26 最後の願い <完>

「よ、よせ……! ほ、本気で俺を処刑するつもりか!? こ、この『タリス』王国の国王である俺を!」


近付く私を怯えた目で見つめながら吠えるクラウス。


「そう言えば、それが不思議だったのよね……あなたは『アレス』王国の第二王子だったのに、何故『タリス』王国の国王になったのか……」


「そ、それを言えば見逃してくれるのか!?」


「……」


私はその言葉に黙っていると、今度はオフィーリアが勝手に話し始めた。


「分かったわ! 私から説明するわよ! 若かった頃、私は身分を隠して夜会に参加していたのよ。そこで彼に出会ったの。クラウスは婚約者が気に入らずに、いつも別の相手をパートナーにして参加していたの。彼はダンスの時に、散々私に愚痴をこぼしていたわ」


「ば、ばか! 余計なことを口にするな!」


「うるさい! 命が惜しければ何だってするのよ! その頃の私も『タリス』国で酷い扱いを受けていたわ! 第四王女なんて、立場に生まれたから辺境国家の国王の妾に嫁がされそうになっていたのよ! だから互いに結託して私たちは結婚することにしたのよ! 互いの利益になるように邪魔な存在は消すようにね!」


「……もう話はそこまででいいわ」


煩いオフィーリアの口を遮った。


「え? だって話はまだこれからよ!」


「もう、そんな話はどうだっていいからよ」


「ど、どうだっていい……ですって?」


オフィーリアが声を震わせる。


「正直に話せば命は助けてくれるのでは無かったのか!!」


クラウスが悲鳴交じりに叫ぶ。


「誰がそんなことを言ったの? それに分かったわ。お前たちを憎んでいる者が大勢ると言う事にね。多分、ふたりが殺されても反発する輩は出て来ないでしょう。それどころかこの戦争を幕切れに出来そうだわ。きっと今まで迷惑を被っていた近隣諸国は大喜びするでしょうね」


私は両手に炎の球を作り出した。


「ひ!」

「や、やめろ! やめてくれ!!」


「あなた達に教えてあげる。 十年前……私がどんな風に死んでいったか。本当に苦しかったわ……冷たい水の中に放り込まれて、真っ暗で何も見えない。息をしようにも水が吸い込まれるのは冷たい水。息が苦しくて苦しくて、水は全身が痺れるように冷たくて……どんどん身体が沈んでいくあの絶望感……」


私の言葉に、これから死を迎えようとする2人の顔が青ざめる。


「あなた達にはその逆の苦しめ方で死なせてあげるわ。熱い熱い骨をも焼き尽くすような炎でね」


私の手の中の炎の球がより一層大きくなる。


「すぐには死ねないように足元から焼かれて死になさい!!」


躊躇うことなく、ふたりの足元に大きな炎の球を投げつけた。


「グアアアアア!!」

「ギャアアアア!!」


両足を炎に包まれ、途端に絶叫するふたり。


「……行きましょう。皆」


私は絶叫する2人に目をくれず、騎士達に声を掛ける。


「……あの二人の死を見届けなくていいのですか?」


「ええ。いいのよ。あの叫び声、鬱陶しくてたまらないもの」


私は炎に包まれる2人をチラリと見た。彼らは激しく泣き叫び、時折私の名を叫んで命乞いや呪詛の言葉を吐き散らす。


「城に戻って、死体を片付けましょう。あの城は、我らが……いえ、この身体の持ち主であるミレーユにあげましょう。彼女は『モリス』国で戦争に利用され……散々可哀そうな目に遭ってきた姫だから。この城が今日から私たちのものよ」


私はもうすぐ、この身体から魂が解き放たれるだろう。先ほどから少し体調がおかしくなってきているからだ。

けれど、その事は皆には告げない。


「承知致しました、では遺体の方は……」


「全て外に運び出して。燃やして天に還してあげましょう」


「はい!」


エドモントは頷くと、騎士達に命じて城中の遺体を外に運び出すように指示する。

私はその様子を黙って見つめていた。いつの間にか夜があけ、山の谷間から太陽が昇ってきている。


「夜が……明けるわ……」


もう、実際の所立っているのがやっとだったのだ。


「多分……もうそろそろ、この身体ともお別れね……」


ポツリと呟く。


せめて最後に一目……ジェイクに会いたかった……


そんなことを考えていた時。

遠くの方に馬にまたがった人物がこちらに向かって近付いてくる姿が目に入った。


「まさか……『タリス』国の者!?」


他の騎士達は遺体運びで気付いていない。それなら私があの人物を処理するだけ……

炎の球を作り出そうとしたその瞬間。


「え…‥?」


私はその目を疑った。何とこちらに向かって駆けてくる人物はジェイクだったのだ。


「ジェイク……?」


すると彼も私に気付いたのだろう。


「ユリアナー!!」


彼はミレーユではなく、私の名を叫んでいる。


「ジェイク……!」


不自由な身体にも関わらず、私は彼に駆け寄る。ジェイクは途中で馬を止めて飛び降りると私に向かって駆けてくる。


「ユリアナ!!」


そして迷うことなく腕を伸ばして強く抱きしめてきた。


「なんて勝手な真似をするんだ……! 君が城を去ったと聞かされた時、どれほど驚いたか分かるか!?」


「ご、ごめんなさ……」


もう言葉もうまく話せない。


「? どうしたんだ……ユリアナ?」


ジェイクが心配そうに私を見つめる。


「ジェイク……き、聞いて……わ、私……ついに報復したわ……ミレーユの力を使って……」


「何だって……? それでは城から立ち上る煙は……?」


「ええ。今頃彼らは痛みと恐怖で……泣き叫んでいるでしょうね……それとも、もう死んでしまったかも……」


「ユリアナ……」


悲しそうな目で私を見つめるジェイク。


「ごめんなさ……ミレーユの身体で……散々好き勝手な真似をしてしまって……もう、そろそろ潮時みたい……」


「まさか……君の魂が…‥?」


「え、ええ……どうか、ミレーユと幸せに‥…彼女は多分貴方を愛して……!」


私の言葉は塞がれる。それはジェイクが唇を重ねてきたからだ。

唇を離したジェイクが私に言う。


「君が好きだ……ユリアナ」


「え……?」


その言葉に耳を疑う。


「確かに君はミレーユの身体だが……俺は君の気高いところが……真っすぐなところに惹かれていた」


「ジェイク……」


私の目に涙が滲む。

最後の最後で彼と心が結ばれるなんて……でも、もう無理。私はこの身体にはいられない。もう意識を保つのがやっとだった。


「あ、ありが……とう……わ、私も貴方が……好きだった……」


「ユリアナ……!」


ジェイクが泣きそうに顔を歪め、再び唇を重ねてきた。


ジェイク……



愛する人にキスされていると、何処からともなく女性の声が頭の中から聞こえてくる。


<ありがとう……ユリアナ。戦争を終わらせてくれて……>


いいえ、こちらこそありがとう。

あなたに身体を借りたことで私は報復することが出来た。どうかジェイクと幸せに。



そして、愛する人の腕の中で……私の意識は完全に消えた――



<完>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です 結城芙由奈 @fu-minn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ