穏やかに続いていく、くじらの街の日常

 不思議な読後感の短編だ。三話がそれぞれ、朝、昼、夜にかかったタイトルを冠しているのが詩的で美しい。淡々と綴られていく近未来の海上都市の暮らしの解像度が高く、登場人物のセリフや地の文にさらりと滲むこの世界の奥行きが心地いい。旅行先でぼんやり地元の人々の会話や様子を見ているように、自然に綴られる「角持つくじら」の街での暮らしがなんとも魅力的だ。
 その日暮らしの主人公ニチカ、幼くして潜水夫として働くカゲツ、彼らの暮らしの背後に流れる世界の有様は、ややディストピア的、退廃的ともいうような、発達した近未来の中でさえ取りこぼされた人々、とでもいうような、少し息苦しいような閉塞感すら感じられる。
しかしその中で暮らしていく主人公たちの日々は、どこか透明で小気味よく愛しくて、通い合う人々の情はなんとも優しい。朝焼けの澄んだ潮風のような、不思議な魅力を持つ作品だ。もう少しこの町でつづられる彼らの物語を、見ていたい気持ちになった。