第12話 見栄を張るのも私の仕事

 アリスティアは自他共に認める自信家である。

 レオナルドは、短い付き合いで骨身に染みている。

 ヴィヴィアンは、自分と誰かを比べたら、常に相手の方が自信家だ。

 だから、それを目撃した瞬間、アリスティアの自信が揺らいだことに、誰も気づかなかった。


「埋まってしまっていますね……」

「地上があれだけ揺れたんだ、あるかもとは思ったが」


 ヴィヴィアンは分かりやすく気落ちした。

 レオナルドは腕を組んで、先の道を睨めつける。

 坑道を進み、グロクが怒り狂った場所を通り過ぎた。

 そうして初めて入った脇道の先は、土砂に埋まっていた。

 アリスティアの照らす先には、文字の書かれた木の板が転がっている。


「"脚本通りの道なんてまっぴら、あなたもそう思うでしょう?"」


 アリスティアは、内心の動揺が声に出なかったことで、自信を取り戻した。


「まさか、あいつらわざと間違った方向に採掘していたのか?」

「それであの慌てようなら、言いたいことができましたけど」

「ああ、次はグロクさんの暴走を止めてはやれないな」

「危ないからどっちもやめて欲しいです……」


 三人は正直な感想を言い合いながら、行く手を塞ぐ土砂を調べ始めた。

 ヴィヴィアンは、地上でやった魔法の修行のように、土砂に手を当てた。

 レオナルドは手ではなく、借りたスコップで土砂を掘ってみる。

 崩れた範囲が狭ければ、ひとり分の穴を掘って抜けられる。


「掘れても、怪我人を通すわけにはいかねえですけど」

「助けが来たって思えるのは、案外馬鹿にならないもんだぜ」

「そうですよ! 泣きそうでした」


 状況は違えど、実際に助けられたヴィヴィアンが、声に力を込めて言った。

 しかしアリスティアには、泣いていたでしょうが、と言い返すほどの余裕はなかった。

 彼女は、ここが人為的に崩された上に、自分達へのメッセージまで残す何者かが、つい先ほどまで居たと決めつけていた。

 映像撮影のために隠れてついてくる魔法生物に、さりげなく目配せする。


「ダメだな、ちょっと掘ったぐらいじゃ、またすぐ埋まっちまう」

「探知魔法もうまくできてるのかどうか、壁に向かって話しかけてる気分です」

「壁から返事を期待するのもおかしくないか?」


 蛇を素体にした魔法生物が頭を横に振る。

 アリスティアに見えるように、こうした裏方と合図のやりとりをするのは、本来危険な行いだ。

 蛇に密かに追いかけ回され、記録されて、気分が良い人間はいない。

 情報部と結びつけるのは不可能だろうと、気づかれない方が良い。


「どうする、他の道を探すか?」

「あるかな……この道も、偶然作られたようなものですし」

「……」

「アリスティア?」


 二人の目線が土砂に向いていたから、気づかれずに済んだ。

 組織からの回答はノーだ。

 ここが崩れているのは、自分達の脚本ではない。


「正攻法でやってる本隊に任せて、引き上げるって手もありますよ」

「それじゃ時間がかかり過ぎるから、冒険者の出番なんだろ」

「やる気があって結構。ヴィーは、探知魔法を試したのですよね、何を探しました?」

「えっと、空いてるスペースがないかな、と」


 アリスティアは考える。

 おそらく、この先に手がかりは残されていないだろう。

 アリスティアは口にする。

 こちらは時間と会話を繋ぐための考え無しだ。


「無いものを探すより、在るもの、在ってはおかしいものを見つける方が、簡単だと思いますよ」

「空きスペースっつーか、空洞は"ある"んじゃないのか? この向こうまで掘ってたんだから」

「む、むずかしい。えっと、地下にあったらおかしいもの……」


 一方で、メッセージは誰かに宛てたものだ。

 グロク宛てなら商会と組織の協力関係への揺さぶり。

 アリスティア宛てなら素性に気づいた上での挑発。

 兄妹宛てなら、面倒な虫が寄ってきた可能性。

 大穴で鉱夫宛てだったとしても、書いた奴は言葉選びがおかしい。

 あなたと呼ばれた誰かが、誰であったとしても厄介だ。


「兄様、このあたりを掘ってみてください」

「お宝を見つけたって顔じゃあないな」

「薄い気が……いや、向こう側に骨、みたいなものがあるような?」

「いつもに増してふわふわして……ま、試してみよう」

「言葉にするのが難しくて。錯覚かもしれないし……あれ、いつも?」


 こうなれば、情報を持ち帰るのを優先するのが賢い選択だ。

 そうアリスティアは結論付けた。


「魔法を万人に伝わる言葉にするより、古代の文字を解読する方が簡単らしいですよ。ここは諦めて正面に回りましょう」

「もうちょっと、もうちょっとだけ」

「ムキになってもダメなときはダメです、早く切り替えませんと」

「ま、素人が頑張ってもってえのはわかるが……今回は当たりを引いたようだぞ」

「は?」


 アリスティアが目を向けると、なるほど、屈んでであれば進めそうな横穴ができあがっている。

 偶然であろうが、斜めに刺さった複数の木の柱が、上から押しつぶされないよう支えになっていた。


「坑内支保の柱か」

「骨じゃなくて柱だったんですね」

「骨組みではあったな、よし。

 俺が先頭で行く、崩れそうに見えたら、後ろから引っ張ってくれ」

「本気で言ってます?」


 アリスティア一人なら、まず潜らないような不安定さ。

 途中でつっかえる心配はなさそうだが、どこかぶつけて崩れないとも言い切れない。

 レオナルドが指に唾をつけて、できたてのか細い道に向けて立てる。

 その様子を見ていたヴィヴィアンが不意に身震いして、アリスティアの表情が険しくなった。


「空気は流れてる。

 それに気づいたみてえだが、血の匂いだ。

 ここで怖じ気づくぐらいなら最初から来るべきじゃねえだろ」

「クソが」


 向こうで待つだろう光景を思い、アリスティアが笑顔で吐き捨てた。


「先頭は私が行きます。

 なにせ、この中で一番背が小さいですからね」

「言うだけあって切り替えが早いな」

「自覚があるかに関係なく、あんたはいま、私を挑発したんですよ。

 覚えといて下さい」


 今も記録されていると知っているのはアリスティアだけでも。

 蛇に密かに追いかけ回され、記録されて、気分が良い人間はいない。

 その上、ここからすごすご引き返す画を撮られるのも。

 怖じ気づいたとレオナルドに解釈されるのも。

 アリスティアにとって、どちらも我慢ならないことだ。

 そうしてアリスティアは賢い選択を放り投げた。

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少女俳優は探照灯の先で監督を目指す てんなな @tennana_tef

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