第3話

 レストランで土下座を決め込まれ、仕方なくローズを部下として雇うことになった。

 仕事の前に、これからの旅で必要になりそうな装備を購入する。


 まずは身を守る装備ということで、武器と防具を買うこととした。


 そんなわけで武器屋店内、専門店と言うだけあって、ズラリと件や鎧が並んでいる。


「俺に付いてくるからには命を狙われることもあれば、敵陣に攻め込むこともある。剣術の心得はあるか?」


 問う俺に、神妙に頷くローズ。


「武術、学問、音楽は一通りを納めております。……父の、方針でしたので」


「すまん、思い出させたか。とにかく、剣を使えるなら少し安心したよ。当面必要な装備は俺が買うから、それで自分の身を守れるようになってくれ」


「ほ、本当によろしいのですか!? ありがとうございます!」


 俺の提案に、ローズが跳ねんばかりに喜ぶ。さっきまで身売りに絶望していた少女とは思えないはし

ゃぎっぷりだ。思いのほか心根の強い子なのかもしれない。そんなことを考えながら、物色を開始する。

 

 まずは入口に近い一帯、傘立てのような場所に剣が密集して立てられている、いわゆる格安コーナー。壊し屋と言っても、懐事情は厳しい。依頼料をかなり安く設定しているのもあるが、各地で敵を作るため移動が多く、馬車代や宿代がかさむのが主な理由だ。

 

「あっ、これはどうでしょうか? 見た目も強そうですし、扱いやすそうです」


 そう言ってローズが持ってきたのは柄に金細工が施された細身のサーベル。確かに細工だけでなく、刀身の方も良くできた業物に見える。しかし、致命的な問題が一つ。


「高すぎる、却下だ」


 裏側に付けられた値札は金貨100枚。つまり100万円ほど。上等のサーベルとしては妥当な値段だが、俺の生活資金が全て吹っ飛んでしまう。目の付け所は良かった、良いものを見抜く力は今までの教育の賜物だろうか。伊達にお嬢様ではないようだが、いかんせん俺は貧乏人だった。


「悪いが、こっちにしてくれ。それと比べると多少武骨だが、出来は悪くない。まあ金ができたら買い替えると良い」


 俺が言うとローズは首をぶんぶん横に振り


「とんでもありません! イチロウ様に頂いた大切な剣を手放すなんて! 朝は共に起き、夜は抱き締めて共に……コホン、とにかく嬉しいです」


 赤面して言葉を切るローズ。武器と寝食を共にするというのは、とても良い心がけだと思うのだが。

 

「恥ずかしがらなくていい。俺も同じ気持ちだ」


 途端、彼女の目がキラキラと、真夏の海の乱反射のように輝く。


「イ、イチロウ様……私たち、この短時間でそこまで通じあっていたんですね……嬉しい」


 口元が緩み、頬に手を当てて身体をくねらせるローズが、妙に艶めかしく見える。


 何かボタンを掛け違えているような、そんな予感がしながらも、サーベルと防具を買い揃え、店を出た。



 今後部下になるということで、ローズにもカジノ破壊へ協力してもらうことにした。

 作戦はこうだ。カジノに突入して、オーナーを炙り出す。ハンマーで脅したオーナーをローズが捕縛して父親との契約書のうち、ローズの身柄に関する項目を削除させる。この国では契約書が絶対のため、どんな状況で作成されようが効力が失われることは無い。だからこそ不当な契約もまかり通っているわけだが。

 最後に全員を外に叩き出してからカジノを解体する。


「と、こんな感じだ。何か質問はあるか?」


 難しい作戦ではないが、認識は共有しておきたい。その旨を話すと黙って頷いていたローズが口を開いた。


「わたくしごときがイチロウ様に意見するのは申し訳ないのですが、イチロウ様のご説明ではオーナーを捕らえる際にもフロアに人が残っていると理解しました。作業の間に包囲されては大変ですし、オーナーをどうにかする前に一般の方には建物から出ていただくのがよろしいのではないかと」


「確かにそうかもな、言われて気づいたよ。助かった」


 今回の作戦は俺一人ではない。ローズも参加するのだ、俺だけならば包囲されても突破のしようはある。ただしローズを守りながらそれを行う自信は無い。

 打ち合わせを終えて、一度解散する。特に準備があるわけではないが、ローズに気持ちの整理をさせたかった。


 しばらく街をぶらつき、集合場所へと向かった。目印となる噴水の前には、粗末な格好をして頭巾をかぶった少女が一人うつむいている。


 噴水に近づくと、少女が顔を上げた。


「イチロウ様、参りましょう」


 ローズだった。静かな焔をたたえた瞳から、別れ際に感じた躊躇いは消えている。武器屋で騒いでいた時間が嘘のように、静謐さすら感じさせる雰囲気があった。静と動が、くっきり分かれるローズの性格を俺は好ましく思った。


「ああ、初仕事だな、気張れよ。あと、剣は変に抵抗せずフロントに預けろ。入る前に怪しまれたくない」


「……頂いた剣を手放すのは断腸の思いですが、仕方ありませんね」


「なに、ほんの少しの間だ。それに気を取られるなよ、オーナーを逃さんようにな」


 借金のカタに娘を使う親父も最低だが、そこまでさせて金を巻き上げる賭場のやり方が、俺は気に食わなかった。博打さえなければ、ローズの親父も良い父親でいられたかもしれない。そんなことは考えても詮無いことだが、思わずにはいられなかったのだ。


 道中はほとんど口を開くことなく、裏カジノ前へたどり着いた。俺はくすぶっていた怒りを抑え、心に凪を作る。


「初陣だ。派手にやろう」


 ローズが口角を上げ、短く返事をした。


 壊し屋イチロウ、仕事の時間だ。



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