第2話

『死んでから会いたい人がいる』

俺には言えない会いたい人。死人の墓を掘るような行為だ。相当な覚悟がいる。そもそも、それを突き止めたところで今更どうなる。自分が傷つくか、もしかしたら周りを傷つけるかもしれない。いずれにせよこの気持ちには踏ん切りをつける必要がある。俺の知らない彼女の過去に何かがあった、大事な何かが。俺はまず彼女の両親に話を聞くことにした。

「死んでから会いたい人か。おいじいちゃんかなあ、みつきはよく懐いていたから」

「死んでから会いたい人?誰かしらねえ、うーんやっぱりおじいちゃんかしら」

両親だからと言って娘の全てを知っているわけではないか。二人から祖父の名前が出てくるところを見るとよほど懐いていたことが分かる。子供の頃は入院が多かったらしいしその時によく顔を見せてくれたのが祖父だったそうだ。だが、その祖父も五年前に他界。俺がみつきと知り合ったのはその少し後のはなしだ。だから俺はみつきの祖父を知らないそれどころか俺はみつきの何も知れていない。結婚して一年と少し、彼女の体のこともあって早くに結婚を決めたのが裏目に出た。この五年間俺はずっとみつきと一緒だった。その内の二年は病院でだ。知っているつもりで何も知らなかった。だからこそ知りたい彼女の過去をこの思いを背負って生きていくために。知りたい。

 俺は日を改めて彼女の友達に話を聞いた。

「今日は集まってくれてありがとう。それと昨日は参列してくれてありがとう」

「いやいや、私たちみつきの友達だし?当たり前ですよ。それにその話私らも興味あるし」

興味か、もしかしたら有益な情報は得られないかもな。

「ありがとう。早速本題に入ろう。これは生前彼女が言っていたことなんだけど、」

「へえ、そんなこと言ってたんだ。そっか。あんまり思い当たらないかもです」

四人グループの一人を筆頭に全員に分からないと言われるのは少しこたえるな。何か一つでも手掛かりがあればいいんだけど。

「まあ、知ってても教えないかもです」

「え?」

「みつきが、多分言うなって言うと思うから」

「そうか、そうだよな」

それはそうだ。自分の過去をわざわざ公にすることもない。みつきは目立つのが苦手だったし、迷惑や心配をかけることを嫌っていた。良くも悪くも一人で問題を抱えてしまうタイプだった。それも夫である俺に知られては成仏出来ないか。

「でも、私たちは知ってほしい。あの子の過去に何があって。あの子が何を抱え込んでいたのか。全部は教えられないけど多分その先に本当のあの子がいるから」

「俺はどうすればいい」

「まずは病院に行ってください。そこにみつきと仲良かった看護師がいます。その人に色々聞いてください」

「分かった。本当にありがとう。このお礼はいつか」

病院か。彼女の人生の大半は病院での暮らしだから仲の良い看護師の一人や二人はいるわけか。考え付かなかったな。俺が学校で誰かと仲良くなるように彼女は病院にいた人と仲良くなるしかなかったのか。そう言えば入院していた話をみつきから聞いたことは一度もなかったな。

 「長津さんいますか」

「長津さーん、沙川さんの旦那さんが来てますよ」

「はーい!今行きまーす!」

「少々お待ち下さい」

この病院は県内有数の大学附属病院。県内のほとんどの患者はここに来ると言っても過言ではない。建物は全部で三棟、本館であるここは地下を含めた五階建で一階が受付と救命救急、二階が主に外科三階が内科、そして四階が小児科。地下には霊安室がある。その他の棟はほとんどが病室となっていて二階から上の階がよく使われる。地下は存在せず一階が受付になっている。みつきは第二棟の305号室に入院していた。

「お待たせしましたー!どうかされましたか?」

「えっと、今お時間ありますか?」

「今ですか?これからお昼なので良かったら三階の食堂でどうですか?」

「ありがとうございます」

「準備してきますね!」

かなり忙しない人で、よくみつきにツッコミされていたっけ。長津綾子32歳、茶髪の長い髪をハーフアップで結んでいる面白い人というのが俺の印象だ。おそらくこの病院内で一番みつきを知っている人。中学の頃からの仲だそうで長津さんが研修の頃からみつきを看てくれていた。休みの日は二人でよくカフェを巡っていたらしい。

「お待たせしました、それじゃあ行きますか?」

「はい」

エレベーターで三階まで上がり食堂へ向かう。

「沙川さんは何にします?」

「俺は、結構です」

「えー、ノリ悪いですよー」

「じゃあコーヒーを」

「奢りますね!」

「あ、ありがとうございます」

窓側の真ん中の席に腰掛ける。

「その後、どうですか?」

「え?」

「みつきちゃんが亡くなってから。大丈夫ですか?」

「まあ、辛いのは変わらないですけど。少しずつ戻していこうかなと」

「そうですか。無理はなさらないでくださいね。みつきが心配しないように」

コーヒーがいつもより苦く感じる。これから話すことを思うと少しだけ後悔が混ざってしまう。

「折り入って聞きたいことがあります」

「なんですか?」

「みつきが生前言ってたことなんですが」

「まあ、隠しておくのも難しいか。いつかは分かることだもんね。いいよね、みつき」

そこから、俺は後悔するような彼女の過去を知ることになった。

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