第3話 総力戦

 沈んだ顔のオレとは真逆に、テレビのセットでアナウンサーが陽気に叫ぶ。


「新文房具王は、鈴木花子さんです!」


 今回もダメだった。

 ちなみに2位はザキさんで、3位はフミちゃんだった。

 という結果をうけて、オレは当然のように桜木町駅前に戻った。


「雅代お姉さんの応援もダメだったか……っと!」


 オレは少々の反省をしつつノールックで背面飛びをした。

 そして、いつものようにフミちゃんを助ける。

 華麗なオレの動きに彼女はビックリしつつも感激した。


「ありがとう! ブッコロー!」


 ブンブンと手を振ってから駆けだすフミちゃんを見送って、次にどうするのかを考える。

 だけどすぐに思い直す。


「そうだ! 待って、フミちゃん!」


 オレは直観的な思い付きで彼女を呼び止めた。

 この子にも相談してみよう。なんといっても文房具王に近い少女だ。


「……というわけなんだ」


 呼び止めて、さっくりと事の経緯を彼女に伝えた。

 フミちゃんはすぐに信じてくれて「えぇっ!」と大きな声をあげた。

 道行くサラリーマンや学生がパッとオレ達を見たがすぐに興味をなくす。

 そんななか、フミちゃんはジッと考え込んでいた。


「実はね、私も文房具王決定戦に出場するんだ!」


 フミちゃんはランドセルを地べたに置くと、中から一枚の書類を取り出した。

 それは出場許可書だ。父親の署名もあった。未成年は親の許可が必要らしい。


「そうなんだ!」


 何度も繰り返すループでフミちゃんが決勝まで進める実力者だと知ってはいるが、初めて知ったという芝居をした。

 芝居するオレを見て、フミちゃんは「ニシシ」といたずらっぽく笑うと、ノートを取り出した。

 それをパッとオレの眼前で開いて見せてくれる。

 ノートには文房具についてのあれこれが書いてあった。イラストと解説が彼女の文房具愛を物語っていた。


「こうやって研究してるの! これね、ブッコローに貸してあげる」


 パタンとノートを閉じてからフミちゃんは、オレにノートを差し出した。


「でも、これはフミちゃんが……」


 こんな大事なものを借りることはできない。それはさすがにできないとオレは固辞する。

 フミちゃんだって文房具王決定戦の出場者だ。

 研究成果なしではベストは尽くせない。人を困らせてまでザキさんも勝ちたくないはずだ。


「ううん。大丈夫! わたしはぜーんぶ憶えているから……そうだ!」

「どうしたの? フミちゃん?」

「わたしのノートだけじゃなくて、皆の手助けがあればいいんだ!」

「皆?」

「有隣堂の皆。凄い人がいっぱいるよ!」


 目をキラキラとさせて熱弁する彼女には悪いが、すでに一通り相談済みだった。


「確かに凄いというか……濃いけれど……」

「だから皆で頑張れば大丈夫。私もね、クラスの皆とお花を作ったことがあるの」

「お花?」


 首をかしげるオレに、彼女はポケットから紙製の花を取り出して見せてくれた。

 それはピンク色で、バラのように沢山の花びらがある小さな花の紙工作だった。


「付箋で作ったお花。今日ね、卒業式があって、お姉ちゃんやお兄ちゃんたちに、お花を送ったの!」

「へぇ。フミちゃんが?」

「ううん。皆で放課後に残って沢山、全員分を作って卒業生一人一人にあげたんだよ。一人では無理でも、皆で頑張れば大丈夫!」

「そうか……有隣堂の皆で力を合わせれば!」

「うん! きっとうまくいく!」


 盲点だった。

 オレは個々に相談したことはあっても、一致団結まで考えてはいなかった。

 そうか。そういうことだったのだ。

 あの有隣堂の神とやらは、有隣堂職員が一丸となってザキさんを文房具王にしろと言いたかったのだ。


「ありがとうフミちゃん!」


 フミちゃんの素晴らしい閃きに感謝して、オレはさっそく桜木町駅のすぐ近くにある商業ビルを駆け上がる。


「ザキさん! 合宿しよう! 今度こそ、文房具王になるんだ!」


 本屋兼雑貨屋のストーリーストーリー横浜で店番をしていたザキさんに、緊急合宿をもちかけた。

 ザキさんは、急な話に対して最初はしぶっていた。


「オレはザキさんに文房具王になってもらいたいんだ!」

「そこまでブッコローが本気だとは思わなかったわぁー。まぁーたまには研修っぽくていいかなぁー」


 だけどオレの本気を知って了承してくれた。

 そこから先、オレは有隣堂の社長に直談判して「好きな事をやりなさい」と許可を貰った。

 さらには今まで相談した人達も、そうでない人にも声をかけた。

 まずは食事。有隣堂は本屋だけれど食べ物にも一家言ある。


「合宿するんです。食事の手配、お願いします!」


 というセリフで、食品バイヤーの内野さんに声をかけ、物語に登場する料理を作ってくれる長谷部さんにも声をかけた。


「机と椅子も大事なんです!」


 ビジネス用品の営業をしている大久保さんには、おすすめの机と椅子を提供してもらう。

 よく考えると、有隣堂の多角経営っぷりには驚くが、プラスに働くので問題なし。

 他にも思いつく限り声をかける。

 文房具に関係ないけれどプロレス雑誌好きな佐藤さんにも。


「皆さん、お願いします!」


 オレは全力で、ザキさんを文房具王にしたいと伝えて協力を求めた。

 そして、そうそうたるメンバーが揃ってザキさんを文房具王にすべく動き出す。

 こうなると有隣堂は凄い。あらゆる特技や知識をもつ社員たちが力を合わせた。

 有隣堂職員しかしらない本社地下5階の書庫で、ザキさんは文房具王になるべく最後の追い込みにかかった。


「がんばってきますねー」


 文房具王決定戦の当日、


「がんばれー」


 皆の声援をうけてザキさんは颯爽と会場入りする。

 ビンテージ眼鏡を装備したザキさんはオーラからして違った。

 まるで漫画のように輝いて立ち上るオーラが見えた。

 大部屋で行う予選は軽くこなした。

 予選はペーパーテストだが、ザキさんは誰よりも速くテストをこなして、畏怖堂々とした歩みをもって予選会場を後にした。


「これはいける!」


 オレは凛々しいザキさんをみて確信する。

 準決勝、そして決勝戦の舞台となるテレビ収録の会場でもザキさんは油断をしなかった。

 メイク中こそ「緊張しますー」なんて言っていたが、その声音に緊張の色はなかった。

 むしろリラックスしていた。

 テレビ局の人や他の参加者と冗談交じりの会話をする余裕があるほどだ。


「では決勝戦の収録を始めます!」


 高らかなテレビ局員の声をきっかけに決勝戦が始まった。

 強めの照明に照らされたセットは度重なるループで見慣れていたはずだけれど、いつもと違って見えた。


「おーっと両者ならびました。ここからはサドンデスです!」


 5人の決勝参加者のうち、ザキさんと大分太郎という男の一騎打ちが始まった。


「がんばって……」


 かぶりつくように決勝のなりゆきを見つめるオレの背後で、郁さんの祈るような応援の声が聞こえた。

 他の有隣堂職員も、ほとんど無言で成り行きを見つめていた。

 緊張感のあるギリギリの勝負。

 回答用のボードに両者が同じ言葉を書いた。

 そして5回連続の両者正解。

 お互い譲らない。

 名勝負。

 そして……。


「JIS規格で決められている鉛筆の長さは……」


 司会者の問題を読み上げる声に、大分太郎というザキさんの敵の表情が曇る。

 反面オレの胸は高鳴った。


「やった」


 間仁田も小さい声で喜んでいた。

 有隣堂職員の多くは知っている。

 正解を。答えを。

 なぜなら、YouTubeチャンネル【有隣堂しか知らない世界】でまったく同じ問題を解いたから。

 反面、挑戦者は険しい顔だ。


「……何mm以上?」


 そして司会者はオレ達の知っている問題を出した。

 挑戦者は険しい顔のまま。

 勝った!

 ついにザキさんは文房具王になるのだ。

 オレ達はそう思った。

 だが……。


「あぁ、また同じ答えかぁ……」


 間仁田が嘆きの声をあげる。

 敵もさるもの。ザキさんと同じ155mmと回答。

 まだまだ勝負は続くらしい……とはいかなかった。


「ついに、ついに決着! 新文房具王は大分太郎さんです!」


 どうしてだ?

 同じ数字のはず?

 だけど、続けて司会者が言った「岡崎さん、最後の最後でおしかった。センチメートルと書いてーしまっていた!」というセリフ。


「あれぇー」


 自分の書いた155cmという文字を見直して半笑いになったザキさん。

 書き間違い。それが敗因。


「オカザキィィ!」


 直後オレは叫んでいた。心の底から。

 後ろで雅代お姉さんの「ずこー」という声を聞きながら、オレの景色は変わっていった。

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