第5話 金色

昨日は雪が降った。

何が起こったのか。季節からはずいぶんズレている大雪で、心を打った。

桜の木は今にも折れそうなほどに雪を一杯に抱えている。

私だったら折れているだろうな。桜の背中をただ、眺めた。


父親が屋根裏部屋へと足を踏み入れた。いつもと様子が違う。

ヘラヘラとした気味の悪い笑いが何処にもない。

これもこれで私は嫌いだ。結局、父親という存在が嫌いなだけなのかもしれない。

窓の外で積もったままに残る雪のかけらを眺めていた私は、

窓のサンに苦し紛れに積もり残った雪に、

光を失った自分の瞳が妙に輝いて写っているのを見ていた。

「車に乗りなさい」

車=外。この公式が成り立つ。

父親も母親も。極力、私を屋敷の外へ出そうとはしなかった。

外へ出るのは金曜日だけ。その金曜日すら、まともに外の景色は見ない。

父はどうやら仕事柄かこの世に存在していない人だったし、私は二人の罪の証拠だ。

最初の疑問は久しぶりの外の風に攫われてくれたらしく、私は全てを悟れた。

ああ、ついに店に行かなくちゃいけないのか…。私は風俗店に売られる。

父親が実際に口にした事は無かったものの。遠くに聞いた両親の声を憶えているから。

幼い頃にあって以来記憶の中で一度。

父が母を見ろした幼い頃の記憶以来にあっていなかった両親が偶然会った一ヶ月前。

何よりも幸せそうに顔を合わせて、二人は話をした事だろう。自分の娘を手放すために。

だから分かる。私は身売りされる。

私の体には値段が張られる。はじめて価値のあるものになる。

お金になるのだ。良かったものだ。二人の幸せに使われる訳だ。良かったよかった。

知らない男の人達を相手にして、知らない人達に色目を使わなくちゃいけない。

地獄のような毎日が始まるのだ。そのぐらいなら、この光の無い世界に住んでいる方が良い。

でも、私には拒否権が無い。拒否をすれば、拳が飛んでくる。

「分かりました」

何でだろう。こんなにも薄暗い部屋が愛しくなってくる。

さようなら。屋根裏部屋。私の何年間かが詰まった屋根裏部屋。

私はネオンと嘘と偽りの幸せと二度と抜け出せない闇とに溢れる街へ、出て行きます。

愛だのなんだのもっと無縁な世界へと。見かけ倒しの世界へと。

父親が殺人で稼いだお金で買った、闇の車に乗る為に、隠れるように裏口から出ていく。

真っ白の外車が、私には真っ黒のヤクザのベンツにしか見えなかった。

この車を買う為に、どれだけの人が殺人者になって、どれだけの人が亡くなったのか。

開かれたドアの中に入る。

中では母が待っていた。期待に胸を躍らせるように少し私に笑んだ。

知らない男の所へ行くぐらいなら。

商品になるぐらいなら、自殺しよう。そう決めていた。

そもそも、生きている価値なんてないから捨てられる訳で。別に良いんだ。こんな人生。

遥斗ももういない、誰一人守りたい人も、守ってくれる人もいなくなった人生。

ギラリと気味悪く光るナイフを懐に仕舞って来た。大切な人を奪ったナイフを。

別に死ぬ事は怖くない。ただ、私が死んで都合が良かったと、あいつ等が安心するのは癪だ。

私が死ぬのなら、あいつ等にも死にたいぐらいの思いをし続けて貰いたいのだ。

一生、自分たちの犯した罪に苦しむべきなのだ。

ガラスの外は、見えないようになっていて、何処へ向かうのかは分からない。

近所迷惑な音を立てて、車が進みだす。地獄へ続く道を車が進みだす。

何分だったか。あっという間だったようにも、長かったようにも感じる。

車がゆっくりと止まった。私は半分追い出されるような状態で、車から飛び出した。

ネオンがピカピカ…。目の前にはキャバクラの色女…。

とはならなかった。

目の前に映ったのは、鮮やかな緑。幻想的な夕日。地平線へ続くアスファルトの道。

え?え?え?え?え?え?

ちょ!待てえぃ!ここ?何処?え?どうするの?

「頑張って生き延びなさい。まぁ、もっても一週間だと思うけどね」

母は氷のように笑った。雪が降ったのは母のせいだった。

直ぐに悟った。

捨てられるんだな。私はこの見知らぬ、錆びれた町で死ぬ。ご丁寧に両親の手で殺されるんだと。

「悪く思わないでくれな」

父親の気味の悪い笑いが帰ってきた。

悪くなんて思わない。まだ、一人で死ぬ方が良い。短くとも自由がやっと手に入るのだから。

むしろ、ありがたいぐらいだ。生きたいなんて思わない。生きていたいなんて願わない。

出来るものなら早く、こんな見た目ばかりの世の中から去りたかった。残酷な世界から。

永遠の夢の中へと入っていきたかった。遥斗が待っている世界に行って終いたかった。

だから、自殺するチャンスを失っても。死なせてくれるなら、ウェルカムだ。

人生最後の一週間を、虐待の恐怖にも怯えず、仕事もせず、ただ一人で生きられるから。

誰かの人生をやっかんだり、生まれて来た事への憎悪だったり。そんな事考えずに。

「はい」

真っ黒のベンツは、地平線へ向かって走り出した。きっともう、会わないだろう。

私が死んでも、遺族不明になるか、微生物に分解されるのを待つだけだ。

私は行く場所も無く、死を待つ場所を探す事にした。

せめて、自由な一週間は過ごして生きたい。一週間は生きなければ。自由を楽しまなければ。

私は取りあえず橋の下を生活の拠点にする事にした。

雨を凌げるし、少し穴は空いていそうだけど、

あのブルーシートがあれば、鮮やかな季節へ向かう日の夜も少しは凌げるだろう。

河川敷はまだまだ、もっと冬が明けていない様だった。

ただ、川の流れを見ているだけでも私の自由な時間を愛でてくれているようだった。

ああ。お腹空いたな。と思っても食べる物など無い。

元々ご飯の量は少なかったのだ。死ぬ事は無い。

毎日、川に歪みながら浮かぶ月を愛でていた。

ウサギは忙しそうに、餅をつき、季節外れ感を醸し出している。

町には街灯も無く、寒い川辺を明りのある方へ歩いて行く。

ネオンが見える。

一方でこの静かな世界は月の月光が蛍光灯替わりだ。

自然の蛍光灯で手元は照らされ、少し幻想的だ。鳴く虫たちのクラッシックに耳を傾ける。

ああ、幸せ。生きていて良かった。

たまに河川敷を知らぬ人が通る。

その人達は私を怪訝な目で見る。人間は上部だけの生き物。

皆、自分が大好きで、自分より下の人間を見て安心する。そして、優位にいる事を幸せに。

母や父を見て育って来た私にとっては当たり前の事…。

でも、散歩でやってくる親子の会話が聞こえた時、心が風邪をひく。痛いと小さく呟く。

やっぱり、こんな世界に生きていたくないと思う。でも、やり直せたらと思う。

全く違う人間として、もう一度。もう一度生きられたら良いのになと。

人間が葬式に挙げられて、火葬されるのはなぜか。

私はずっと考えている、でも死を間地かにしてやっと分かったのだ。

煙はどんどん上へ消えて逝く。

死んだ人が輝かしい世界へ行く事が出来るように、生きている人達の最後の思いやり。

でも、私にはそれは無理だ。ライターは持っていないし。送り出してくれる人もいないし。

そして気付いた。水と一緒に溶けてしまって水と一緒に蒸発してしまえば良い。

私は生きていた価値が分からなかった。でも水となって生きている人達の力に成れれば。

私が生きていた意味が在るのではないのだろうか…。

何度も光と影の世界が交差し、ある日。私は嫌っていた神様の声が聞こえた気がした。

美しすぎる今日の月が話しかけてくる。私の全てを受け入れてくれる月。ありがとう。

『ほら、こっちおいで』

未だ、雪が少しだけ降っている。積もらず、儚く溶けていく。

私の命も溶けて行けるだろうか、命へ繋げるだろうか。

何も感じたくない。邪念を持っていては天国へ行けない。最悪の人生の後ぐらい最高を。

無心に大きな橋の手摺りの上に立った。

白百合の香りが匂ってくる。包まれていく。

ああ、死ねる。もう、終わる。

夢見心地にそう思った瞬間、一瞬宙に浮きかけた体が引き戻された。


「何やってんの?」


初めて私の太陽に出会ったのは、中学一年の三月だった。

あの年の春は、中々訪れなくって。まだ積もらない雪が降っていた日だった。

冷たい風が目立って、静かな月が微笑む夜だった。

どうしてか寂しかった。どうしてか悲しかった。自分が分からなくなった。そんな日。

悲しい事があるといつも行く、都会とは思えない街外れの。今にも折れそうな木の橋。

確か名前は「守月橋」。

月が凄く綺麗に見える、知る人ぞ知る絶景スポットだった。

そこで川に飛び降りようとする女の子を見つけた。

女の子とは言えど、背も高く、雰囲気も大人っぽくて私よりも年上に見えた。

何も考えずに私はその女の子へ向かって走り出した。

その女の子の腕を掴む。腕は棒の様だった。

その女の子は焦点の合わない目を私に向けた。

思わず時が止まったように感じた。

凄く綺麗な少女だった。手を離してしまえば天に昇って行ってしまいそうな。

少女を掴む手に力が入る。

ブラックホールの様な瞳に川に滲んだ満月が映る。

相変わらず、ウサギが忙しそうに餅つきをしている様だ。

「いや…。別に…」

私を怖がっているような。そんな瞳をしている。

私の思いをシャットダウンするような。自分の寂しさや悲しさも捨てたような。

一人になりたいような。でも。一人になりたくないような。

悲しそうな。でも悲しくなさそうな。

「今、自殺しようとしたよね?」

彼女は私の瞳を見つめたまま、何も言わない。焦点の位置すらわからない目。

「家は何処?名前は何?何でこんな所にいるの?」

私はなぜだか熱くなっていた。普段だったら人の為に熱くなる事なんて無いのに。

今にも消えてしまいそうな細い腕と、大人っぽい顔立ちに似合わない不器用な表情。

なぜだか、守りたいと思った。いないけれど妹のように感じた。

その子は何も言わずに首を振った。

「どういう事…」

答えなくないと言う事だろうか。それとも、言えないのだろうか。

「家の場所も…。名前も…。知りません…」

空気が止まったようだった。

空気が澄み切ってしまいそうな、綺麗で強さも見えるような声。

あれ。なんかこの声聞いた事ある…。この雰囲気どっかで知っている…?

って、そんな場合じゃない…。

え?もしかして、捨て子…?

「本当に知らないの?家は無いの?今まで何処に住んでいたの?」

私、怖いな…。自覚している。でも、何でだか知りたい。理性ではない。

どこかが叫んでいる、今この子を手放してはいけない。私も一緒に沈むことになる。

「捨てられました」

その子の顔は人間だとは思えないほど表情が無い。

両親に捨てられたら悲しい顔ぐらいするはずだ。でも、何にも感じていないような顔。

もう、百年ぐらい生きて来て、人生の全てを悟ってしまったような。

もう、何もかも諦めてしまったような。そんな。

私はこの子を連れて帰る事を決意した。

こんな今にも消えそうな子を見捨てたら、月が冷たく睨みつけてくる気がした。

一生朝が来ない気がした。最悪な一日は続くような気がした。

一生後悔するような気がした。

「私に付いて来て」

その子は視線を落とした。まるで希望は何処かに落として来たようだった。

月明りしかない街で、彼女はどこかに落とした光を探している。なんとなくそう思った。

「行きたくありません」

「何でよ」

その子はビクッと肩を動かした。

怒って無いけどな…。怖いかな…。私。亀のように首を竦めている。

「家族が怖いです。行きません」

この子はもしかしたら、虐待から逃げて来たのかもしれない。

だから、家を教えてくれないのかもしれない。

最悪で最低の親に捨てられたのかもしれない。

私の家族も温かいとは言えないけれど、きっと。家族ではあるはずだ。

その子のお腹が大きく鳴った。

ポッとその子の顔が暗闇の中で赤らんだ。

「何日ご飯食べて無いの?」

その子は、小さくお腹を見つめながら呟いた。

「一週間ぐらい…。だと思います」

「は?」

反射的に声が漏れ出た。こんな言葉を使ったら、お母様に叱られてしまう…。

「すごいお腹空いているの?じゃあ…」

その子はちょっと笑った。笑いなのかも分からないような、ぎこちない笑い方。

温かい風が吹いた。

「取りあえず、来てよ。私を助ける事だと思ってくれても良いから」


私は強制的にこの子を連れていく事にした。

骨と皮意外何も無さそうな、木の棒のような腕を引っ張る。

その子は、ほとんど元気が残っていなかったらしい。言われるがまま、付いて来た。

何も話さず、十分の道のり。この子が儚くなる前に連れて行かなければと必死になった。

何故なのかは…。分からない。ただ、怖くなった。

「ただいま」

私が入ると筆頭使用人の宮﨑さんが出迎えてくれた。大げさなほど大きな音を立てて。その滑稽さが私は愛おしいと思う。

「お嬢様!何処へ行っていらしたのです!」

宮﨑さんは驚いたように私の後ろを見た。

私が誰かを連れてきた事など…。幼い頃の太陽以来だ。

宮﨑さんは何かを思い出すかのように、値踏みするかのように彼女を見つめた。

少女は怖がるように亀のように、首を縮こませた。

宮﨑さんはにっこりとほほ笑む。

「そのお方は?お嬢様のお友達ですか?」

私は宮﨑さんに彼女と出会った経緯を説明した。驚いたような顔をした宮﨑さんは、ふふっと息を漏らす。

「まあ。お可哀想に…。お嬢様。ではこの子を養子にしようと?」

宮﨑さんは優しそうに、目に小皺を寄せて言った。

私が小さい頃から、ちっとも変わらない笑い方だ。

「はい。私兄弟が欲しかったし。捨て子なんて可哀想だと思って」

私は、宮﨑さんが黙認してくれている事に気がついた。

段々自分の口がスムーズに動いて、流暢に話せているような気がする。

「ただいま帰ったぞ」

ドアの開く音がした。冬の風が入って来た。父が帰ってきたのだ。

「ああ。美月、帰ったのか。あれ?隣は友達か?」

お父様も全く同じ質問をされた。全く同じ説明をする。説明が終わると少し父の顔を見た。父はカバンを使用人たちに預けながら、一度天を仰いだ。

「良いじゃないか。私ももう一人ぐらい子供がいても良いと思っていたんだ」

意外な答えだった。

お父様は私の参観日にも来てくれた事は無いし、仕事が毎日あって、遊んだ事も無い。

子供を愛する事なんて知らないと思っていた。

勉強とか、時間があれば話を聞いてくれたりはするけど…。それでも。

誰かを愛するという感情がきっと、欠如して、どこかへ行ってしまっているのだと。

こんな風に父が、ぎこちなく笑う姿を初めて見た。

「先に夕食を食べていてくれ。お母様と話してくるから」

父の曲がった背広を見ながら、私は静かに頷いてその子を上にあげた。

寒そうな背中に、使用人がとってきた服をかける。少女は顔を隠したまま、呟く。

「ごめんなさい」

その子はなぜか謝った。

もしかしたら、前の家では『ごめんなさい』しか言っていなかったのかもしれない。

そう思うと、何を言えばいいのかわからなくなって、彼女がへたくそに脱いだ靴を、不器用にそろえてあげることしかできなかった。


いつものご飯が出て来た。無駄に大きなテーブルに少女と私はなるべく近く座った。

「私…。こんなの…。食べられません」

目の前に並んだ、私と同じご飯を見つめてその子は言った。小さく狭められた彼女の世界は、誰一人として触れられない世界だと感じた。入ってくるな。そう聞こえた。

それでも食べなさい。と半分命令で言うと、彼女は震える手のままにフォークを握った。それを見て部屋中から、安心したような溜息が聞こえる。

私もそれを見てナイフとフォークを手に取ると、見慣れた景色の違和感に気づいた。

「あれ。いつもご飯を運んでくれる人は?」

なぜかその子はフォークを落とした。カランと乾いた音が響いた。

使用人はすぐに新しいフォークを彼女に握らせて、少し微笑んで見せる。

その笑顔を見た少女は、先程よりももっと、震えてしまった。

「ごっ…。ごめんなさい」

そうだ。いつものあの。女の子。いつも小さく背中を曲げて、顔を隠して歩いている。

私のご飯を運んでそばに控えてくれているのは彼女だった。

「あの子なら、貰ってくれる人が見つかって、そこに貰われたそうですよ」

良かったな。あの子も家族が出来たのだ。どこか寂しいような気もしたが、

あのいつも無表情の彼女が、笑ってる姿を想像するのは気持ちがよかった。

目の前の少女はまだ、食べていない。

「どうしたの?お腹が空いているんでしょ?」

その子は俯いている。収まった口が申し訳なさそうに動く。

「やっぱり、こんな豪華な物…」

「何なの⁉この子⁉」

ただでさえ、消えてしまいそうな声が掻き消される。

切り裂くような甲高い声が聞こえた。見なくても分かる。お母様だ。

全員の視線がつかつかと歩いてくるお母さまに向けられた。

「どうしたんだよ」

お父様の落ち着いた声が聞こえる。その間に挟まる、ハイヒールの音。

「あなた。やっぱり止めましょう。こんな疫病神みたいな陰気臭い子」

初対面なのに失礼だ。でも、その子は静かに俯いている。

母親は迷わず彼女の真横に立って、少女の頭を睨みつける。

その姿を見た父は呆れたような声を出しながら、止めに入った。

「何でだよ。さっきまで良いって言っていたじゃないか」

お母様は、その声を聴こうともせずに、少女にツカツカを歩み寄って鬼の形相で叫んだ。

「今すぐ出て行きなさい」

その子は静かに呟いた。たった一言。その言葉が自分でも驚くほどに重く感じた。

「はい」

立ち上がり、帰ろうとする。

何か言わなきゃ、何かぐるぐると思考の定まらない頭の中で咄嗟に立ち上がった。

「待って!私の妹になってよ!そしたら、私一人じゃなくなるの」

叫んでから気付く。

そうだ。私は温かい家族が一人ぐらいは欲しいのだ。

だから、この子が好きなのだ。孤独を分け合える、この子が。

私よりずっと孤独を知っているこの子が。

この子なら、ずっと傍に居てくれるような気がして。

この冷たい屋敷にいる、温かい太陽になってくれるって思ったから。

「「美月…」」

私の両親は呟いた。先程まで顔を真っ赤にして、ツカツカと音を鳴らしていた母のハイヒールも音を鎮める。無駄に広い部屋に、音一つも消えた。

その中で優しい足音が沈黙を破った。私の頭の上に、同じぐらいの背なのに。

手をのせながら、両親をじっと見つめる。

「申し訳ありません。旦那様。奥様。この際だから言わせて頂きますが。

 お嬢様は幼い頃からずっと両親のお仕事を理解して、一人で耐えてらっしゃいます。

 この女の子を妹か姉として入れるのはお嬢様の為にもなります。どうか」

宮﨑さんが心から頭を下げてくれた。そうだ、この冷たい屋敷にもこの人がいた。

孤独も全部分かって、こうして慈愛に満ちた手のひらで守ってくれる人が。

でも…。私の人生を変える為には、きっとこの子が必要だから。

「お願い…」

私が頭を下げたとたん、両親も頷いてくれたようだった。ほっと小さい息が聞こえる。頭を上げた私が顔を覗き込むと、少女のように笑った皺だらけの顔がいた。

「分かった。君。ここにいなさい」

お母様は少し硬い表情だったが頷いてくれた。力が抜けてそのまま椅子に座る。

時が正常の動き出した。

「ありがとう」「ありがとうございます」

私達が二人で頭を下げると。まるでまだ時を止めていた少女がからくり仕掛けのように動く。

「ごめんなさい」

小さくその子は頭を下げて、促されるままに椅子に座った。

笑いかけた私に、一生懸命に口角を上げた姿が可愛らしかった。


まだ真夜中なのに、明日の方向に金色の輝きが見えたような気がした。

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