第2話 間仁田さんに相談

「文房具王になり損ねた女! 文房具バイヤーおかじゃ……おかざきひろこさんです!!」


 しまった。かんでしまった。

 大人気YouTubeチャンネル【有隣堂しか知らない世界】で言いなれたセリフ。

 言いなれたセリフなのに。

 最近のオレは疑問をもっている。その疑問……心の中にある疑念が失敗の原因だ。

 となりのザキさんは実力がある。

 だからチャンスがあれば楽に文房具王になれるのでは……と、考えてしまったのだ。


「ブッコロー、ちゃんとしてくださいー」


 ザキさんが間の抜けた声で非難する。

 オレの心配など知らず気楽なものだ。とはいっても、真実を知らないからしょうがない。

 何回目かのループで、ザキさんにループの事を打ち明けたこともあったが……。


「たいへーん。ふふっ」


 そんな軽い感じで流されてしまった。

 収録は順調。オレとザキさんは慣れた調子で進行表にしたがって掛け合いを続けていく。


「えぇ! そうなんですか! オ……僕は違うと思ってましたよ」

「そうですよぉー」


 危ない。素が出そうだった。

 YouTubeではかわいらしいミミズクを演出するために、一人称を【僕】にしている。

 素が出れば台無し。

 ハードボイルドなオレの素は出せない。

 収録に集中しなくては。

 相棒の文房具王になり損ねた女こと、ザキさんはただでさえ油断ができない人物だ。

 予想外の反応がポンポンと飛んでくる。

 本屋の宣伝が主目的のYouTubeチャンネルで、売っていない品物を宣伝するくらいにはぶっ飛んでいる。


「お疲れ様でしたー」

「おつかれー」


 今日の収録も何とかこなした。

 ループしているのだから、今回の収録も同じタイトルで同じ進行のはずなのだが、詳細が毎回違う。

 ザキさんのリアクションが毎回違うので、全体の構成が変わってしまう。

 そのせいで何度繰り返しても気が抜けない。

 なんといっても、ザキさんは通常はAかBの二択しかない状況で、Cという回答を平然と投げ込んでくる人だから。

 伊達に文房具王になり損ねた女ではない。

 そう。

 ここ数日を繰り返していると言っても全部の出来事がまったく同じではない。

 例えば新文房具王。

 毎回、違う人が文房具王になる。

 それから競馬。同じ馬が毎回勝つとは限らない。というわけで、競馬で大儲けとはいかない。

 他にも細かいことがもろもろ。もちろんオレの行動で未来は変わる。

 唯一変わらないのはザキさんが決勝まで残ること。


「さて、今回はどうするかだなぁ」


 収録が終わって自由になったオレは、有隣堂伊勢佐木町本店の窓から飛び出してパタパタと空を飛ぶ。

 時間は午後4時。まだそこそこ明るい。

 今日は3月16日。明日はテレビ局で文房具王決定戦が開かれる。

 大事な明日を控えて、何をするかを考える。

 繰り返すループの中で思いつく事はひととおり試した。

 ザキさんと模擬訓練。ライバルの偵察。問題の傾向の分析。神頼み……他にもいろいろ。


「あれ、フミちゃんだ」


 考え事をしながらパタパタと飛んでいると、見知った人物が歩いていているのを見つけた。

 どうやら有隣堂の伊勢佐木町本店に向かっているらしい。


「あの子のためにも、ザキさんには勝ってもらわないとなぁ」


 フミちゃんにも縁がある。

 彼女は文房具王決定戦の本選に何度か出場している。最年少の文房具王侯補だ。

 いわばライバル。

 ザキさんとオレのファンで、本選で出会うと必ずあの子から話しかけてくる。

 小学5年生の彼女は付箋が大好きらしい。お小遣いでコツコツ買いためた付箋が宝物だという。


 ――お母さん、家出したの。


 彼女の悩み事を聞いたこともある。

 一か月前から母親が家にいないらしい。聞いてはいけないことを聞いたと思って深くは聞いていない。

 テレビに出たら母親が見てくれると信じていて、彼女は母親と一緒に作ったお守り……鉛筆モチーフのそれを首に駆けて出場していた。


「間仁田に相談してみるか」


 パタパタと空を羽ばたきながら考えつくしたオレは有隣堂の重鎮へ相談することにした。

 話しやすいのと、居場所がはっきりしているのが理由だ。


「岡崎さんは、やるときはやる人だよ」


 とある居酒屋でエプロン姿の典型的なおじさんがヘラりと笑った。

 オレが頼ったその人は居酒屋で皿洗いをしている。有隣堂のエースの一人なのに、だ。

 まぁ、皿洗いの理由などオレには関係ない。ここに間仁田がいるというのが大事だ。


「なんだか事情がありそうだし、飲みながら話そう」


 皿洗いの終わった間仁田が、山盛りの唐揚げとビールをテーブルに置きながら言った。

 いい匂いだ。そういえば収録が終わってから何も食べていなかった。

 とりあえず唐揚げにかぶりつく。

 アツアツの唐揚げはいつ食べてもおいしい。

 醤油ベースの味付けがビールに良く合う。

 ゴクゴク、パクパクと、しばらくの間オレは食事に夢中になった。


 ◇◆◇


「イテテテ」


 気が付いてみると、オレはゴミ袋の上で寝ていた。

 頭が痛い。二日酔いだ。

 しまった……ロクに相談することなく飲んで愚痴るだけになってしまった。


「最悪だ……」


 ズキズキと響く頭痛に顔をしかめたオレは、文房具王決定戦を見守るため……羽ばたいだ。

 そして、今回もザキさんは文房具王になれなかった。

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