第11話
「はい、諏訪部です。……はい。……はい。……え? 芥田君の遺体が骨も残らなかった?」
聞き馴染みのある名前が出てきたことに、デルタとリュウノは顔を見合わせる。芥田博士の遺体が骨も残らなかったとは、どういうことなのだろうか。
「つまり、芥田君の遺体だと思ったものはAIロボットの外側――人間に酷似した容姿の無機物だったと……」
諏訪部博士の視線がデルタとリュウノに向けられる。デルタは諏訪部博士の言葉を聞いて、目を丸くした。
――芥田博士の遺体がAIロボットだとしたら、芥田博士は生きているということなのではないか。
その刹那、ノックもなく研究室の扉が開かれ、横溝研究員が現れた。
「デルタさん、リュウノさん、二人とも、こちらへ!」
手を引かれるまま研究室の外へと出る二人。その後方で、諏訪部博士が「待て!」と叫んでいるのが聞こえる。
二人は何が何だか分からないまま、横溝研究員に連れられて走った。
「よ、横溝さん!?」
デルタと同様、急な展開に追いつかないリュウノが口を開いた。
「ごめんね。急なんだけど、ここから逃げないといけなくなった。遺体の検死が先かと思ったらいきなり火葬されちゃってね。僕も芥田さんも、まさかこんな急な展開になるとは思っていなかったんだ。とにかく、今は逃げるよ。ええっと……緊急退路ってどこだっけ?」
横溝研究員はそう早口で言う。なにやら、焦っているように見えた。
「どうして逃げなければいけないのですか? 僕達は何も悪いことはしていませんが」
デルタの言葉に横溝研究員は苦笑いを浮かべた。
「そうなんだけどね。このままだと、君達が危険な目に遭わされるんだ。君達はこの研究所の緊急退路なんて知らないよね? 芥田さんが内密に作ったらしいんだけど」
聞き覚え名のない話に、デルタとリュウノは首を傾げる。その時、前方に見覚えのある影が見えた。――坂江博士だ。
横溝研究員は急ブレーキを掛けたかのように、坂江博士の前で止まる。デルタとリュウノはその反動で互いにぶつかり合った。
「坂江博士――」
横溝研究員がその続きを口にしようとする前に、坂江博士がそれを妨げた。
「緊急退路を探しているんでしょう?」
見透かしたような言葉に、横溝研究員が息を呑む。
「どうして、それを――」
「芥田が生きているかもしれないっていう話を聞いてね、二人を逃がすんじゃないかと思ったの。諏訪部博士は、
横溝研究員はそう憂い気に言うと、「おいで」と誰かを呼んだ。影から出てきたのはハロンと呼ばれていたAIロボットだ。彼は、顔を俯かせながら三人の前に出る。
「この子は私の助手AIロボットなんだけど、昔にバグが生じてから命令通りに動かないの。そのバグの影響か、
少年型のAIロボットは、恥ずかし気に自己紹介をする。
「初めまして。ハロンと言います。出来ぞこないのポンコツと言われますが、記憶力には問題ありません。そのため、緊急退路ははっきりと覚えています」
その言葉に、横溝博士は目を輝かせる。
「それはよかった!」
早速ハロンを連れて行こうとする横溝博士を横目に、デルタが坂江博士に声をかけた。
「本当によろしいのですか?」
リュウノが、デルタの袖を引っ張った。
「迷わせるようなことを言わない方がいいよ」
「でも、ここで別れを告げたら二度と会えないかもしれないんだよ?」
言い返そうとするリュウノを遮るように、坂江博士が口を開いた。その顔は、切なげに微笑んでいた。
「いいの。この子はきっと、芥田の元にいた方が幸せだから。それに――ハロンだってそれを望んでいるのでしょう?」
坂江博士の視線を追って、デルタとリュウノはハロンに視線を向けた。ハロンは眉を下げながらも、はっきりとした口調で答える。
「俺は、坂江博士も芥田博士も大好きです。でも、坂江博士のそばにいたら俺は足手まといになります。諏訪部博士の実験台にされたら、坂江博士はきっと悲しみます。そんなの嫌です。だったら、芥田博士の元へと言って、幸せになりたいです。いつか坂江博士から言われた、『ハロンがどんなにできぞこないでも、幸せでいたらそれでいい』という言葉がありますから」
坂江博士の目が大きく見開かれる。
「ハロン……そんな昔の言葉、覚えていたのね」
「もちろんです。坂江博士が改めて俺を引き取ってくれた時、俺が命令通りに動かないと知っていても、そう言ってくれました。俺はそれが嬉しかったんです」
ハロンの表情は変わらないものの、明るい声色に感情が滲み出ている。彼の言葉に坂江博士は涙を浮かべていた。しかし手の甲で乱雑に拭くと、何もなかったかのように淡々とした口調で続ける。
「ああ、そう。それなら、三人とも無事で逃げてくれるわね?」
少し震えた声。それに応えるよう、ハロンが力強く言った。
「もちろんです。俺が、必ず二人を逃がします。そして、坂江博士が祈ってくれている、幸せというものを手に入れます」
坂江博士は数回頷くと顔を俯かせ、口を閉ざした。横溝研究員はなんとも言えない表情を浮かべながらも、「それじゃあ、行こうか」と三人へ促す。
ハロンは大きく頷くと、先頭に立って歩き始めた。その後ろに横溝研究員、リュウノ、デルタと続く。ハロンの歩きに迷いはなく、デルタは彼の強さを感じ取った。
――オーナーと二度と会えなくなるかもしれないのに、なぜこうも迷わずに道を選べるのか。
それは自分にはない、彼の中の人間らしさのような気がした。
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