第4話
「そんな、ことが」
「みつきは隠したかったんじゃなくて、知って欲しかったんだと思う」
「なんで今になって」
「今だから、かも」
「その、奏太さんは今どこに」
「みつきには言うなだから。大丈夫よね。あいつは田舎の診療所で医者をやってるわ」
病院からかなりの距離だった。電車を乗り継いで約2時間半。人口数百人の小さな町。駅からは徒歩10分ほどの距離にその診療所はあった。
「こんにちは。お電話した沙川です」
「お待ちしてました。どうぞこちらへ」
待機所のような部屋で円卓のテーブルを挟んで座る。
「待ってたって、言っても誰も来ないからいつも待ちぼうけなんですけどね」
「はあ」
「みつき。亡くなったんですね」
さっきまでの緩い空気は一言で引き締められた。
「はい。最後にあなたに会いたがっていました」
「はっは、俺に?俺なんかどの面下げてあの子に会えばいいんだ」
「だから、死んでから会いたいと。そう言っていました」
こう言う事だろみつき。お前は結局どっちも捨てられなかったんだろ。今も昔もその間の子供でさえ。
「みつきは。どんな最後だった。苦しくなかったか」
「はい。眠るように」
「、、、そうか」
この人は全てを投げ出して逃げたのではなく。こうやって距離を置く事で責任を背負って生きるしか方法を知らなかったのだろう。みつきも奏太さんもどれだけ苦しかったか想像に難くない。だけど、それを知ったふうに言うことは違う俺には俺のやり方がある。
「これを」
「これは、ペンダント」
このペンダントにはみつきの遺骨の一部が入っている。両親と俺と。そして奏太さんの四人でみつきをこの世界に繋ぎ止める楔として。
「いいのか、俺なんかがこんな大事なものを」
「奏太さんだからですよ。それにみつきが死んでも会いたいのは奏太さんだけじゃない」
「そうか、、、そうだよな。俺もそうだ。ずっと謝りたかったんだ」
奏太さんはペンダントを握り締めて、そう独白した。
帰ってからも俺はどこか心が落ち着かない気分だった。みつきの過去と積み重ねてきた苦しみを俺はこうなるまで知らされなかった。除け者とか仲間はずれとか、そこまでではないにしろみつきはおろか周囲の人にすら伝えられていなかった。俺はみつきの夫だったはずなのに。一番大事なことを俺はずっと知らないまま彼女の隣に居続けた。一番近くにいたはずなのにどうして言ってくれなかったんだろうか。
早いもので彼女が亡くなってから一ヶ月が過ぎようとしている。彼女が座っていた向かいの椅子は誰も座っていない朝食を摂るのも夕飯も、ぽっかりと空いてしまった席はいつのまにか埃を被っていた。笑い声で溢れていた空間にはテレビから流れる乾いた笑い声で満たされている。俺にはみつきしかなかった。それ以上の何かを持ち合わせていなかった。
仕事から帰ってくるとポストに手紙が入っていた。何やら厳重に大きめの茶封筒に入れられて。中にはその手紙とタイトルのないDVD。俺はそれを手にした時に中身の察しがついていた。
『沙川涼介君へ
私が死んでからいかがお過ごしでしょうか?
悲しいかな。私も悲しいです。
たぶんもう、色々と知っちゃう頃かなと思います。ごめんね黙ってて。でも、信頼ないからとかそう言う後ろめたい気持ちじゃなくて。私が気にしちゃうから黙ってたの。そんなことで私を嫌う人じゃないのは分かってるけど。でも、ごめんなさい。結局私は怖くて子供を残すことも出来なかった。私はちゃんと涼介が好きでした。愛しています。これは嘘じゃないし隠すつもりもない。ただ純粋な気持ちであなたと向き合いたかった。それだけなの。重いよね。そんな私も好きでいてください。これからまた誰かを愛するにしろ私のことが足を引っ張るのは嫌だ。だから、前向きにしっかりとお別れをします。ずっとあなたを愛しています。沙川みつきより
P.S. そうそう、前に言ってた死んでから会いたい人はね、』
わたしの秘密 kanaria @kanaria_390
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます