第8話
「おやおや、これは懐かしい。昔の仲間たちが出てくるとは。戦闘なんて久しぶりだろうに大丈夫ですかね?」
スクリーンにはかつての暮里の仲間たち、超撃戦隊ケンゴウファイブの面々が映し出されていた。
現総理大臣になった元レッドや防衛大臣になった元ホワイトの聖菜、政府の要人となった元イエローたちが戦闘マスクとスーツを身に着け戦っている。巨大化した怪人に対して、彼らは陽動するように攻撃しては、街の中心部から離れるように移動し続けている。
そんな彼らの戦う姿の中で、ソラの目はどうしたってピンクのスーツを着た暮里の姿を追ってしまう。
いっぴき狼のようにひとりで魔坂博士を追い続けていた暮里が仲間とともに戦っている。
暮里はいま、すべての人を無条件で助けているのだ。ソラはその姿を見て嬉しさと寂しさを感じた。
本当はいつか自分が暮里にそれをわからせたかったのに、と。きっと聖菜が暮里を説得して変えたのだろうと思うと少し胸がチクリとした。
☆
ソラが祈るような面持ちでスクリーンを見つめていると四人のケンゴウファイブたち、それぞれが乗った車両が合体をして巨大なロボットに変身した。
「ケンシンキングですか。まだ整備し続けていたとは。チッ、あれが動くとなると厄介ですね……」
それまで余裕な様子でスクリーンを眺めていた博士が舌打ちをし、その表情が曇った。
やがてケンシンキングが放った一撃が巨大化した怪人を真っ二つに斬り裂いた。
親指の爪をかじりながら、戦いを眺めていた魔坂博士はいら立ちを隠そうともせず部下の一人を殴りつけた。
「クソッ。だが、次の怪人はもっと強いやつを用意してある。ソラ様、また血を分けていただきますよ」
注射器を再び手にして、魔坂博士が近づいてくる。
彼の手がソラの腕をつかもうとしたそのとき、魔坂博士は後ろへ蹴り飛ばされた。
なにが起きたのか状況を把握できないですソラの目の前にボサボサ頭にスウェット姿の暮里が舞い降りた。
そうしてすばやくソラに繋がれた拘束を解く。
なぜ暮里がここにいるのか。これは夢だろうかとソラは自分の頬をつねる。
「ほっぺなんかつねらなくても、これは現実だよ。ソラ、迎えに来た。帰るぞ」
ソラが無事だったことに安堵した暮里が微笑みかける。
「でも、だって。それじゃ、あそこで戦っていたピンクは誰なんですか?」
「あれか。あれは……ほら、ちょうどそこに映ってるぞ。アイツが正体さ」
スクリーンにピンクのスーツを着てマスクをはずしたポコミの姿とそれを抱く聖菜が映った。
「ええっ?! ポコミさんですか? だって、体の大きさがさっきと全然ちがいますよ?」
「あのスーツは特殊でな。マスクをかぶって完全に変身すると体型が変わるんだ。だから二頭身のポコミでも七頭身になれるのさ」
暮里は街を破壊する怪人を倒しに行かなかった。そしてたったひとりでソラのことを助けに来たのだ。
その事実にソラは感極まって涙をながす。
「泣くのはあとだ。さっさとここから抜け出すぞ」
二人のまわりを博士の部下たちが拳銃を手にして取り囲む。その数、七名。
暮里ひとりならばこの包囲を突破することは可能だが、ソラを守りながら逃げるのは難しい。
「おい、アンタら。ここは日本だ。銃の所持は禁止されてる。知らないのか?」
暮里は軽口をとばしながら、周りの状況を分析する。自分が侵入したときに使用した通路は男たちに塞がれている。
「久々の再会だというのにずいぶん手荒いじゃないですか。一織くん」
蹴り飛ばされた魔坂博士がメガネをかけ直しながら近づいてくる。
「魔坂。やはり生きてたんだな。会えて嬉しいよ。ようやくお前を地獄に落とせる」
「僕も一織くんに会えて嬉しいですよ。あれから体の調子はいかがですか? 君の体の中は僕の手で改造していますからね。不調があれば、腹を割いて治しますよ。君に合いそうな怪人の細胞を培養しているんです。君の内臓の感触はいまでも夢に見るくらい気に入っているんです。また触らせてくださいよ」
博士はニヤニヤと気味の悪い目つきで暮里のことを上から下まで舐めるように眺めている。
「昔と変わらず、いまも最低のクソ野郎だな。ソラにまで手をだしやがって……。お前だけはなんとしてもここで殺す」
暮里は、はっきりとした憎しみをその瞳に宿し、博士を睨みつけた。
「わかり合えないのは残念ですが仕方ありませんね。一織くんには死んでもらいます。僕には君よりもソラ様のほうが大事なのでね」
博士が部下に合図を送ると、奥の扉が重そうな音を立てて開いた。
中からズシンという音をたてながら鎖に繋がれた怪人がまっすぐに歩いてくる。細長い顔の中心にサイのような太く鋭い角が伸び、体は魚の鱗のようなもので守られキラキラと光を反射していた。その手の先はサメのヒレのようになっていて、そこに太い鋲を打たれ鎖をつけられていた。すでに体長は二メートルほどあり、いまの状態でも暴れたらかなり強そうである。
「先ほどの怪人は小さかったのでね。巨大化させたとき使用した血液も少量ですんだんですよ。残りをコイツに注入して、一織くんを一気に踏み潰してあげますよ」
「巨大化した怪人は自我も理性も失うのでしょう? なら、あなたが踏み潰される可能性だってありますよ!」
「僕を心配してくれるのですか? ソラ様は本当に優しいですね。でも安心してください。この怪人は脳を改造済みです。だからすでに自我なんてないんですよ。僕の声だけに反応し、命令を聞く忠実な下僕です」
魔坂博士は楽しそうな表情を浮かべながら、硬い鱗を避けて比較的やわらかな怪人の手に注射針を刺した。
虚ろな目をした怪人は、ソラの血を注入され始めると途端に苦しみもがきだす。そして、先ほどの怪人よりも速いスピードで巨大化していく。筋肉が盛り上がり、力を増したその腕で繋がれていた鎖は引きちぎられる。ダラダラとよだれを垂らしながら、咆哮し続けている。
怪人の頭が天井をミシミシと押し上げ、突き破る。頭上からコンクリートの破片が降りはじめると、ソラたちを取り囲んでいた男たちが慌てたように逃げ始めた。
「ハハハハハハッ! いいぞ! やはりソラ様の血液は神からの贈り物だ!」
魔坂博士は怪人を見上げながら狂ったように声を上げて笑う。
その笑い声に紛れ、遠くからソラに呼びかける声が聞こえた。
「ソラちゃあぁぁ〜んっ! 一織ちゃあぁぁんっ! 助けにきたですぅっ! どこですかぁ~!」
崩れつづける建物の隙間から巨大ロボ、ケンシンキングが飛行しながら近づいてくるのが見えた。
「よし、ポコミたちが来てくれた! ソラ、いまのうちにここから脱出するぞ!」
「はいっ!」
暮里のあとに続こうとするソラであったが魔坂博士に肩を掴まれ、そのまま後ろに引き倒された。
「行かせませんよ。ソラ様の血は一代で終わらせるべきではない。あなたには僕の子をたくさん産んでもらいます。大丈夫、僕も自らを改造して半怪人に近くなっています。だから、貴重な血が薄まることはありません」
「ふざけるなっ! そんなことは私が絶対にさせない! なんで好きでもないオッサンの子をソラが産まなきゃならないんだ!」
「……せっかく僕がソラ様にプロポーズしている最中なのに邪魔をしないでください」
眉間にシワを寄せ、害虫でも見るかのような目で睨みつける。胸ポケットからとりだした小さな通信機に向かって「この女を踏み潰せ」と命令を下した。
巨大化したままじっと立ち続けていた怪人が、博士の命令を受けたと同時に動き始めた。
足が振り下ろされるたびに地震のように揺れ、建物の崩壊はふたたびスピードを増してゆく。暮里を踏み潰そうとする足は何度も彼女の頭上をかすめる。だが暮里はそれをギリギリのところでわし続けていた。
「きゃあっ!」
魔坂博士はソラの長いミミを乱暴に掴み、無理矢理に連れ出そうとする。
「やめろ! ソラから離れろ!」
暮里はソラに手を伸ばす。だが二人の距離は開き、届かない。そして気を取られた暮里を怪人の足が雪崩のように襲いかかる。
「ぐはぁっ!」
博士の命令を忠実に実行し終えた怪人は静かに足をどけ、再び動きを止めた。
「クク。よくやった! これで邪魔者はいなくなりましたよ」
怪人の踏みつけた跡がくっきりと残る床。そこには暮里が血を吐いて倒れていた。
「そんな……。暮里さんっ!」
暮里のもとへと駆け出そうとするも魔坂博士はソラの耳を掴んだまま離さない。
「行かせないといったでしょう? さあ、ここから出ますよ。そうしたらさっそく結婚式をあげましょう」
「うぅっ……! このっ……離して!」
倒れたままピクリとも動かない暮里。ソラはとにかく彼女の元へ向かおうと必死で暴れる。
そこへようやくケンシンキングが到着した。怪人の前に降り立つと、すぐさま居合のポーズをとった。
「ここにも巨大化した怪人がいるですぅ! サクッと倒してやるですぅ! スーパーイチゲキハリケーンストラッシュですぅ〜!」
ケンシンキングがすばやく刀を抜く。刀から発せられた五色の光が怪人の体を通り抜けるとやがて爆散した。
「やったですぅ、大勝利ですぅ!」
「ポコミ〜ッ! 勝手に技をだすなよっ! 必殺技のかけ声は、リーダーであるオレがまず「スーパーイチゲキ」まで叫んで、それから全員そろって後半部分をいうんだっ!」
「レッドはいちいちゴチャゴチャうるさいですぅ。そんな細かいこと気にしすぎてると支持率が落ちたときメンタル持たないですよぉ~」
「なっ……! 支持率の話題をだすなよっ!」
「ポコミちゃん。レッドね、いまちょうど支持率が落ちてて気にしてるの。そっとしておいてあげてね」
「わかったですぅ。まあ、そんなことはどうでもいいとして、はやくソラちゃんと一織ちゃんを探すですぅ!」
天井に穴は開いているものの、建物の中にいるせいで、ケンシンキングからはソラたちの場所が見えないようであった。すぐそばにいるのに、という歯がゆい思いでソラは彼らを見上げる。
あまりにも簡単に怪人が倒されたことに博士は腹を立てた。
「ふざけたやつらめ……! 神に逆らうというのか! とにかくここを出て態勢を立て直しますよ。はやくきなさい」
怪人が爆散したときに起こった衝撃波によって、暮里は転がり仰向けになっていた。かすかに胸が上下するのが見えて、まだ生きていることを確認できた。
「待って……! お願いです。博士についていきます。だから暮里さんもこの場所から避難させてください」
「あんな死に損ないを助けるなど無意味です」
暮里の手がかすかに持ち上がる。そうしてスウェットのポケットから千歳飴をとりだすと口に咥えるのが見えた。
「……それじゃ、最後にせめてひと言だけ話をさせてください。お願いしますっ」
「フッ。わかりました。僕は心の広い男ですからね。かわいい花嫁の頼みをきいてさしあげますよ」
掴まれていた耳を離され、ソラは暮里のもとへ走った。
血で汚れた顔。踏み潰されボロボロになった体。息も絶え絶えな様子の暮里を見るとソラは泣きそうになる。
「……形見だ」
暮里はかすれる声でそう呟いた。そして弱々しく震える手で咥えていた千歳飴をソラに渡した。
ソラがその千歳飴を口にすると、それは甘く、そして暮里の血の味がした。
「さあ、そろそろ行きますよ。はやく出ないと僕らも建物の下敷きになってしまいます」
ソラに向かって手を差し出す魔坂博士。その手を掴み、隣に並ぶとソラは博士に笑顔を向けた。
「おや、ご機嫌になりましたね。サヨナラはちゃんとできましたか?」
「いまからしますよ。……さようなら、魔坂博士」
暮里の唾液で固く武器化した千歳飴。武器化できることを知らない魔坂博士のこめかみにソラはおもいきり突き刺した。
「ガアァッ……! そんな、ば、かな……」
博士の目は見開かれ、信じられないというような顔でソラを凝視する。体がグラリと揺れるとそのまま地面に崩れ落ちた。
☆
博士の死を見届けて、満足したように暮里は微笑んだ。
「ありがとう、ソラ……」
「暮里さんっ! すぐ助けがきます! だから頑張って!」
「いや……。このまま、逝かせてくれ……。弟に魔坂を倒したぞって……、直接いいたいんだ……」
「そんなのダメですっ! 弟さんだって、絶対に許さないと思います!」
押しつけだろうが、望まなかろうが、助けると決めた。
崩壊する建物の破片が雨のように二人に降り注ぐ。
ソラは自身を巨大化させると、暮里を手のひらにそっと包みこんだ。
☆
五年後。
現在、この星には地球人と、数十年前に地球侵略のため宇宙から襲来してきた怪人と、そして二年前に新たに襲来してきたヤバドックと呼ばれる組織の怪人たちが生息している。
新たな組織の怪人たちとの戦いのため、地球防衛軍は再び戦隊を編成した。
☆
「あっ、一織さん、見て! ソラさん、映ってる! がんばれ〜!」
「防衛大臣が昼間からこんなとこでテレビなんか見てていいのか? いま怪人と戦隊が戦ってる最中だぞ?」
暮里の事務所で聖菜はお茶を飲みながら、のんびりとテレビを見ている。
「いいの、いいの。だって、いまの戦隊の子たち、みんな優秀なんだもの。とくにソラさんは大活躍よね。スピードも技のキレも最高だし、なによりかわいいし、またファンが増えちゃいそうね〜」
ソラはいま新たな戦隊メンバーとして日々、戦い続けている。
発足当初は半怪人ということもあり、心ないバッシングを受けることもあったが、怪人たちの攻撃から人々を必死で守り、仲間を助け、ひたむきに努力しつづけた。その姿はやがて人々の意識を変えて、いまでは彼女を蔑むものはいない。
「そんなに活躍しているか? まあ、たしかに昔よりは強くなったかもな」
「ホント素直じゃないんだから。ソラさんが活躍して嬉しいくせに」
「一織ちゃん、口ではこんなこといってますけど、ソラちゃんが新聞や雑誌に出てると全部スクラップにして保存してるんですぅ」
「なっ……! し、してないぞ! 変なこというなっ」
ポコミと聖菜は顔を見合わせるとおかしそうに吹き出した。
暮里はバツがわるそうに頬杖をつきながらテレビを見る。
画面の中ではソラが仲間たちと協力して必殺技を決めた。
ピンク色のマスクの中では屈託のない笑顔を浮かべているだろう。
「そろそろ仕事にでかけるよ。防衛大臣さま直々のご依頼だからな。はやく片付けないと」
「ありがとう。戦隊と防衛軍だけじゃ、どうしてもゲスミルのはぐれ怪人まで手が回らなくて……」
「かまわないさ。それで少しでもあいつの負担が減るなら」
暮里は今日もまた街を駆ける。いまは別々の場所で戦う、かけがえのない仲間のために。
怪人むすめと戦隊ピンク はんぺんた @hanpenta
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