俺の親友は兄弟揃って色々おかしい
とまとぱん
Ep. 1
「今日は弟がみぞおちに肘を入れてきたよ」
昼休み、
「なんでそんな嬉々として言えんだよ」
「一瞬息吸えなくなっちゃってさー、一瞬死を覚悟したなぁ。成長したなーって感動しちゃった」
ヘラヘラと危機感を持たずに眉を八の字にして笑うこの男は俺の親友だ。といってもほとんど腐れ縁のようなものだと俺は思っているが、こいつはもっぱら俺を心の友だと呼ぶ。
男の俺が言うのもあれだが、こいつは結構イケメンの部類に入ると思う。切れ長の目と女子よりも長そうな睫毛、口元にはほくろとざっと特徴を挙げるだけで整った容姿なのがわかるはず。
成績も運動神経も高め、家はそこそこ裕福で人当たりも良い。ハイスペ男子を煮詰めたような男だ。
一目すれば『良いやつ』のこいつを身近に置けるという分には別に悪い気はしないが、それはそうとこいつのこの気色悪い面を初めて知った際には本気で縁を切ろうかと悩んだ時期もあった。
■ ■ ■
切っ掛けは三年前の春休み、俺が中学三年生の頃支倉家に泊まりに行った時に起こった出来事だ。
支倉家の二階建ての一軒家は新築並みに気品に溢れており、日本の住宅らしくない
友人宅とはいえ一般人上がりの俺が敷地内に足を踏み入れるのは何度目でもかなりのプレッシャーだ。
玄関先まで続く庭を分断するように舗装された道を辿り、鞄を片腕で抱えながらインターホンの音を恐る恐る鳴らした。
『はーい!』
まるでずっとその場で待っていたかのように応答が直ぐ様スピーカーを通して届いた。快活な声の主は旭のようだ。その数秒後、玄関のドアが開かれる。
「
「通常運転じゃねえか」
「あはは、むしろいつもよりもっと寝てるかもー」
追記すると、こいつはショートスリーパーだ。
「さーさ、とりあえず入ってよ。カバン重いでしょ」
言われるがままに玄関を進むと、そこに広がる光景は何度見ても新鮮さを失わない程に大変非現実的なものだった。
いつだって一番最初に目に写るのは五枚の刃が絶え間なく回り続けるシーリングファン。ベルを型どった四つのガラスシェードが中心から外側に広がっており、電球はオレンジ色の暖かい光を発している。
「いつ見てもすげーな」
「そう?別に普通だよー。あ、荷物部屋に持ってっとくね」
「いや自分で持ってくから」
鞄の中には四日分の着替えに充電器、洗面用具一式とあまり人には触らせたくないものが詰まっている。中身を見漁る程下等な男ではないというのはわかっているけどそれはそうと嫌なものだ。
「そういやご両親は?」
「そんな畏まるなよー、まだ仕事だってさ」
「ふーん」
「あ、そうだ夏里、せっかくだから先に
二階への階段をのぼる最中、旭がそう尋ねた。
「お前の弟?」
「うん、渡世の奴夏里と会えるの楽しみにしてたんだよ」
「…あいつが?」
俺はその言葉を聞いて驚愕した。何故なら──
「夏里が来てるよー!」
旭は渡世の部屋の扉を勢い良く開けそう言い放つ。部屋の主はベッドに寝転がり携帯をいじっていたが、旭の呼び掛けに反応しベッドから飛び起き扉の前まで駆け足で寄る。
「ナツにいが!?どこ!?」
「ここー」
「…え」
「あ…お邪魔してます」
その刹那、空気が凍りついた。どちらかといえば旭は通常運転で、俺と渡世はお互い目を合わせながら氷点下にいた。
旭は状況を十分に理解しながらもあえて空気を読まず、そのままのテンションで話を続ける。
「
「ッあ"!?」
旭は満面の笑みを浮かべ、渡世の頬を両手で挟みながら子供を揶揄う様な口調でそう言う。渡世の口をついて出た威圧感しかない掛け声も旭のせいで怖さを失っていた。
「ちげーし!?てか離せよクソ兄貴がッ!」
渡世は旭の手首を掴んで頬を挟みっぱなしの手を引き剥がそうとする。力関係は中一と中三ではどちらが優勢か歴然なものだが、旭は敢えて手に込めた力を緩める。さながら自ら手を離したようなものだった。
渡世は未だに興奮状態から冷めきっておらず、ぎろりと旭を睨み付けながら俺にも一瞬目配せした。どういう状況か全く掴めていないが、とりあえず渡世は少しだけ頭を冷やした方がいいという事だけが明白だった。
「…すまん」
「は?なんでお前が謝んだよ」
「いや…なんつーか、良くわかんねーけどさ」
「わかんないなら謝ってんじゃねーよ」
そう、渡世は頭に血が上ってなくても常日頃からこのように俺に対してかなり辛口だ。だから旭が先ほど言った『俺と会えるのを楽しみにしていた』という部分が違和感でしかない。
「はいはい、二人ともこれくらいに。僕今から昼ご飯作るから仲良くしててねー」
旭は軽はずみな振る舞いで速やかに下の階へ行ってしまった──俺と渡世を置いて。
「…こんなとこで突っ立ってるのもあれだし入れよ」
「ん?あぁ、ありがとう」
渡世は背を向け室内に戻り、ベッドに腰を下ろした。そういえば鞄を旭の部屋に置いてくるのを忘れたが、渡世の無言の迫力に圧倒され言い出す事が出来ずにそのままだ。
とりあえずカーペットに座りながら部屋の内装を軽く見渡した。黒と灰色を基準にアクセントとして青を取り込んだ中々おしゃれな部屋だ。ミニマリスト程ではないが物は少なくスッキリしている。
特に本棚は少し厚めの板を壁に取り付けるタイプのもので、スタイリッシュさが更に溢れだす。金持ちは部屋の内装により一層気配り出来るんだよな…羨ましいものだ。
「なあ渡世、聞きたいことがあるんだが」
「んだよ」
「さっき俺のこと、ナツにいって──」
「は?」
「……なんでもないです…」
「お前、バレンタインでチョコ貰えた?」
「…全然…」
「やっぱりな」
「どういう事だよ」
「だってお前ってモテなそうだし」
「うっ…」
その答えに「やっぱりな」と言わんばかりに渡世は俺を嘲笑を潜めた微笑みを俺に向ける。正直いらっと来たが、一切の暴言を吐かなかった頃の渡世を知っている身からすると嫌いにはなれない。
「バレンタインにチョコをひとつも貰えなかったそんなお前の為にあるもの用意したんだ」
そう言いながら渡世は枕元をまさぐる。下になにか隠していたのだろうか?気になりながらも何が差し出されるのかを待った。
赤一色の平たい長方形の箱だ。中心で交差し結ばれた二本の黄色いリボンと相まって、先ほどの話に引っ張られ、俺にはまるでバレンタインの日にイケメンが貰えそうな物にしか見えなかった。
「チョコレートゼロ個は可哀想だから昨日買ってやったんだ。開けるのは後でにしろよ」
渡世が頬杖をついて笑った。それは先ほどの口角をあげた笑みではなく、中学一年生らしい無邪気なものだった。
悪意が全くもって籠っていないように見えたのは気のせいだろうか?ちらっと見えた八重歯がふとそんな感想を抱かせる。
「あはは、ありがとう。その物言いだと渡世は今年も大量か?」
「まあな。全然嬉しくないけどさ、俺そんなチョコ好きじゃないし」
「よく言うな…お返しはしたのか?」
「するわけないだろ、その気になられたら困る」
中一のくせしてませてるな、と言いかけたが流石に大人げなさすぎて言葉を飲み込んだ。
■ ■ ■
──
成績は平均位だが部活にかなりの力を入れているらしく、バスケ部では持ち前の機敏さを存分に生かして相手を翻弄しチームのサポートに尽くしているらしい。
だけど前に試合を観戦した時はちょうど調子が上がっていたのか、自分で何度かシュートを決めていたのが印象的だった。
旭は『あいつ、お前がいるから張り切ってるんだよ』と耳打ちしてきたが…まあ、ただ揶揄ってるだけだろうな。
そんな渡世は兄共々に未だ彼女を作っていない。旭はアレとして、渡世は特に性格面に問題ないと思っている…俺に対しての態度はきっとただ単に下に見られてるだけだろう。
「渡世…青春って大事だぞ」
「急にどうした」
「俺が言うのもあれだけどさ、彼女とデートしたりって青春の醍醐味だと思ってるんだ。お前も一回くらいは彼女作れる内に作った方がいいんじゃないか?」
「余計なお世話過ぎだろ。てか俺、本命いるし」
『本命』という単語が渡世の口から出るとは思ってもいなかった。何せ恋愛には無関心を貫き通している印象でしかなかった訳で、如何せん興味が沸き上がる。
「本命って─今まで一度も聞いたことないんだが!?」
「言ってないからな」
「えー…渡世の恋愛事情スッゴい気になるんだけど」
「…お前に言う事なんてないからな」
渡世は不貞腐れた様子でそう言い退けた。もう少し追求したかったが下の階から響く旭の声でしばらくの間叶わぬものとなる。
『二人ともー、昼ご飯出来たよー!』
俺と渡世は問いかけに軽めの返答をし、ダイニングルームへと向かうことにした。
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