第3話

 私はずっとベッドで暮らしていた。小さい頃からずっと。外ではしゃぐ子を見て羨ましくて妬ましくて、そんなことを思ってしまう自分がとても嫌で。でも、そんな時でもあの人は私の側にいつも居てくれて。こうやって私に笑いかけてくれるんだ。

「みつきちゃん!お待たせ!お腹空いたでしょ!」

「おい。長津静かにしろ。病室だぞ」

「はいはい、奏太はうるさいなあ」

「今なんて言った。それにさんをつけろ。一応上司だぞ」

「ほら、うるさいじゃん。同い年なのになんでさんをつけなきゃいけないのよ、、」

二人はとても仲が良い。同じ医学部の同期らしくてたまたま同じ病院に配属されたと言っていた。運命というやつかもしれない。

「ごめんな、みつきちゃん。このバカがいつも」

「はあ、みつきの前で私のこと悪く言うなし」

「言葉遣いからバカなんだよ。ごめんな」

「あんまり言うとパパに言いつけるわよ」

「くっ、職権濫用だな。まったく」

綾子さんはこの病院の医院長の娘だと鼻を高くして言っていた。綾子さん曰く私の一言でこの病院の全てが変わるんだそうだ。それもあながち嘘ではないから問題なんだろうけど。

「ちっ、ファザコンが」

「あー!一番言っちゃいけないこと言った!もう、知らない!」

「次は職務放棄か」

行ってしまった。せっかく来てくれたのだからもう少し話をしたかったのだけど。

「ごめんね。みつきちゃん俺もそろそろ戻るよ」

「ありがとう。そーた先生」

「ちゃんと食べて、ちゃんと寝れば。絶対良くなるからな」

そうやっていつも優しい言葉をかけてくれて頭を撫でてくれる。友達に良く言われることがあって、私は面食いらしい。でも、実際そうなのかもしれない。目の前に居る人はすごくかっこよくて優しくて、こんなにも一生懸命に私を治そうとしてくれる。お医者さんだからみんなにそうだってことは知っているけど、けど私の弱い心に水をやったのはこの人だから。

 私がここに入院して数週間が経った。初めの頃は人見知りが発動してあまり喋れなかったけど、今ではそーた先生も綾子さんも良くしてくれるから毎日楽しい。私は一度体調を崩すとみんなのように薬を飲んで安静にだけでは済まない。入院をして他に異常がないか検査してみんなとは違う私用の薬を飲む。点滴も採血もいっぱい針を刺されてそれでもみんなと同じようには出来ない。走ることも食べることもみんなと遊ぶことも思うように出来ない。最低だと思ったしこんな私はいらないと思った。けど、先生は言ってくれた。

「いつか必ず君を治す。みんなと同じように全力で走ったりは難しいかもしれないけれど、それでも君がこれからも笑って生きられるように俺が治す」

真剣な眼差しで私を見つめて、少し低めの優しい声でそう言ってくれた。その日から私はこの人を好きになった。優しくされて惚れるぐらいちょろかったかと少し自分に自信をなくしたけれど少しぐらいなら許されるよね。

 先生の言っていた通りに私は前よりも制限を緩くしてもらえた。修学旅行にも行ける遠足にも行ける運動会とか体動かすのは難しいけどその分応援を頑張ろう。ちゃんと約束を守ってくれた。少し時間はかかって私は高校生になったけれどそれはそれでよかった。

「私、そーた先生のこと好きだよ」

私は最大限のお洒落とメイクをして最大限の可愛いさを先生にぶつけた。

「だめだ」

「なんで、私もう16だよ」

「そういう問題じゃない」

「じゃあどういう問題なの」

「俺がそれを認められないんだ」

「真面目すぎだよ」

 それでも私は諦めなかった。迷惑だったし呆れられるとも思ったけど、色々調べてどうすれば好きになってもらえるのか考えて、思いを伝えた。

「分かった、分かったよ。じゃあ高校卒業してまだ好きだったらまた来いよ。その時はこっちから言う」

「え、それじゃあ。そーた先生も私のこと」

「あんだけ言われればいやでもその気になるっての」

嬉しい。私のやってきたことは無駄ではなかった。好きな人にちゃんと気持ちが届いていてちゃんと私を見てくれている。私にみんなと同じものをくれた人。私を助けてくれた人。恩人で私の大好きな人。私の青春は先生とともに子供から大人へと変わっていった。楽しい思い出ばかりだった。だけどその幸せは突然に終わりを告げるのだ。

「ごめん、できたかも」

「え?」

「子供。できたかも」

大学が始まって最初の夏、7月に私は子供を身籠った。

「え?なんで。ちゃんと、ちゃんとしてたよね」

「してたよ。私も分かってるし、そういうことは絶対にしない人だって。毎回確認もしてくれてたし」

「ごめん。みつきちゃん」

「なんで奏太が謝るの。仕方ないよ、こういうこともあるんだねえ」

こんなに落ち込むとは思わなかった。もう少し、少しだけでも。嘘でも嬉しそうにしてほしかったな。

「責任は取るよ」

こんな形で叶うなんて思わなかった。こんな形は嫌だった。

 妊娠も20週に入ってお腹も出てきた。学校には大人の協力で噂も広まることなくすんだ。でも仲の良い友達には隠さずに伝えた。元気な子を産んでと安産祈願のお守りをくれた。私は本当に恵まれている。最初こそ不安になっていた奏太も少しずつ前向きになってくれている。あの人と私の子、絶対可愛いに決まっている。出産予定日は3月の初め頃を予定している。順調に進んできているが私の体調の問題もあり懸念点が多いようだ。私は妊娠中無理をしない範囲で食べて動いて健康な子を産めるように努力をした。奏太にも手伝ってもらって二人で幸せな家族になろうと。

 出産を控えた2月。上手く栄養が子供にいかなかったらしい、私の子はお腹の中で息を止めていた。病気でもない理由で私の子は。それでも私はその子を産みたかった。3月5日予定通り私はその子を産んだ。670gの女の子で名前はみつば、奏太に似て凛々しい顔をしていた。奏太はそれを気にしてか私の前から姿を消した。病院には退職願が届けられて綾子さんも医院長でさえも誰も居場所を知らなかった。奏太の両親に聞いてもごめんなさいの一言だけ。正直幻滅した、けどそれでも会いたい気持ちは残ったまま。私の中に沈殿した。

 大学3年の春、奏太に似た人を見かけた。凛々しい顔を立ち低くて優しい声。その人はとびきり優しかった。私に寄り添って誰かに寄り添って自分を忘れてしまうほど優しくて冷たいあなた。



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