第12話

 緊急退路から建物の外に出ると、そこには旧式の車が1台、新式の車が1台あった。旧式の車の運転席には見慣れた影があり、リュウノが顔を輝かせて車に駆け寄る。


「芥田博士……!」


 その様子に、芥田博士が笑いながら車から降りた。リュウノが躊躇いなく芥田博士に抱きつく。芥田博士は優しくその背中に手を回した。


 一方のデルタはもう二度と会えると思っていなかった人の姿を目にし、動けずにいた。彼女は自分が作り出した幻覚なのではないか。どこかの博士が自分達を騙すために作ったAIロボットなのではないか。そんな風に考えてしまい、動けなかったのだ。


 しかし、その声、容姿、すべてが本物だと告げている。リュウノが触って何も違和感を訴えないということは、温もりもあるのだろう。


 デルタはゆっくりと芥田博士に近づいていった。芥田博士はそんなデルタに気づき、手招きをする。リュウノも気づいたのか博士から体を離すと、芥田博士と同様に手招きをした。


 デルタは芥田博士に向かって駆け出す。その勢いのまま芥田博士の胸に飛び込むと、その衝撃で芥田博士は「うぉっ」と後ろに仰け反った。


「あ、芥田博士……生きてたんですね」


 声を震わせるデルタに、芥田博士がおかしそうに笑った。


「まぁね。まだまだやりたいことあるし、死ねないよ」


「ははっ。芥田博士らしいや」


 変わらない芥田博士に、デルタも思わず笑みをこぼす。昨日ぶりの再会のはずなのに、随分と久しぶりのような気がした。


「ハロンも、久しぶりだね。坂江から一緒に逃げるように言われたのかな? なんだかんだ言って、あの子も情に厚いところあるから」


 芥田博士がデルタの背中を優しく叩きながら、ハロンに声をかける。


「はい、そうです。芥田博士、無事でよかった!」


 ハロンの明るい声に、顔を見ずとも喜びが伝わってきた。彼が感情こころを持っているというのも本当なのだろう。


「あの、感動の再会をしているところ申し訳ないんですけど、そろそろ行った方がいいと……」


 言いにくそうに口を挟む横溝研究員。デルタは芥田博士から離れる。――そうだ、自分達は今逃げている途中だった。


 芥田博士は腕時計を確認すると、「そうだね」と旧式の車に視線を向けた。


「皆、この車に乗って」


「え、新式の方じゃないんですか?」


 リュウノの疑問に、デルタは頷いて同意を示す。旧式は地上しか走れないのに対し、新式は上空を走れる。空を駆けていく方が断然速いはずだ。


 不思議そうな顔を浮かべた二人に、芥田博士がいたずらっぽく笑った。


「空を飛ぶと目立つからね。それに、今どき旧式で逃げるなんて誰も思わないでしょ。隠密で逃げるなら、旧式一択。新式の車はダミー用として用意したんだ」


「なるほど」


 デルタとリュウノが同時に呟く。二人は顔を見合わせると小さく笑いあった。


「さ、早く乗って。旧式で逃げるところを見られたら元も子もない」


 芥田博士の指示に従って全員車に乗り込んだ。運転席に芥田博士、助手席に横溝研究員、後部座席に残りの三人が座る。身長的に、少年型のハロンが真ん中になった。


 芥田博士は全員が乗り込んだことを確認すると、携帯用端末を取り出し何やら操作をし始める。すると、後ろに停めてあった新式の車がひとりでに動き始めた。


「うわ、すごい!」


 ハロンが後ろに体を向けそう口にする。新式の車は、旧式の車の進行方向と逆に向かって飛んでいった。


 芥田博士は端末をセンターコンソールに置くと、旧式の車を発車させる。旧式の中でも比較的新しいこの車種は、加速も乗り心地もよい。


「ふう。これで一安心ですね」


 横溝研究員が安堵のため息を吐く。リュウノがすかさず口を挟んだ。


「全部、説明してください」


 その言葉に同意するよう頷くデルタ。死んだと思われていた芥田博士が生きていて、何故か隠れるように逃げ出して、――昨日から訳が分からないことばかりだ。


 芥田博士は「どこから説明しようかな」と呟くと、言葉を続けた。

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