45. 前に向かって
「シルフィ、愛しているよ」
「私も、愛しています」
教会から王城に戻る馬車の中、ふとアルバート様が愛を囁いてきた。
私も間を置かずに、誓いの口付けの感覚が残る唇を開いて同じような言葉を返す。
無事に夫婦になった私達は、これから披露宴に臨むことになる。
でも、突然彼の顔が目の前に迫ってきて、胸の鼓動が早くなってしまった。
「まだ慣れないなんて、先が思いやられるわ……」
「慣れていない方が可愛いシルフィを見れるから、僕としては嬉しいんだけどね」
「平気な顔して可愛いって言わないで欲しいわ……」
「不満だった?」
「ううん、嬉しかったわ」
彼からこんなことを言われるのは嬉しい。
でも、胸の鼓動はなかなか収まってくれない。
自分の身体なのに、少し恨めしい。
「それなら良かった。でも、意地悪はこの辺でやめておくね」
「そうしてもらえると助かるわ」
口ではそう言ったけれど、お返しにと私から彼の唇を奪いに行く。
すると、彼はようやく顔を赤らめてくれた。
「その不意打ちは反則……。可愛すぎる」
「ふふ、お返しですわ」
そんなことをしている内に王宮に着いたみたいで、馬車が止まった。
ここからは、多くの方に注目されることになるから笑顔の仮面を被る私達。
アルバート様の手を借りて馬車を降りて、王城にある披露宴のための控室に向かう。
まだ誰もいない控室に入って、ほっと息をつく私。
いくら儀式に慣れていても、結婚式という一生に一度の儀式は緊張してしまったのよね……。
「あとは披露宴だけだから、もう少し頑張ろう」
「ええ。アルは疲れていないの?」
「少し疲れたよ。やっぱり緊張するからね」
そんな時、扉がノックされて王家の方々が入ってきた。
この控室は私達の家族が集まるための部屋だから、続けてお父様やお兄様達とレベッカも入って来ていた。
「アルバート、シルフィーナ。結婚おめでとう」
陛下からの言葉を皮切りに、王妃様や王女様達からも祝福の言葉を贈られる私達。
もちろん、お父様やお兄様達からも祝福された。
「アルバート殿下、お姉様。ご結婚おめでとうございます」
祝福の言葉と共に優雅なカーテシーを見せるレベッカ。
笑顔で祝ってくれたことも嬉しいけれど、公爵令嬢としての所作が身についてきていることも嬉しかった。
私達はこの場の全員にお礼を言って、一度お色直しのためにこの場を後にすることになった。
色々なことがあったけれど、今は私達も私達の家族も皆みんな笑顔を浮かべている。
こんな風にみんなが笑顔を浮かべられることは奇跡のように思えていたから、今はすごく幸せな気持ち。
この幸せがずっと続きますように。
アルバート様の手を握ったまま、そんなことを願った。
☆
結婚してから一週間が過ぎた日の朝、私はとあるお願いをアルバート様にしていた。
「私の大切な人に会いに行きたいの」
「大切な人って……」
「私のお母様よ」
私がそう口にすると、彼が息を呑むのが分かった。
しばらく会いに行けなかったから、今日は結婚の報告も兼ねて行こうと思っている。
お母様が眠っている、セレスト家のお墓に。
アルバート様は私の申し出を快諾してくれて、朝食を済ませてからすぐに向かうことが出来た。
馬車に揺られる私の手の中には、昨日のうちに用意したお花がある。
白色のカーネーション。
赤色のものは一度しか贈れなかったわね……。
そんなことを思い出したら、また目頭が熱くなってしまった。
「到着いたしました」
「ありがとう」
御者さんにお礼を言って、アルバート様の手を借りながら馬車を降りる私。
そのまま、お母様が眠る場所まで歩いていく。
墓石に掘られたユフィアナの名前は、他の名前よりも白くなっている。
五年しか経っていないのだから当山なのだけど、これを見ると悔さが湧いてしまう。
処刑された人のことは思い出したくないけれど、この怒りをぶつける先はそこしか無いのよね……。
「お母様、シルフィーナです。
今日は結婚の報告に来ました」
これしか言っていないのに、目頭が熱くなってしまう。
でも、私は言葉を続けた」
お母様が言っていた通り、辛いことがたくさんありましたわ。
でも、約束した通り、今は幸せになりました。見てくれていますか……?」
そこまで口にしたところで、堪えていたものが溢れてしまった。
ぼやける視界の中、アルバート様が私を抱きしめようとしているのが見えた。
耐えられなくて、彼を抱きしめる私。
しばらくそうしていたら少し落ち着いて、涙を拭ってお花を供える。
「天国から見守ってくれていたら嬉しいですわ。
また、お話ししに来ますね」
「話は終わったかな?」
「ええ」
「良かった。帰ろうか」
差し出された手を取る私。
後悔は二度としたくないから、この幸せは離さない。
そんな気持ちを胸に、足を踏み出す私。
悲しいことはたくさんあったけれど、これからは違うはずだもの。
アルバート様と一緒なら、後悔するような事にはならない。
そう思っているから、前に向かって歩きはじめた。
陽の光が、これからを祝福してくれているかのように、私達を照らしていた。
忌み子にされた令嬢と精霊の愛し子 水空 葵 @Mizusora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます