第4話 おしまい
あの高揚感は何だったのか。
有隣堂社員一丸となった合宿は……。
「ヤツはダメだ」
桜木町駅の雑踏を前にオレは結論付けた。
ザキさんは、文房具王になれない星の元に生まれたのだ。
こうなったら別のアプローチでループを抜けなくてはならない。
そんなことを考えながら、オレは慣れた調子で背面飛びをした。
「おっと」
それから軽い口調で、こけそうなフミちゃんをダイブして助ける。
繰り返すループで何度も同じ事をしているので楽勝だ。
「あっ、ブッコロー!」
オレが助けた女性……小学生の女の子は倒れた拍子にぶちまけたランドセルの中身に気を留めず声をあげる。
「大丈夫、フミちゃん」
「え? ブッコロー、なんで私の事を知っているの?」
「えっと、ほら、手紙。ファンレター。絵とそっくりだったから、フミちゃんが」
「わぁ!」
オレの返答に、彼女は飛び上がって喜んだ。
喜ぶ彼女を見てオレの頭に電流が走った。
正確には電流のような閃き。
「そしてフミちゃんが、文房具王を目指していることを知っているのさ」
だから先を知るオレは早速計画に移る事にした。
「え? どうして?」
「ボクはとっても鋭いからね。フミちゃんはとっても優しいから、ボクも応援するし……それに手助けするよ!」
「え、いいの? でも、岡崎さんは?」
「岡崎さんは一人でも大丈夫! めざすは岡崎さんとフミちゃんのワンツーフィニッシュだよ」
有隣堂の神と名乗るヤツは「新たな文房具王を導け」としか言っていない。
もうザキさんは諦めることにした。
これでダメだったら、あの神に苦情を入れてやる。
そんなわけで、オレはフミちゃんと手を組むことにした。
作戦は今日から開始。フミちゃんを連れまわすわけにいかないので、彼女を家に送りながら話を進める。
「実は分析ができているのさ!」
オレはフミちゃんの隣を飛びながら、自分の考えをつらつらと述べた。
問題は毎回違うけれど、オレは傾向を掴んでいた。
それを彼女に伝授する。ザキさんはオレの話を鵜呑みにはしなかったが、フミちゃんは信じてくれた。
そして彼女は自身が纏めたノートを見直していった。
「新文房具王は! なんと小学生四年生! 隣堂フミちゃんです!」
結果はあっさりしたものだった。
あれほど苦労した文房具王の座をフミちゃんは勝ち取った。
番組のセットの上で、声をあげるアナウンサーは、いつもより嬉しそうだった。
「ブッコロぉー」
ザキさんの避難するような声はスルーだ。
「ではこれがトロフィー。一人で持てるかな?」
「大丈夫!」
司会のアナウンサーがおっかなびっくりとトロフィーをフミちゃんに渡す。
金ぴかのカップに濃茶で木製の土台。大人なら片手で持てるトロフィー。
フミちゃんは自信満々に答えたけれど、残念ながら彼女にとっては荷が重かった。
「あっ!」
オレの背後で誰かが叫んだ。
トロフィーの重みにフミちゃんがよろめいたのだ。
でも問題は無かった。
「おっとっと」
ザキさんがそんな彼女の背中に回って受け止める。
「ありがとう、岡崎さん」
「どういたしまして」
こうして、ちょっとしたアクシデントもあったけれど、特に問題なく収録は終わった。
「よくやりました。ブッコロー」
収録が終わってどこからともなく声が聞こえる。なんとなく疲れた声をした有隣堂の神は、とくにご褒美をくれるでもなくオレをループから解放してくれた。
まったく、なんだったんだ。
「もぅ、ブッコローが応援してくれないからぁー」
収録から解放されたザキさんはのんびりとした様子でオレを非難する。
人の気を知らずに勝手なものだ。
もっとも悪い気はしない。それはザキさんがどうとかではない。
「ねぇねぇ、ブッコロー、私ね、お姉ちゃんになるの!」
オレにスマホの画面を見せながら大喜びのフミちゃんが言う。
彼女の後ろには、トロフィーをもった男性がいた。父親が応援に来ていたらしい。
「わぁ、かわいい。おめでとー」
オレの後ろからスマホをのぞき込んでザキさんが言った。
スマホには、赤ちゃんを抱いた女性が映っていた。ベッドに横になっている様子と、あたりの景色から推測すると、病院の一室のようだ。
「実はね、わたしね、お母さんが家出したのかと思ってたんだけど、実は里帰り出産したんだって」
「なるほどー」
今回のループでは事情を聞かなかったけれど、母親が家出したという話を聞いたことがある。
実のところ家出ではなかったらしい。
悪い話ではなくて良かった。
「もっと早く生まれる予定だったけれど、マーくんはお寝坊さんだったから今になったんだって」
それからもフミちゃんはいろんな事をオレに言った。
弟の名前は【学】と書いてマナブと呼ぶことや、これから弟と母親に会いにいくことなど。
彼女にとって今日は忘れられない日になっただろう。
オレもなんだか嬉しくなってくる。
良い事をやりとげた気分だ。
すがすがしい。
そして、その日は楽しい気分のまま解散し、オレは久しぶりに穏やかな気分でブランデーを飲んで夜を過ごした。
◇◆◇
そんな文房具王決定戦から一月がたった。
オレはあわただしくも平穏な日々をすごす。
出勤中、オレは空の上からひさしぶりにフミちゃんをみかけた。
彼女はベビーカーを押す母親と一緒にいた。買い物袋をもった彼女はいかにもお姉さんといった様子だった。
なんとなく桜木町でのやりとりが、ループの日々が懐かしい。
あの時は大変だったが今となっては良い思い出だ。
そういえば、あのループの日々でオレも一つだけ得たものがある。
「文房具王になり損ねた女!」
YouTubeチャンネルの収録で、オレは高らかに言い放つ。
そう、オレが手に入れたものは自信。
いまなら心の底からいえる。
「文房具王になり損ねた女! 文房具バイヤー岡崎弘子さんです!!」
迷いはない。
「なんで二度もいうのよぉー」
ザキさんの非難の視線をオレは「へへへ」と軽く笑って受け流した。
そして次のセリフを思い浮かべた。
文房具王になりそこねた女が何度やりなおしても文房具王になってくれない件 紫 十的 @murasakitomato
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