生活」を失った空間はこういうものなのだろう。


「もはや戦乱にはなるまい。両国の信頼関係は厚い。

 30年掛けて、総統にそう思わせたからこそ、余を解放すると申し出たのだ。

 その御仁も今は死の床にある。最期に、せめてもの温情のつもりなのであろうよ」

「ならば、我が王よ。

 日々を過ごすは、このゼルンバスの辺境でもよいではないですか。

 私めが最期まで……」

「黙れ、モイーズ。

 まだまだ余は死なぬ。そもそも、お前の方が老いさらばえているではないか。

 それとも例によって、お主、老いた振りか?」

「ご冗談を」

 そう答えるモイーズのみが、現王権の中でも未だ中枢にいる。もっとも、立ち位置はご意見番に過ぎない。古い経緯を覚えていて、口を出しすぎない人材は、いつでもどこでも必要とされるものなのだ。


 王は立ち上がった。

「皆に会えてよかった。

 30年前に戻れた気がしたぞ。

 これで皆と顔を合わすも最後となろう。

 あとは王妃の墓に詣でれば、最早心残りもなし。

 皆に感謝する。本当に……」

 そう言いかけて、王の頬にも涙が流れ落ちた。

 悲しみだけではない。王妃の最期にも帰れなかった悔しさが滲んでもいる。

 

「さらばだ。

 余は、良き家臣に恵まれた。

 皆も身体をいとえよ」

「……その命は聞けませぬ」

 ほぼ暗くなってしまった玉座の間で、不意に異が唱えられた。


「どうした、フィリベール。

 そう言えばお前は語らなかったな。なにか言いたいことがあったのか?」

「30年の臥薪嘗胆は捲土重来がため。そう信じて耐えてまいりました。

 フォスティーヌ殿とて我と同じ考え。

 総統が死の床にある今こそ侵攻の機会。この老骨が地に伏すまで、王よ、この身をお使いくだされ」

 フィリベールの老いた顔の中から、不意に大将軍たる人格が顔を出したような気がして、王はその顔を凝視した。


「たしかに今ならデュースヴァイクを落とせような。我がゼルンバスの力も当時とは比較にならぬ。余がかの国内に作った人脈もある。

 だが、それを本当に言い出すとは思わなかったぞ」

「魔法技術も30年前とは比べ物になりませぬ。もはや月軌道は障害にあらず。そして、キャップについては、ついにデュースヴァイクに対して隠し通しておりますぞ。

 今なら、艦隊など手玉にとれましょう。

 いまこそ、マリエットの仇を取るとき」

 そう言うフォスティーヌの血も、若き時と同じようにまだ熱いままなのだ。


 最後の戦いのあと、フォスティーヌは大型魔素笛ピーシュと魔素の吸集・反射炉を直結させ、キャップをすべて撤去しておいた。そして、巧妙にその存在を民の意識から消していった。

 100日経って、敵が王の書を持って着陸してきたとき、その痕跡はすでになかった。そして、敵が魔素を感じ取るないのを良いことに、それで押し通してしまったのだ。


「なにやら、血が滾ってまいりましたな。

 このルイゾンも死すまでの間、すべてを賭けて走りたくなり申した」

「そのとおり。

 このパトリスも、ひ孫など抱いている場合ではござらぬ。

 ひ孫に、宇宙の覇者となったゼルンバスの旗印を仰がせてやることこそが我が務め」

「我が辺境に大量のキャップを備蓄し、維持しております。ご命令1つで、いつでも魔素をいくらでも供出できますぞ」

「このラウル、密かにマリエット殿からデュースヴァイクの内部文書の書式を受け継いでおります。デュースヴァイクを混乱の極みに落としてご覧いれましょう」

 老臣たちが口々に訴えるのに、王は微かに呆れた顔になった。


「皆の者、歳を考えよ」

「それがどうかされましたか?

 我が王は、女たるこの身に歳と仰るか?」

「わかった、わかった。

 そう眉を逆立てるな、フォスティーヌ」

 そう答えた王は、玉座に座り、右手を顎の下にやった。


 老臣たちをどう止めるか、その思案のはずだったのだが、暗い中でその目の輝きを見ている間に不意に王の中でも考えが変わった。いや、戻ったのだ。

 30年前もこのようにして考えていた。そして、この暗さの中では、30年前となにも変わらない。

 その変わらないものこそが、我々の本質である。だからこそ、この惑星でもゼルンバスは最大版図を持ち、宇宙の果から攻められても国の名を残したのだ。

 そう考える王の身体にも、熱い血が滾ってきていた。


「フィリベール、フォスティーヌ、ラウル。

 我と一緒にデュースヴァイクへ渡れ。フォスティーヌには別命ある。その際には、魔法による極秘通信回線を確保せよ。

 パトリス、ルイゾン、モイーズ。

 我が息子の現王権に触れぬよう、ここでの準備を整えよ。

 この惑星も、今や治癒魔法ヒーリング以外は科学技術が主流と聞く。

 その足元を掬ってやるわ!」

「御意!!」

 その声は、30年前と変わらなかった。


 戦い、未だ終わらず。



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あとがき

これで終わりです。


老人たちの第二部も悪くはなさそうですw

ですが、とりあえずは幕を引きます。


お付き合い頂き、ありがとうございました。

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恒星間艦隊vs魔法王国 −2つの文明の相克− 林海 @komirin

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