幻想世界の誰かの日記の切れ端

緋熊緑青

エルフが今だけセール中!訳あり品につきお値引きさせていただきます!

 ダンジョンに近く冒険者がひしめいて騒がしい街にも薄暗い場所はある。

 奴隷市場、もとい奴隷オークション。

 異種族間の欲望の捌け口、遠方から連れ去られた者、零落した一族、一人一人その出自を辿れば何百もの物語は生まれるだろう。だが手枷足枷を付けられ自由に話すことを封じられた途端、彼等は等しく奴隷とされモノとしか扱われない。……この場所から売られて「帰ってきた」やつを除けば。


「で、今回は何して戻ってきたんだ」


 狼獣人のウォーロウは帳簿をめくりながら檻の前に置かれた椅子に座った。眉間の皺を指先でこねくり回し、今から何を聞いても平常でいられるよう信じてもいない神に祈った。

 彼に対峙するように檻の中には一人の男がいた。

右腕に手枷、右足に足枷を嵌められて鎖は檻に繋がっている。

 ぼろい腰布しか与えられていない身だがその風体は見惚れてしまうほどであった。

 肌は真珠のようなきめ細やかさがあり、髪は刈り入れ時の小麦と同じ金色をして腰まで伸びている。筋骨は牡鹿を思わせる滑らかさとしなやかさで、彫りの深い顔立ちは遠目に見れば美女とも間違う美麗さであった。

 研ぎ澄ました刃物にも似た深緑の眼がこちらを見据え、尖った耳がぴくりと動く。


「聞いてくれ!!今回買った奴らはこのフロレンツを毒霧立ち込める部屋に突っ込もうとしたんだ!『カナリア』が生きて帰ってくるのに銀貨10枚を賭けようなどと言って!」


 檻すれすれまで顔を近づけて奴隷であるエルフ、フロレンツは大声で捲し立てた。その声はあまりの大きさに奴隷の檻が立ち並ぶ石造り地下中を反響し、ウォーロウの耳を数分間使えなくした。

 ウォーロウは耳を抑えた後、大きくため息をついてこう続けた。


「それで、冒険者崩れを全員なぎ倒して帰ってきたと?」

「ああ、逆に全員ぶち込んでやった」


 眩暈がしてきた。命まで取ったらリピーターが減るだろうが。


「こうやって戻ってくるのは何回目なんだ、もうそろそろお前を買ってくれる客が居なくなるぞ」

「知らん、売るのはお前の役目だろう」


 仁王立ちしてフロレンツは鼻を鳴らして踏ん反り返る。腰布しか纏っていないのに。

 どっちが主従だ?と毎度思ったりしなくはないが気にしていたって始まらない。

 さて、ウォーロウの主催する闇オークションでは開催の度に売られるモノは異なる。それこそ曰く付きの品から猛獣、珍しい奴隷まで。

 ただしかし闇オークションの度に売られては看板詐欺やらクーリングオフや詐欺だなんだと言われて返品される訳あり奴隷がまれにいる。そう、それこそがこのフロレンツなのだ。

 エルフ故に顔と身体は一級品だから趣味の悪い金持ちにまぁ売れるのだが、蛮族も青ざめるほどに素業が悪い。

 最近の記憶を探る限りは、金持ちの鑑賞用に売られた筈が飽きたからと鎖を引きちぎり豪奢な服で帰ってきたこともある。

 他には娼館に売られた筈が支配人に卒倒するほど劇薬を飲ませ精魂尽き果てて昏倒した隙を見計らい全裸で帰ってきたこともあった。


「売ったところで問題起こして返品されたら大損失なんだがよ…」

「俺が問題を起こしたわけじゃない、俺は俺を買った奴にアレはダメだコレはしないぞと言っているのに強いてくるから、やむをえずだ!」

「その結果が元主人の殺害や傷害じゃあ釣り合ってないんよ」

「だが結局俺がこうやって帰ってきても、誰も買い戻しどころか追っ手を放ちやしない。結局丸く収まっているぞ?」

「収まってはいないからな」


 オリハルコンにも相当する彼の頑強な精神に誰も付いてこないのは確かだった。そして精神に相応しい圧倒的な戦闘能力に誰も報復しないことも彼の傷一つない身体が証明していた。

 絹織物のように整えられた髪を手ですき、からからと笑うさまは後悔も罪悪感も何も抱えておらず、悪魔かとウォーロウは錯覚しそうになる。


「また値下がりするぞ、今度は雌山羊と並ぶくらいだ」

「この眉目秀麗完璧なエルフの俺を山羊と同価値で売る!?」

「仕方ないだろ、お前が逃げ出す度に訳ありと銘打って下げてんだ」


 帳簿のページをめくり、ウォーロウはフロレンツに向き直る。


「訳ありだといってもお前は商品なんだよ、おら自分のセールスポイントは何か言ってみろ」

「そういうのは奴隷自身で考えていいものなのか?」

「もう俺がウンウン唸って捻り出すのは精一杯なんだよ、いいからお前の売り込めるところを言えよ。顔以外で」


 どっかりと冷たい石の床に腰を下ろし、フロレンツは悩み始めた。


「ふむ、まず戦闘能力には自信がある」

「ひ弱よりいいと俺は思うが正直一長一短だ、冒険者崩れには使える盾役扱いだが金持ちどもにはネックだ」

「む、ではこのセイレーンと並ぶ美声だ」

「耳元で大声出して買い手の鼓膜を破ったことを俺は覚えているぞ、まぁクソ客ではあったが」

「では魔法も使える」

「戦闘能力と同じだな、むしろ魔法を抑えるための枷を特注する必要があるからコストがなー」

「…粗食で事足りるのはポイントか?」

「詳しく」

「木の実と花、時折虫だな」

「えっ虫食うの!?」

「知らなかったのか、たまに檻に入ってきたアレを食べ…」

「聞きたくなかった!」


 うわぁ、と耳をふさぎウォーロウは頭を振った。

フロレンツは彼の狼狽える姿になぜか満足感を得たのか、鼻を鳴らしふんぞり返る。しかしそんな姿も絵になるから苦々しい。

 そうなのだ、冒険者や王宮勤めなら重宝されるであろう点が悉くネックになってしまっている。ウォーロウの経験上、奴隷を買う目的は多々あれ「主人に楯突かない」ことは全てにおいて第一なのだ。

 巨人や猛獣など一癖ある奴隷では枷をつけ精神を程よく痛めつけ、むかせる牙を抜いているのに。この男は、このフロレンツは牙の一本も傷ついていないのだ。

 こいつが特例なだけだ、と平然と戻ってくるフロレンツを見るたび自分に言い聞かせているが、そろそろ限界なのも確かである。

 奴隷オークションを主宰する身として、手元に売れない品が残り続けるのは己の商才の無さを突き付けられているようなものなのだ。

 他の奴隷売買屋や買い手候補はフロレンツのことを「ウォーロウの飼い犬」などと揶揄されていることも耳にしている。(そして冷やかしのために買っていく今回のような奴もいることを)

 ふと、ウォーロウの心にある疑問が浮かんだ。


「そういえば何故お前は、ここに戻ってくるんだ?」

「えっ」


 まるで古株の職員のように(実際古株なのだが)振る舞い、平然とこの檻まで戻ってくるから感覚が麻痺していた。

 考えてみれば、奴隷の主から離れられて、かつ自分の手で自由にどこにでも行けるならここに戻る必要はない。

 自分の故郷でも、自分のことを誰も知らない遠い土地でも、鎖を引き千切って好きに行ける状態なはずなのだ。

 奴隷を売るものとしてそれはどうか、と思わなくもないがむしろフロレンツが自由になったほうがこの闇オークションの懐事情としては正解なのではと思ってしまう。


「それは…」

「それは?」

「…行く当てがないからだ」

「故郷に戻ればいいんじゃ」


 ウォーロウは帳簿をめくり、一番下の古い紙を確認する。そこには彼の略歴がずいぶんと掠れた字で記載されていた。

 訪れたことはない北国の名前があり、王族に逆らった賊とある。


「故郷を追われた身だ。身に覚えのない罪でな」

「なるほど、戻れば命がない可能性もあるって?」


 お前の腕っぷしじゃあほとんどの奴らを返り討ちにしないか、という突っ込みは喉に押し込んだ。


「そうだ、誰も俺が戻ってくることを望んではいない」

「金品を搔っ攫って、売って遠くに行けばいい」

「それも最初は考えた。考えたんだが、それよりも、だ」


 いつの間にかフロレンツは俯いて金糸のような髪がヴェールのように顔にかかっていた。


「ここにいてお前と話すほうが、楽しい」

「は?」


 ここ一番の変な声を出した気がする。

 こいつは俺と雑談をしたいがために買われては戻っているってのか?うわ頭痛がしてきた。


「そんな風に言わなくったっていいだろう!!友人なんて今までいなくて…!」


 顔をあげたフロレンツは見たこともないくらいに赤かった。動揺したのか珊瑚色を通り越して林檎色、耳まで真っ赤に染まっている。

 今まで見たことのないその表情にウォーロウもなぜか笑いが込み上げてくる。だが興奮のあまり檻を掴んでガシャガシャと揺らすのはやめてほしい。冗談じゃなく壊れるから。


「アッハッハ!あぁもう今日はいいや、また今度セールスポイントについては聞くことにする」


 帳簿をたたみ、ウォーロウは笑いながら立ち上がる。正直こいつが戻ってきて、どこか安心を覚えてしまう自分がいるのも確かだ。

 一日の終わりに本の読み聞かせをせがむ子供のように、フロレンツの話を心待ちにしてしまう自分がいる。


「とりあえず今日は飯無しだ!頭を冷やせよ、あと虫食うなよ!」

「なんだと!!この俺が栄養不足で倒れてもいいのか!!」

「一日程度じゃならねーだろが」


 去り際の声すら石壁に反響して脳を揺さぶった。足音すらもかき消されているのに気づき、笑みを浮かべているのを知られないように檻を後にした。


 さて、隠したい想いを秘めているのはフロレンツだけではなかった。


「主」


 奴隷の檻が並ぶ石壁の通路から地上へ向かわんと階段を進む途中、背後から声がした。いや背後というにはいささか下であった。


「おっと、何かゲットしたか」


 ウォーロウの足元、松明に照らされた黒い影がゆらりと蠢き、壁へ染みるように拡がっていく。


「カルトラの娼館にて従業員への不当な扱い及び殺人偽装の証拠が手に入りました」

「踊り子を毎度何人も買っていくところか、まぁアシが出そうだったし見つかるのが早かった方だな」


 影はうねり狼の形になり淡々と話し出す。ウォーロウは帳簿をめくり、少し悩んでからまた閉じた。


「本日中には『処理』できますが」

「いや、もう夜だし明日朝にしよう。うちはホワイトが売りだからな」

「かしこまりました」


 影はそう答えると静かにウォーロウの足元へ戻り、何も発さなくなった。そこには誰もいなくなったかのように。

 再び松明に照らされた階段を注意深く上がりつつ、重厚な鉄の扉を開ける。

 そこはじめじめした地下世界と打って変わり、白壁に本がうず高く積まれた書斎であった。

 ウォーロウは書斎の椅子に腰掛けると、帳簿を置き誰にあてるでもなく独り言を呟いた。


「あーんな短期間で踊り子を取っ替え引っ替えしてりゃあ是非怪しんでくださいと言ってるようなもんでしょうよ」


 ウォーロウは闇オークションで奴隷を売りつける仕事をしている。だがそれはあくまで副業でしかない。

 彼の本当の顔は奴隷を買っていく悪辣な客の証拠を引っ掴み、奴隷解放を謳う聖騎士団へ情報提供をするブローカーまがいの立場であった。

 奴隷を買った先へ影の形をした僕を付け、証拠を得るまで探らせる。そして聖騎士団も嫌がるような薄暗い仕事も金次第で請け負っている。

 奴隷を扱う同業者からは後ろ指を指されるどころかナイフを突き立てられかねない。だが実入りがいいのは確かだし聖騎士団も己の箔が落ちないようにあえてやらせているし、立場によっては尻尾切りされるスタンスであることも承知している。


「……こんな俺を真っ直ぐ信じてくれるなよ」


 己以外は味方といえない、むしろ敵みたいな状況でフロレンツのあんな言葉はウォーロウに珍しく笑顔を与えた。

 本当に友人になれるなら、奴隷売りと奴隷の立場を変えられるなら、こんな商売やめられたら、それでも笑える未来があるのだろうか。

 深夜特有の思考の堂々巡りが終わらないことを予期してウォーロウは酒を開けて寝ることとした。

 とりあえず明日の飯になんと声をかけるか、それだけを今は考えることとしよう。

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