第2話〜クロノグラスと灰色の街(下)

灰色の雪は、過去を奪ってしまう。


それに気付いたのは、ついうたた寝をしてしまった時のこと。


目を覚ませたのは運が良かったとしか言いようがない。


体の半分近くが灰色に染まった頃に、無意識に首からかけたクロノグラスを握っていた。


すると、途端に記憶が溢れて、起きる事ができた。


それはまるで、忘れていた記憶が一気に蘇っていくようだった。


クロノグラス。


魔法の砂時計が閉じ込められたガラス瓶。


所持者の記憶を遡って過去を見ることができる魔法具で、今はもういない両親からの贈り物。


細い鎖で首から下げたそれを、祈るように服の上から手で触れるのは癖みたいなものだった。


灰色の雪が降り始めた晩も、これのおかげで生き残ることができたんだと思う。


子供の頃からの習慣が、両親が、命を救ってくれた。


これのおかげで、目的を忘れずに進む事ができる。


これがなければ、私は私のことが分からなくなってしまっていたかもしれない。


灰色の雪はその人の命の灯火を、記憶を、前へ進もうとする心の熱を奪ってしまう。


それがとても、恐ろしい。


忘れてしまうのも、このまま忘れ去られてしまうのも。




パン屋のおじさんに謝って、お店にあった灰色に染まってカチカチなパンを袋に入れて荷物に加えた。


そのうちの一つにクロノグラスを当てると、ゆっくりとパンに色が戻った。


さすがに焼きたてって感じじゃなかったけれど、きちんとパンの味がした。


パンに記憶があるのかは分からないけど、効果があったんだからそう言うものなんだろう。


他のお店にもいくつか回って、荷物を揃えた。


そう。


街の外に、助けを求めに行くために。


誰かにクロノグラスを託してしまいたいという誘惑に、何度も負けそうになった。


きっと、このクロノグラスを使えば灰色に染まった人を目覚めさせることができる。


けれど、両親から贈られた宝物を他人に委ねることはできなかった。


それに、クロノグラスは1人にしか効果がない。


今更、灰色に染まるのは嫌だ。


初めから、寝ているうちに灰色に染まってしまいたかった。


何も知らず、夢心地に、みんなと同じように。


そうすれば……。




生まれて初めて、街を出る。


慣れない旅支度と持てるだけの食糧、そしてクロノグラスを持って。


街の外にも灰色の雪は降っていた。


見える限り遠くまで、世界は灰色に広がっていた。


もしかしたら、この街の外はまだ色とりどりの、元通りの世界のままなんじゃないかなんて。


そんなちっぽけな願望は儚くも崩れ去った。


まだかろうじて分かる街道を進む。


振り返ると、私の足跡が街の中から続いていた。


これも、いずれ灰色の雪に覆い隠されてしまうだろう。


とにかく前を向いて、一歩一歩踏み出していく。


この先、どうなってしまうのかは分からない。


けれど、立ち止まってしまえば。


諦めてしまえば、全てはそこで終わってしまう。


灰色に塗り潰されてしまう。


だから私は前へ、前へと進み続ける。


クロノグラスを握りながら。

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クロノグラスと灰色の街 砂上楼閣 @sagamirokaku

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