第八話 いずれ朝日は昇る
背中の激痛で康太は目を覚ます。コンクリートの無機質な床が冷たくも、出迎えてくれていた。薄暗い明り、最低限置かれたトイレにシーツ。あらゆるものが不快感を煽る。
そして顔を上げてみれば、うっすら錆びている鉄格子。どうやらここは牢屋、と呼ばれる場所で間違いないらしい。
「おい、おーい!誰かいないのかー?」
自分の今の状況も分からず、とりあえず声を上げてみる奏太。声が反響して何度も響き渡るが、返事が帰ってくることはない。代わりに鉄格子の扉が音をたててゆっくりと開く。
まるで誘い込まれているかのような、そんな甘い誘惑。だが、奏太は護衛団の一人でありその仲間たちに心配をかけるわけにはいかない。早くここから出なければ。
そう意気込み、檻の外に向けて飛び込んでいこうと足を踏み出した瞬間
「やめときな!」
そこでようやく声が聞こえた、とはいってもその声の出どころは壁の向こう側。
つまるところは奏太と同じく、ここで捕まっている立場なのだろう。
ハスキーで低い、語気を強めた言葉に委縮してしまってとりあえず部屋の奥まで戻る。
「強い言い方をして悪いね、ただあたしもこれ以上惨劇を見たくはないんでね。」
それってどういう…と、言葉を発しようとしたところで誰かが入ってくる音がする。
やってきたのは見るからに強そうな全身鎧の男だった。明らかなガタイの良さと、鋭い眼光は逃げることに対する恐怖を増長させたが、何より驚いたのは頭がワニのようであったことである。この世界では不思議ではないのだろう、いわゆる獣人のような見た目だった。
それこそ、ただの人間だと戦闘能力では絶対にかなわないだろう
「これが護衛団の…、まあ死なれちゃ困る。お前はここでとりあえずじっとしてろ。
安心してくれ、明日からはちゃんと仕事が待ってるからよ。」
そう言うとワニ男は数人を牢屋から連れ出して、その場を去る。
連れていかれるその人たちと目が合ってしまう、その表情は絶望や悲しみではなくもはや諦め。奏太自身も時間を過ごす中でこうなってしまうのではないかと恐怖を覚える。
扉が閉まると、部屋の緊張感が少しばかり薄れたような気がした。
「へー、あんた護衛団から来たんだ。そんなエリート様が捕まっちゃうなんてね。
一体、どんなヘマをしたの?」
そういえばと、あの日のことを思い出す。結局はあの老人に上手く操作されていた。
途中から、アルマリが外で待って奏太が一人で対処することも多くあの状況でたすけにいけるのは奏太だけしかいないと、そう思わされていた。
「多分、この施設に関係している人に騙されちゃって。気づいたらここに居ました。」
「ふふっ、かっこ悪いね。」
かっこ悪い、その通りだと思ってため息をつく。実際こうしてまた、ミスをしてアルマリやトニエに迷惑をかける結果となってしまった。
静寂が少し流れてから、漏れるような笑い声が聞こえてきた。
「冗談だよ、そんなに落ち込まないで。奴らはかなり慎重な性格でね。
ここに連れてこられるのは、抵抗することのできない戦闘に向かない能力者や、そもそも能力を所持していないと分かっている人たちなんだ。」
なるほど、護衛団の中でも能力を持たない奏太はあまりにも好都合だったわけだ。
だが、一体目的は何なのだろうか。相手は少なくとも複数人いるはずだ。
そこまでの人数がリスクを背負いながらも、行動を起こす理由は何なのだろうか?
「すみません、状況がよく分かってなくて。ここは一体どこなんでしょうか?」
「私が分かってる範囲になって申し訳ないんだけど、ここはどうやら人質を閉じ込めておく施設ってところかな?あと分かることは、全員がとある神様、って奴が原動力になっているってことくらいだね。」
「神様ですか?」
「そう、施設内を歩くたびに信仰している様子が見られるよ。隠す気すらないみたいだね。」
凄く怪しい、だが実際こんな状況まで追い込まれてしまっているのが恐ろしい。
それ以上は結局分かることも、出来ることもなくて眠りにつくしかなかった。
次の日からは、地獄の日々が始まった。
バキバキの体を強制的にたたき起こされ、働かされる。何かも分からない重い荷物を搬入させられ、無尽蔵に同じ作業を繰り返す。少しでも気を抜いたりミスをすれば簡単に暴力を振るわれ力の差を分からされる。数分に一回悲鳴が聞こえてきて、精神をやられかけた。
唯一の楽しみは牢屋に戻った後の会話くらいだった。
「こんなに地獄が待っているとは思いませんでした。もう、明日が来るのも恐ろしいです。
…あの、脱出しませんか?深夜だったらここを抜けられるかもしれません。
場所さえわかれば、護衛団でここを叩くことが出来ます。」
「そりゃ、私だって考えたよ。でも力の差は何度も思い知らされたろ?
恐怖や諦めはただでさえ低い可能性をゼロに近づける。
作戦を漏らせば待遇が少しは良くなるかもしれない、逃げることに失敗すればそれこそ死よりも恐ろしいことをされかけない。
シンプルだが、そうやって私たち弱者はどんどん首を絞められているのさ。」
声にはかなりの怒りが伝わってきていた。正直、安易な言葉選びだったと反省する。
当たり前のように誰もが、ここから逃げ出せないかと考えたはずだ。
その中で成功者はゼロだったらしい、そんな事実は確かな重圧になる。
「私はここにきてまだ1か月だ。あんたもそこくらいまで経てば多少諦めがつくかもね。」
「…はい。」
「一体何の話をしているんだあ?」
気づけば目の前にワニ男が立っていた。やばい、奏太の中の焦りは本能的に嘘をつく。
「えっと、そう最近値付けが悪くて。何か、娯楽なんかないかなと。」
ワニ男は深く考え込む。
危ない、どうやら相手の機嫌を損ねたわけではないようだ。
そして思いついたのだろう、手を叩くようなアクションを見せる。
「なら、本なんてどうだ?
時間も潰せて、勉強もできて、ついでに辛いことだって忘れることが出来る。
最高だろう?」
そうしてその場を去るワニ男。
やけに優しい対応をしてくれるな、と思うがその理由はその後すぐにわかる。
「ほらよ。」
牢屋の中に置かれた本、その本はいわゆる経典だったりそれに関する神話の本だった。
自分たちのトップにたつ者の教えを勉強させ広めようと言う単純な信仰心なのだろう。
そのまま男はその場を去る。
「ごめん、私少し声大きかったかも。」
「いや、大丈夫です。
なんだかんだ機嫌もとれたみたいですし。」
そうして、ちょっと本をめくってみる。
神話 英雄リメウスと破壊神ディジャバーン
そのタイトルを見て、すぐにその本を読み進める。その内、手はだんだんと速くなった。
ただ、寝る時間も忘れてがむしゃらにページをめくり続ける。
あまりの集中っぷりに、隣の部屋の彼女も疑問を抱いたようだ。
「おーい、急にそんな本読んでどうしたの?もしかして何か怒ってる?
え、それとも教えって奴に案外のめりこんじゃった?」
隣の壁すら貫通するほど何ページも何ページも開く。
その事実を一つ一つ噛みしめるように。
「すいません!!」
「ひゃあ! って謝るべきは私の方でしょ。
急に声出したからびっくりしちゃったよ。」
「あの、もしかしたら信用してもらえないかもしれないんですけど。
仮説が正しければ、今の状況打開できるかもしれません。」
「…その感じは嘘じゃなさそうね。わかった、聞かせて?」
そうして、奏太は話始める。力も能力も自信すらもなかった彼がもつ、唯一の特権。
そして、今の状況をひっくり返すことができる革新的な一手について。
異世界ファンタジーオタク、異世界へ行く カガワ @kagawaaa
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