Ep. 2
一階のダイニングホールのテーブルにて、旭と渡世が隣り合わせで座り、俺はこいつらと対面して座っている。
「
昼食に用意した自分の分のオムライスに口をつけながら
「は? 別にしてねーけど」
「本当?」
「本当だって。な?夏里」
唐突に飛び火がかかった俺は戸惑いながらもどう返そうか思考を巡らせたが、何を血迷ったか渡世が後で開けろと言って渡してきた箱について話してしまった。
旭は終始にやにやと楽しげに話を聞いていたが、渡世は最初は俺の制止に掛かろうとしたものの途中から俯いてだんまりを決め込んでいた。
「あはは、渡世ったらちゃっかりしてるじゃーん」
旭は満面の笑みを浮かべ、さながら小馬鹿にするようにわざとらしく語尾を伸ばしそう言った。渡世は目瀬を真下に落としたまま舌打ちをした。
……マジで何が起こってるんだ。
「はいはい、オムライス冷めちゃうよー」
「……クソ兄貴」
「夏里の前でそんな汚い言葉使って良いの?」
「別に夏里はなんも思わねーよ」
まあ、確かに口が悪いのはいつも通りだから気にはならない。だからこそ今日の旭の言動には違和感しか覚えないんだ。
旭は誰彼構わずからかいにいくのはよく知っているし、現に俺もかなりの頻度で振り回されている。
だが今回はあまりにも突拍子がないのだ。おまけに渡世を巻き込んでいるとなると冗談の域を出ている気がするんだが……
このままだと気持ちよく食事もできない。空気が荒む前に話題を変える提案を持ちかけた。
「なあ二人とも、こんな話してたら美味しいものも美味しくなくなっちまうし他の話でもしないか?」
「そうだねー……あっ、そうだ!明後日花見しない?」
旭が提案を持ちかけた。花見か、確かに今年は花がより色付いていると聞いたことがある。
「いいな、去年も一昨年もゴタゴタしてて花見なんてする暇なかったし」
「うんうん、最後に夏里と一緒にやったの四年前だったよね。明日に準備始めなきゃ」
「……こいつも連れてかなきゃダメかよ」
やっぱり俺って迷惑……?
「え? 当たり前じゃーん、てか夏里いなきゃお前行かな──」
「うるせえッ」
「んあっ……」
──旭?旭!?
痛みに呻くかはたまた軽く流すかと思えば、旭の喉からはやけに艶かしい嬌声が漏れだした。
状況が掴めない。様々な要因が重なって脳内がバグっているみたいに頭の中がぐちゃぐちゃになっている。待て、俺が今対面している男は本当に俺が知る支倉旭か?
「……兄貴……」
渡世も混乱しているようだ、そりゃそうか。兄を殴ったら兄が喘いだんだもんな。
「だから人前で殴っちゃダメって言ったでしょ!もう……夏里はまだ知らなかったのにー」
「あ? 黙れよこのクソ変態が」
……あれ?これ混乱しているのか?むしろ二人とも日常茶飯事の如く処理しているようにしか見えないのだが。
罵られても軽蔑の眼差しを弟に向けられてもケロっとしている……
「ごめんね夏里、恥ずかしいとこ見せちゃったーっ!」
全然恥ずかしそうにはしていない。キャー!なんて言いながら両手で頬を覆い隠しているのは当たり前のように演技だろうし、てかすっごいニコニコしてる。
身の危険を感じる……
「あっ、大丈夫大丈夫。僕別に暴力を強制させる感じじゃないからー」
何が大丈夫なんだよ。意味がわからない。こいつらどういう関係?
「愚兄がすまん、夏里……」
渡世は渡世でめっちゃ改まってる。なんか、いつの間にかパラレルワールドに放り出されたらしいな──おい俺、現実逃避をやめろ。
「先に旭と話してきて良いか?その、二階で」
「あぁ。まあ……今後についてはお前が決めろ、夏里」
渡世は気を利かせこれ以上は何も言わなかった。
■ ■ ■
「旭」
「あれはどういうことだ?」
俺は旭の寝室にて改めて話を聞くことにした。
「んー……ほら、渡世って反抗期じゃん?だから良く手を出される事があるんだけどさ、最初は痛かったけどなんか最近は気持ち良くなってきたんだよね」
なんの恥も繕わず淡々といつもの調子で語る旭に、理解不能な存在──幽霊とか、宇宙人とか、それに抱く恐怖と類似した気持ちがわき始めていた。
……反抗期というか、単純にこいつがストレスで渡世はイライラしてるんじゃないだろうか?
「んで、夏里。どう思った?」
まだ答えるための心の整理が出来ていないんだが?いや、まあ旭のマゾっぽい気質は昔からなんとなく察していた。
小学校高学年の頃わざとクワガタやらザリガニに指を挟ませながらゲラゲラと笑っていた時は幼いながらに引いた記憶がある。
「……いや、なんつーかさ……俺友達お前しかいないからちょっと……なんと言えばいいか良くわかんないんだよな」
「いいよいいよ、んじゃあまた落ち着いたら話そっか」
「そういう意味じゃねーよ……!」
別に旭を嫌いになったというわけではない。ただこの一面を知ってしまった以上、無意識的に接し方が変わってしまうかもしれないと思うだけで、杞憂に終わる終わらない関係なしに疲れてしまうものだ。
「僕、夏里の事好きだよ?」
「えっ」
「あ、いやいや親友としてだから。そういう意味で好きなのは僕じゃないの」
本当に意味がわからない。この短時間で何度こう思っただろうか……でも、悪い気はしない。
「……夏里って察し悪いよねー」
「何を察するってんだよ」
「まあある意味普通と言えば普通か。そういえば渡世からなんか貰ったんでしょ?開けてみれば?」
「何だ急に」
「良いから良いから」
脈絡もないが、俺は言われた通り渡世から貰った箱を部屋においてきた荷物と一緒に持参し、旭と共に開けることとした。
「こんなの作ってたとか知らなかったー」
わざとではあるんだろうが、大根役者のように抑揚のない声だ。さっきも『自分は一切関与してません』と言わんばかりに話していたがこいつも片棒を担いでいるのだろう。
「さぁな……」
リボンをほどき、箱の蓋をそっと外してみる。被さった薄紙に透けて褐色の物体がぼんやりと見えた。
「え?これってまさか」
恐る恐る紙を捲ってみる。中には手作りだと思われる円筒型のチョコレートクッキーが九個ほど入っていた。一個つまむとそこそこ厚さがあるのが確認できる。
「これ……渡世が?」
「うっわー洒落てるねぇ」
「いや、お前と作ったんだろ」
「他言無用って言われてるからこれ以上はなんもいえなーい」
もう言ってるも同然だろ、と言いたかったが面倒くさくなりそうだったからやめておいた。
「渡世って料理好きだったか?」
「んー、まあ嫌いじゃないとは思うけどね」
「すっごいぼかすじゃねえか」
わざわざ開けたクッキーに手をつけないままなのはあれだなと、一口食べてみる。
「……うめぇ」
「良かったじゃーん、後で感想伝えれば?」
「言われなくてもするつもりだ」
旭は安堵しているかのように気の抜けた笑みを浮かべていたが、右側の口角だけが上がっているように見えた。
「僕ちょっとしたい事あるから、先下行ってていいよ」
「ん……おう。んじゃあな」
「……渡世のやつ、さっさと……」
開きっぱなしだったの扉を閉めきる寸前、旭がなにか呟いていたような気がしたが……
■ ■ ■
「よ、
「おかえり」
渡世はとっくのとうに昼食を平らげていたようで、リビングのソファで携帯をいじっていた。
「待たせてすまん。隣良いか?」
「良いけど」
隣に座ったは良いものの、渡世は携帯をいじり続けてるせいで話し始めるタイミングが掴めない。
「……渡世、その。クッキーありがとうな?」
ふとそう声をかけると、渡世は一瞬硬直した後に携帯の電源を落として俺の方へ振り向いた。
「バレンタインでチョコ貰えないのは可哀想だから仕方なく買ったんだぞ」
「買った?」
「そう、買った。市販品で残念だったな」
腕を組みながらふふん、と鼻孔から息を吐くように笑った。これは話を合わせるべきなのだろうか。
「手作りでも市販品でも同じくらい嬉しいけどな、ありがとう」
「……あっそう。お前の事哀れんでやったってのに」
「おいおい、冗談きついって……な、渡世」
「んだよ」
「俺さ、もっとお前と仲良くしたいんだ」
伏し目だった両目が途端に見開いた。眉をしかめ、困惑気味に口を少し開けている。
「その、なんか俺がイラつかせるような事してたら言ってほしいんだ」
「……別になんもしてねーけど?」
「え…っと。じゃあ、それなら……」
「お前に言ったって意味ねーだろ」
渡世は俺の袖を掴んで俺の目を見つめてくる。様々な感情が複雑に絡まった表情を突き付けて来られ、俺も反応に困ってしまった。
「……すまん」
「本当にすまんって思ってるのかよ」
「えっと──」
「夏里」
俺の返答を遮るように強く名前を呼んだ。いつになく目は鋭いし、喉奥から絞り出したような低音が響いて正直かなり怖かった。
「これからお前に言う事、絶対バカにするなよ」
「し、しない」
気のせいだろうか、顔が近くなってる気がする。不思議と嫌な気持ちはしないがそれでも緊張してしまう。
ちょっと待ってくれ、中一の貫禄じゃないだろこれ。
「夏里……お前さ、同性愛についてどう思ってる?」
「ん……ん?」
「答えろ」
「アっはい……いや、特になんも思ってないい……けど」
「『けど』なんだよ」
「まあ、好きって気持ちに性別は関係ないって言いたくて」
渡世は何も言わなかった。ただ黙々と見つめられると、正直気まずくなってくる……
「そろそろ察したかよ」
痺れを切らしたように、声色を荒らげて──いや、焦りから声が震えているように感じる。
「……渡世、お前、まさか」
「笑うか?俺を」
「……」
「いや、笑わないよ」
俺の親友は兄弟揃って色々おかしい とまとぱん @tmtpn
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