聖者Qちゃんのお悩み相談
藤泉都理
聖者Qちゃんのお悩み相談
片頬に林檎を、片頬に桃を宿りし、五体よりも大きな翼を羽ばたかせ地上に降り立つ者。
この国を救う聖者なり。
その名を。
Qちゃん、と言う。
清浄の力を増幅させる純白に彩られた神殿の最奥にて。
この国に降り立った聖者は静かに迷える子羊を待っていた。
「ああ。Qちゃん様。どうかわたくしめのお悩みごとをお聞き届けください」
神殿の入り口で手渡される純白の衣で全身を覆った、本日最後の迷える子羊は聖者の前で跪き、顔を下げて組み合わせた両の手を高く捧げた。
「わたくしめには大切な愛娘がたった一人おります。妻を亡くし、父一人子一人と互いに慈しんで生きてきました。今朝までは」
迷える子羊は限界のさらに向こうを越えて、目をかっぴらいた。
「嫌いだ。と言われたのです。六歳の愛娘に。初めて。嫌いだと。あっちに行けと。ええ。ええ、理由はわかっています。わたくしめがすべて悪いのです。わたくしめが愛娘の前髪の散髪に失敗して、横一文字にしてしまったばかりかかなり短く切ってしまったが為に。わたくしめたちの絆に亀裂が生じてしまったのです」
五体を大きくばたつかせて泣きわめく愛娘の姿が焼きついて消えない。
嫌いだ嫌いだあっちに行け父様なんか大嫌いだこんなんじゃ学校に行けない友達に見せられない見せたくない。
そう叫んでは、机の下に潜り込んで出て来ない愛娘の姿が。
「ああ。Qちゃん様。わたくしめはどうしたら愛娘に赦しをもらうことができるのでしょうか?愛娘は常に机を担いで姿を見せてはくれないのです」
「Qちゃん」
「はい。帽子を。あの子が大好きな小鳥型の麦わら帽子を渡したのですが、床に叩きつけられてしました」
「Qちゃん」
「はい。鬘を。あの子が憧れている方と同じ、少し波立った青の短い鬘を渡したのですが、床に叩きつけられてしました」
「Qちゃん」
「はい。手拭いを。あの子が憧れている方と同じ、おでこも片目も隠せる迷彩柄の手拭いを渡したのですが、床に叩きつけられてしまいました」
「Qちゃん」
「はい。あの子が憧れている方と同じ、おでこも隠せるほど大きめの黒く真四角のサングラスも渡したのですが、床に叩きつけられてしまいました」
「Qちゃん」
「はい。あの子の好きなお隣さんちの手作りクッキーを渡して少しでも機嫌を直してもらおうと思ったのですが、受け取っただけで机から出て来てはくれませんでした」
「Qちゃん」
「え。そんな。あの子が担いでいる机を叩き壊せなど。そんな乱暴なことをすれば、あの子は二度とわたくしめに心を開いてはくれません」
「Qちゃん」
「待つ。しか、ないのでしょうか。前髪が伸びるまで。いえ。毎日心から謝罪をして、机を担がなくなるまで」
「Qちゃん」
「はい。はい。申し訳ございません。わたくしめは本当ならば、赦してもらえるわけがないのです。心をひどく痛めたあの子に、わたくしめはあろうことか。前髪を切ったあの子の姿を見て、思わず噴き出してしまったのです。ああ。愚か者です。救いようがないのです。わたくしめは。本来ならばこの神殿に足を踏み入れられはしないのです。それが。愚か者です。どうしても。どうしてもQちゃん様にお話を聞いてもらいたくて」
「Qちゃん」
「はい。はい。泣いている場合ではございませんね。今すぐに帰って、真摯にあの子と向かい合ってきます。Qちゃん様。本当にありがとうございました」
「Qちゃん」
「はい。はい。本当に、ありがとうございました」
「あなた。ずっとオカメインコをしていた方がいいんじゃないかしら」
「Qちゃん」
最後の迷える子羊が部屋から出て行き、入れ替わるように聖者の世話係を任された巫女が入って来た。聖者であるオカメインコは巫女を見た。真っ直ぐに。
「ふふふ。口を開けば清浄と言って、やたらめったら焼き払うあなたが悪いのよ。ここで迷える子羊を励まして。Qちゃんとしか言わないのに、天使だった頃より役に立っているなんて。ふふ。まあ、天界に戻れるように頑張るのね」
「Qちゃん」
「あらあら。もう翼や脚で攻撃したりしないのね。まんまるになったのね」
くすくすと笑った巫女は、オカメインコに一礼してお膳を置きその場を後にした。
「Qちゃん」
片頬を桃色に、片頬を林檎色に染めて、胴体よりも長い尻尾をふりふりさせながら、オカメインコは常備している水を飲んでから、お膳の黍と粟、そしてほうれん草を平らげて、Qちゃんと言ったのであった。
(2023.4.10)
聖者Qちゃんのお悩み相談 藤泉都理 @fujitori
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