6/誰もが孤独を嫌っている
夢を夢だと自覚できるのは、俺の特技の一つだった。
起きた時、そこは真っ白な病室だった。
見覚えがある。我らが極東第二支部『万天』の医療棟、その一室。窓からは穏やかな空が見え、人の行き交う居住区の様子が見て取れる。おそらく三階の三一七室だな。俺は記憶から、自分の寝ていたこの部屋の位置を導き出す。
「む、起きたか」
ベッドの隣を見ると、李花・猫がいた。
彼女は蒼色の猫眼を瞬かせると、脇にあった呼び鈴を押した。寝ている俺に付き添ってくれていたのだろう。間もなく看護婦達が来るはずだ。
「……俺は、」
「寝るがよし。お前は任務で大怪我をして、運ばれてきた。エレノアもマキナもジュノーも無事。〇六部隊の人達も無問題。命に別状はない」
「そう、か……」
記憶を手繰りながら、俺は現状を理解していく。
レドラニスカを倒して、ジュノーに止めてもらったところまでは覚えている。あれからどうやら無事に帰るところまで行ったらしい。
迷惑かけちまったな。
損な役回りを押し付けてしまったジュノーに、後で何かお詫びを持っていこう。
そんなことを考えていると、ミャオが嘆息しながら喋りだした。
「まったく……レイジ、お前は本当にバカだ。アンプルを使うなと何度言ったら分かる」
「仕方がなかったんだ、本当に」
「お前の仕方ないは信用できない」
「いや、マジで今回はヤバかったんだって。事情聞いてねえのか? アイザック隊長ですら大怪我することになっ――――」
俺はそこまで話してから、口を閉じた。
ミャオの目元に、涙の跡があったからだ。
あぁ、そうだろう。彼女も俺達の仲間だ。同じ部隊にいるのに、その仲間の危機に立ち会えない。それがどれほど苦しいことなのかを俺達は理解している。
つまり彼女は、俺に怒っているのではなく。
一緒に付いてこれなかった自分に怒っているのだ。
李花・猫という少女は、そういう女性だった。
「……怕你挂了」
彼女は故国の言葉を口にし、ぐしと目元を拭う。
「次は、付いていく。エレノアも、マキナも、私が守る。今回は連れて行ってもらえなかったけど、次は必ず守るから」
ミャオは自分に言い聞かせるように、強く、強くそう言った。
頼もしいことだ。口は悪いしアタリは強いが、彼女は人一倍生真面目な性格である。言葉通り、次は守ってもらうことにしよう。
「ジュノーの奴も守ってやれよ」
「アレは守る必要なし。今回も一番軽傷だた。エレノアとマキナの分も吸い取って一回死んでみるべき」
「ひでぇ言われようだ。お前、アイツの女好き本当に嫌いだよな」
「口の軽い男は嫌いだ。ミャオはレイジも嫌いだぞ。平気で約束を破る」
「努力はしてるんだ。大目に見てくれ」
「……今回だけは認める。次からは絶対、無理するな」
ここ数日で思い知ったのだが、怪我して入院すると皆が優しく接してくれる気がする。前のエレノアといい、このしおらしいミャオといい、やはり病人は庇護欲を掻き立てるのかもしれん。
一生片腕にギプスでも巻こうかな。いやそれだとジュノーとお揃いになっちまうか。そんなことを考えながら、俺は久しぶりに帰ってきた日常に安堵し――――、
「もういいぞ」
そう、告げた。
目の前のミャオが、怪訝な顔をする。
「何を言い出す?」
「お前に言ったんだ、ミャオ。敢えて言ってやるよ。お前、誰だ?」
「何を、言って――――」
「李花・猫は俺達の元部隊員だ。だが五年前、アカデミーの中期過程の任務中に彼女は死んだ。死体が動いて喋ってる。これは一体どういうことなんだ?」
俺の目の前で、ミャオがパチリと瞬きをした。
その凄さに俺は驚嘆する。全部そっくりそのまま、俺の記憶にあるミャオに瓜二つ、どころか、あれからちゃんと成長していた。五年前のあの時から俺達と同じ時を歩んできたミャオが、そこにはいた。
だが、在り得ない。そんなことは在ってはならない。
彼女は不死身でも何でもない。死にゆくその顔を看取り、葬儀を行い、弔った。その記憶がある限り、目の前の女は死者を冒涜するナニカでしかなかった。
数秒、静寂が訪れる。
そして、じっと見つめる俺の前で、ミャオの口が不自然なほど歪に裂けた。
「いつから?」
次に口から出てきた声は、ミャオのものではなかった。
聞き覚えはある。記憶が告げている。俺がレビアコロニーで出会った、あの大狐の声に相違ない。やっぱりそうだ。コイツこそ、未だ片付いていない今回の一連の騒動の問題点だった。
そいつはミャオの顔で、ミャオがしないような酷薄な笑みを浮かべて笑う。
「聞いてるのだ、答えておくれよ。採点してやろうて」
「……最初の違和感は、俺の記憶があやふやだったことだ」
俺は、記憶力が良い。
厳密に言えば、良すぎる。一度見たものは二度と忘れないし、いつだって思い出すことが出来る。何億枚もの写真が保管されている感覚に近い。視界に入ったものを切り取って、脳の細胞へと保存する。俺にとって思い出すという行為は、保管されている写真を捲っていくようなものだった。
そんな俺が、なぜかコイツと出会ってからの
ドットレンタ・バンガロール @onewanwan
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