第4話
裏カジノは魔道具店にカモフラージュしており、店員に合言葉を伝えることで隠し階段へ案内される仕組みらしい。合言葉はローズが父親から盗み聞きしていたようで、俺たちはすんなり賭場へと侵入できた。
階段を下ると、そこはまさに悪徳の吹き溜まり、裏カジノが口を開けて出迎える。一面のレッドカーペットに遊技台が並び、ディーラーがカードを捌いている。客たちの身なりはそれぞれで、ただの町人といった者から、明らかに貴族であろうと思われる風貌の者もいた。
「誰も彼も、欲望に目がくらんだ、世界の果てですね、ここは」
「言うな。聞こえるぞ。とにかくオーナーを見つけるまで怪しまれないことだ」
当然、俺たちはオーナーの顔を知らない。おびき出すにはうまく目立つ必要があった。ただし、悪目立ちは好ましくない。賭場の警備員が飛んでくることが目に見えているからだ。オーナーに逃げられないためには、俺の正体は最後まで隠す必要がある。壊し屋イチロウの名は、半年で各国の王侯貴族から警戒を集めていた。
そこで考えたのが、ビギナーズラックだ。ローズにまで粗末な身なりをさせたのは俺たちの平凡さを印象付けるためだ。明らかに平民のなりをした二人組が、大勝ちしまくる。当然オーナー、あるいはバックのお偉方にとっては面白くないだろう。
「後はオーナーが祝いの席を用意したなどと言ってこちらを裏へ連れ込もうとする。そこを叩くわけですね、グレイト慧眼です。さすが師匠」
「軽はずみに作戦を口に出すな。基本はルーレット、俺に手がある。詳細は入る前に伝えた通りだ」
適当なルーレット台に腰掛け、ゲームが始まる。俺が左端の席に座り、隣にローズ。さらに右には宝石のちりばめられた豪奢な服を着込んだ、露骨に貴族らしき男。右端の席には、紫色の髪を左右二つのドリルに分けた、いわゆる縦ロールの少女が一人。
「フン、平民風情がこのようなことにうつつを抜かしおって。貴様らは地や市を耕しておればよいのだ」
俺たちの姿を見て、貴族風の男が顔をしかめる。こういう輩は無視だ。今目立つわけにはいかない。
ディーラーも見て見ぬふりで、特に諫める気配は見えない。周りの客も特に気にしたそぶりはなく、この世界ではよくある出来事のようだ。
「イチロウ様、わたくし出会い頭にここまでコケにされたのははじめてです。今にも手が動いてしまいそう」
小声でつぶやくローズの体はプルプル小刻みに震えていた。やはりそこはお嬢様、煽り耐性は低いらしい。
怒るローズを何とか抑えていると、紫縦ロールの少女から声が上がった。
「見苦しいのう、何とも哀れなことじゃ、嘆かわしいことじゃ」
よよよ、なんて声が聞こえそうなくらい悲しそうな声色で、あるいは芝居がかったとも聞こえる声で少女が言う。
二対二の構図か、面倒だな。言い返しても場が過熱するし、だんまりでも二人で延々と悪口を言い募られる気もする。
「君もそう思うだろう、分不相応な浪費は慎むべきだ。恥をかきたくなければ今すぐ引き返すことだな」
貴族風の男が縦ロールの少女に同意し、口の端を歪める。
「あーしはお主のことを言うておるのじゃ、間抜けめ。心の穢れが透けて見えるわい、男なら言葉でなく結果で勝負せんか」
心底呆れたという風で少女が説教を始めた。というか少女にしては随分古風な言葉遣いのような……。
「腹の立つ、今日は随分と不快な客が多い。アイド国伯爵、ジョン・ヤルーエが命じる。この卓では私の軍資金が底をつくまで卓を離れることを許さない。徹底的な勝負といこうではないか」
伯爵。貴族の位でも上から数えた方が早い階級だ。これはまずい相手に目を付けられた。下手に断っては最悪処刑コース。それほどに身分差のある国だった。
俺は仕方なく勝負を受け、その様子を紫縦ロールの少女がニヤニヤと見つめている。
「お主、中々気骨のある若人じゃのう、あーしの仲間にしてやっても良いぞ?」
機嫌良さそうに語る少女へ軽く手を振り、ゲームを始める。
各々がどの穴に賭けるか決め、ディーラーが玉を投げいれた。
玉が転がっている間は、追加のベットも可能が、今回は黒の11に一点賭けすることに決めていた。
ルーレットの大盤が、勢いよく回転し、いくらか待つと速度も緩む。玉が止まりかけたころを狙い、ハンマーを視認が困難なほど細身にし、小突く。作業に際してはローズにさりげなくこちらの手元を隠してもらうのも忘れない。
すると、白い玉がわずかに動く。その動きは非常に小さく、まず作為的なものとはわからないだろう。
しかし、それも繰り返せば思い通りの結果へ玉を導くことも可能になる。止まった目は、黒の11。
「なっ! 一点賭けを初回で……!」
「ほう、あーしの配当もゼロじゃ。悔しいのう、悔しいのう」
雷に打たれたように硬直し、目に闘争心が剥き出すジョン。それに対し、言葉で悔しがりながらも楽しげな表情の縦ロール少女。
ローズは頭巾の下でほくそ笑み、表情を悟られないために必死の様子だ。
「まさか初めてでこの結果とは、ビギナーズラックというやつかもしれません」
適当にごまかし、ゲームを続ける。ジョンは生かさず殺さず、縦ロールの少女には多少の配当をプレゼント。俺も時には小さく負け、時には大きく勝ち、気づいた時にはテーブルからあふれんばかりのチップを手にしていた。
「バカなっ、この私が……こんな、平民如きに!」
この国では契約が絶対。それは衆人環視の口約束でも同じだ。自分の軍資金が尽きるまで相手をしろと言っておいて、いざ負けたらいちゃもんを付けるなどということは、たとえ貴族だろうと許されない。
計画通り。いや、いささか計画とは外れたが、とにかくいい感じに目立てたのではないだろうか。いくらかできていたギャラリーを見やると、奥から誰かが人垣を割って進んでくる。腹は張り、太い指のすべてに巨大な宝石を着けている。欲望と言う言葉を体現したような男だった。
「いや、どうも。私はここのオーナーで、キンマン・キャッシュと申します。お客様におかれましては大変な大儲……いや失礼、大変な運気に恵まれましたようで、私どももぜひ祝福の宴をご準備させていただけたらと思います」
来た。この男が、裏カジノのボス。この男にローズの売買契約を取り消させるのが今回の目的だ。
ローズの体がビクリと跳ね、頭巾をより目深に被る。
柄にもない知能戦はここまで、ここからは単純明快な破壊作業だ。
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異世界壊し屋稼業~巨大ハンマー一発無双、助けた美少女たちと晴らせぬ恨み、晴らします~ レモン塩 @lemonsalt417
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