第13話

「まず初めに、諏訪部博士がどうしてあたしと共同研究するようになったか知ってる?」


「芥田博士となら大切な人を取り戻せるかもしれないって言っていたので、そのことが関係しているのでしょうか」


 リュウノの返答に芥田博士は頷く。


「その通り。彼は大学時代から付き合っていた恋人と結婚したんだけど、二人の間に子どもが生まれなくてね。悲しんでいた奥さんのために、総合研究所に来てからは成長するAIロボットの研究をしていたんだ。表向きは子どもに恵まれない人達のためって言って」


「その研究で、俺が生まれたんですね」


 ハロンが小さな声で呟く。デルタとリュウノは顔を見合せた。


 芥田博士はハロンの話題に深く触れず話を続ける。


「うん。まぁ、その研究が成功する前に奥さんが病気で亡くなっちゃってね。影で奥さんにそっくりなAIロボットを作る研究をし始めたんだ。容姿や動きはプログラミングできても、中身がなければ意味がない。そう考えた諏訪部博士は、あたしの人工的に感情を作る研究に興味を持った。奥さんと同じ思考回路を作り、奥さんと同じ優しさを持たせることができたら、それは永遠に死ぬことのない大切な人となる。私は永遠を求めるその考えを否定しなかった。あの頃の私は彼と同じで永遠の存在を求めていたから」


 そこまで言い切ると、芥田博士は一息吐く。誰も何も言わず、聞こえるのは車のモーター音だけだ。


 しばらくして、芥田博士が続きを口にした。


「でも、デルタとリュウノを生み出して、それは感情を持つ者にとって苦痛でしかないことに気づいたの。喜怒哀楽を抱えて生きることは苦しい。それを永遠の命に与えてしまったら、出会いと別れを繰り返し心が壊れていってしまう。だから、あたしは人工的に感情を作る研究をやめることにした。近いうちにあの研究所を離れて自分の個人研究所を作り、もっと違う研究をしようと思っていたんだけどね」


 芥田博士とデルタの視線が、ルームミラー越しに交わる。


「どこで聞いたのか、あたしが研究所を辞めることを知った諏訪部博士は、あたしの研究データを盗もうと計画を立て始めた。そのことを感じとったあたしは、盗まれてもそのデータが開けないようにあらかじめパスワードを設定しておいたんだ」


「もしかして、そのパスワードが以前博士からいただいたチップの数字ですか?」


 目を丸くするデルタに、芥田博士は悪戯っぽく笑った。


「今回の計画は、研究データを盗まれるくらいならいっそのこと爆破して壊しちゃおうと思って立てたんだ。二人にも伝えて一緒に逃げようかと思ったんだけど、さすがに怪しまれると思って後から二人を連れ出す作戦にしたの。まさかハロンも一緒だとは思わなかったけど」


 芥田博士は嬉しそうな顔を浮かべると、ハロンを見て言葉を続ける。


「坂江がそこまでハロンのことを大事に思っていたなんてね。見直したよ」


 心外だ、と言いたげにハロンが強めの口調で言う。


「坂江博士は優しい人です。ポンコツな俺を最後まで助手として使ってくれました」


 その様子に、芥田博士は笑った。


「知っているよ。破棄されそうになったハロンを拾ったのは坂江だし、彼女はオーバーワークを止めようとあたしのところに相談に来た。嫌いな相手でも、自分の大切なもののためなら頭を下げられる。そういう人だ」


 どこか眩しそうに遠くを見つめる芥田博士。空気がしんみりとした時、横溝研究員が明るい声で言った。


「そういう芥田博士だって、ハロン君のことを最後まで心配していたじゃないですか。連れて行くにしても坂江博士に事情を話さなければいけないし、そんなことをしたら諏訪部博士に計画がばれるかもしれない。何より坂江博士を巻き込んで、彼女の研究者としての人生を終わらせたくなかったんでしょ?」


 ペラペラと話す横溝研究員を、芥田博士が横目でにらむ。褒められることが好きではない、芥田博士らしいと思った。


「坂江は真っ直ぐで芯があるいい研究者だ。諏訪部博士のように弱った心を補うための研究はしない。あたしはそういう研究者があそこに必要だと思っただけ」


 ハロンは申し訳なさそうに眉を下げると、顔を俯かせる。


「そうでした。芥田博士も優しい人でした。オーバーワークですぐ発熱してしまう俺を直してくれたのは芥田博士です。まるで人間であるかのように扱ってくれたのも嬉しかった。俺はそんな芥田博士になんて態度を……」


 あからさま落ち込むハロンに、デルタは彼の頭を撫でた。驚いたようにハロンが顔を上げる。デルタは自然と顔が微笑むのを感じた。


 ――ハロンは純粋で、悪気なく思ったことをすぐに口に出してしまうのだろう。まるで、少年時代のまま時が止まっているようだ。


 芥田博士も気にしていないようで、優しい口調で言った。


「そんな落ち込まないで。あたしは坂江から依頼されたからハロンを診ただけ。当たり前のことをしただけだよ」


 芥田博士はそう微笑むと、「さて」と話題を変える。デルタは撫でるのをやめ、芥田博士に集中した。声色が真剣なものになって、空気が少しだけピリッとする。


「諏訪部博士は恐らく、あたしが生きていることに気づいた。研究のデータのコピーも取られているし、彼はパスワードを知っているあたしとデルタとリュウノを狙ってくるだろう。ここからは転々と旅をすることになる。覚悟しておいてね」


 その言葉に、芥田博士を除く全員が頷いた。危険な旅になることに違いはないのに、何故かデルタはこれから始まる旅に気持ちが昂るのを感じる。


 ――これが、ワクワクという感情か。


 デルタは新しい感情に出会えたことで、笑みをこぼした。リュウノも同じだったのか、デルタの腕をつつくと楽しそうに笑う。


「楽しみだね」


「うん」


 二人は互いに笑いあうと、これからの生活に胸を躍らせたのだった。

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テクノポリスのすみっこで 猫屋 寝子 @kotoraneko

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