文房具王になりそこねた女が何度やりなおしても文房具王になってくれない件
紫 十的
第1話 ブッコロー、タイムリープする
「新文房具王は、田中太郎さんです!」
照明が眩しく降り注ぐテレビ局の一室。
いかにもクイズ番組というセットに立ったアナウンサーが叫んだ。
「また失敗した!」
オレは反射的に大声をあげた。
そして周囲の視線もはばからず、愛らしい翼で何度も床を殴った。
セットから少し離れた場所で。
まん丸でオレンジ色の大きな……とはいっても体長60㎝のミミズクがうずくまって何度も床を殴る姿はさぞや滑稽だろう。
そう、オレはミミズク。
名前はR.Bブッコロー。
フリーのYouTube配信者として日々あわただしく仕事をしている愛らしいミミズク。
まん丸ボディにつぶらな瞳、抱える本はフェルトのカバー。まるで童話の世界から抜け出したような可愛いミミズクだ。
最近は、有隣堂という地方書店と専属契約を交わしてYouTubeという修羅の世界で戦っている。
そんなオレの涙が床を濡らす。
「ブッコロー……」
誰かが小さな声でオレの名前を呼んだ。
周囲の人は、誤解しているのだろう。有隣堂社員の岡崎……つまりは相棒のザキさんが文房具王になれなかったことを悔しがっていると。
違う。そうではないのだ……。
心の中で、ささやかな反論をするオレの視界が歪む。
グニャリと。
「やっぱり、そうだよな……」
パッと周囲の景色が変わった。
ここはテレビ局ではない。桜木町駅前の雑踏。
左に視線を向ければきらびやかな商業ビルがある。
目の前をあるくカップル。サラリーマン。
何度も見ている風景だ。
「またまた3月15日に戻ってしまった……」
ハァとため息が出る。
とはいえ落ち込んでもいられない。
「とりあえず」
オレはサッと身をひるがえし床にダイブする。
そして、よろめいて、今まさに転倒しかねない女性を受け止めた。
彼女が倒れる事を知っていたからできる芸当だ。
何度も、何度も、遭遇した事件だ。
「あっ、ブッコロー!」
オレが助けた女性……小学生の女の子は倒れた拍子にぶちまけたランドセルの中身に気を留めず声をあげる。
大きな目をパチクリとさせて肩まで伸びる髪をフワフワと揺らせて彼女はオレをみている。
「大丈夫、フミちゃん」
「え? ブッコロー、なんで私の事をしっているの?」
床に落ちた色鉛筆を拾い上げつつ彼女は目を白黒させた。
そういえば、そうだな。しくじった。何度も繰り返すから、つい油断した。
さてどう言い訳しようかな。オレは床に散らばった、付箋や消しゴム、たくさんの文房具を拾いながら考える。
「えっと、ほら、手紙。ファンレター。絵とそっくりだったから、フミちゃんが」
「わぁ!」
オレの返答に、彼女は飛び上がって喜んだ。
少しだけ心が痛む。この答えは嘘なのだ。
オレが彼女の名前を知っていたのは、5日後に本人から聞いたからだ。
彼女もまた5日後に開かれる文房具王決定戦にでていたのだ。
「これで17? 18回だっけ、何ループ目か忘れた」
そう。オレはなぜか3月13日から3月18日までの3日を繰り返している。
きっかけは、3月18日に行われた某雑誌主催の文房具王選手権だった。
これは先代が殿堂入りして空席となった王座に、新たな文房具王を据えようという趣旨により行われたイベントだった。
新文房具王は「鈴木花子さんです!」
あのときも、つい先ほどと同様に、相棒の岡崎は文房具王になれなかった。
相棒の岡崎はまたもや文房具王になり損ねたのだ。
あーっ、今度もなりそこねた!
あと少しだったのに、あと少しだったのに!
こんなことなら、真剣にサポートすれば良かった!
当時……ややこしいが、ループに陥る前のオレは、心のそこから真剣に悔しがった。
それが、このめんどくさい事態を引き起こした疫病神を呼び寄せたのだ。
「私は有隣堂の神です。貴方の願いを叶えてあげましょう。これから時をさかのぼり、あなたが新たな文房具王を導くのです!」
自称、有隣堂の神は唐突にオレに妙な話を持ち掛けた。
「え? ちょっと待って」
そしてオレの返事を待つことなく、5日前にオレを戻しやがった。
それが全ての始まりだった。
最初は一度だけやり直すのかと思っていたが、やりなおしは条件クリアまで続くらしい。
最悪だ。
「ブッコロー、YouTube頑張ってね! 応援してる!」
物思いにふけっていたが、フミちゃんの声で我に返る。
手をふって去っていく彼女に手を振り返し、これからの事を考えることにした。
次こそ岡崎を……ザキさんを、文房具王にして、ループから抜けるのだ。
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