第7話


 翌日、ソラが女性に連れられてきたのは山奥にある小さな村だった。

 三時間ほど車に揺られて、ようやく辿り着いたその村は昔なつかしいようなのどかな田舎の農村といった風情であった。砂利道を女性のあとについて歩きながら、辺りを見渡す。

 村の中心に川が流れ、古い民家がポツポツと建っていた。まわりを取り囲む山々には段々畑が作られている。都会の町並みとはちがう自然豊かな景色にソラは心が洗われるようであった。

 その景色の中でひとつ、この場所にそぐわない近代的な建物を見つけた。白い正方形のその建物には窓がなく、看板もみられない。なんのための施設なのかソラにはまったくわからなかった。ただ、この村の中では異質だということは感じられた。


「あの建物はなんですか?」

「ちょうどこれからアタシたちが向かう場所よ。あそこに怪人が住んでいるの」


 近くで見上げるとよけいにその建物の異質さが際立って感じられた。入り口には顔認証システムがあり、その女性がカメラの前に立つと自動でドアが開いた。

 

 その建物の中に入ると、白一色のまっすぐに伸びた通路があり、奥へ進むと再び扉が見えた。なにかの映画でみたような未来的な施設の光景にソラは不安を覚え始めていた。

 女性がそばにあったタッチパネルを操作するとその扉が開く。中は小さな箱型になっていて、どうやらエレベーターのようであった。

 ソラが乗り込むと女性は下の階へ向かうボタンを押した。そうして音もなく降りていく。ランプが点灯し、到着したことを告げるとエレベーターの扉が開いた。女性が振り返り、笑顔でソラに話しかける。


「さあ、奥へどうぞ。みなさん、お待ちかねですよ」

「は、はい。お邪魔します」


 そのフロアは広々としていて地下空間だとは思えない開放感があった。まるで、宮殿のように大きな柱が並んでいて、奥には怪人の像のようなものが見えた。その手前には十数人ほどの人が整列していて、みんながソラを拍手で出迎えた。 

 想定外の歓迎に驚いたソラは足が止まる。だが女性に促され、しぶしぶ前へ進んだ。彼らは一様に白衣を着ていて、医者か科学者の集団だろうかとソラはいぶかしがらずにはいられなかった。


「ようこそ。我々一同、ソラ様のご到着を心よりお待ちしておりました」


 先頭に立っていた四十代くらいの男性が、ハリのある声を響かせて挨拶をする。代表者らしいその男性は、口元は笑っていたがメガネをかけたその奥の瞳は鋭く光っていた。眉間に深々と刻まれたシワが彼の性格を表しているようで、ソラは得体のしれない恐ろしさを感じていた。


「そ、そうですか。ありがとうございます。さっそく、暴走しそうな怪人の調査をさせていただきたいのですが……」

「ああ、その件でしたらもう我々で対処いたしました。ソラ様のお手を煩わせることはございません」

「えぇ? 対処したって……。ま、まあ、それなら良かったですけど。それじゃ用事も済んだことですし、わたしはもう帰ります」

「それはなりません。ソラ様にはこのままここで神の子として、我々を導いていただかなくては」


 彼の合図で周りにいた白衣姿の人間たちがソラを取り囲む。もちろんそこにはソラを案内してきた女性の姿もあった。

 彼らは逃げようとするソラの手足を取り押さえ、布に染み込ませた薬品を嗅がせる。ソラは意識が遠くなりながら「だからいっただろ」という暮里のあきれたような顔を思い浮かべた。



 ソラが目を覚ますと、そこは研究室のようであった。

 パソコンが立ちならび、さきほどソラを取り囲んだ面々が、カタカタと指を動かして作業している。

 ソラは椅子に座らされていたが、手足は拘束されてまったく動けなかった。


「ぐっ……! この拘束を解いてください!」


 ソラが手足を動かそうともがいていると、メガネの男が口を歪ませたように笑いながら近づいてきた。


「おはようございます、ソラ様。予定ではまだしばらく眠っていただくはずでしたが……。さすが神の子。薬品に対する抵抗力が強い」

「神の子ってなんなんですか?! わたしはそんなものになりたくない!」

「ククク。あなたは真に神の子ですよ。いまからそれを証明してさしあげます」


 メガネの男は胸元のポケットから注射器を取り出した。その太い針を目にしたソラは、恐怖からよりいっそう激しく拘束を解こうと必死にあがく。だが、男はソラの腕を強く抑えるとすばやく注射針を突き刺した。


「うわぁぁぁぁっ!」

「ソラ様、落ち着いてください。もう終わりましたよ」


 メガネの男はそういうとソラから離れて、手に持つ注射器をかかげて魅入られたように確認している。

 その注射器の中はソラから奪い取った血液で満たされていた。


「半怪人であるソラ様の血液は、汚らわしい地球人と違って綺麗なスカイブルーなのですね。純粋な怪人のものより美しい……」

「勝手にわたしの血を奪うなんて……! いったいなにをする気ですか!」

「慌てないでください。すぐにわかりますよ」


 スッとメガネの男が左手を上げる。すると奥の方からガラガラという音をたて台車に乗せられたモノが運ばれてきた。

 運んできた男たちがソラに対して深々と頭を下げて戻っていく。

 台車に乗せられたそれは小さな檻であった。大きさはテニスボールくらいだろうか。その檻の中には小さなネズミのような生き物が閉じ込められていた。体を折り曲げて座り、少し動くたびに体がぶつかって小さな檻はギチギチと音を立てた。

 

「とても小さくてネズミのようですが、これでも立派な怪人なのですよ。これまではなんの役にも立たない最下層の怪人でしたがね。よくご覧ください。これからソラ様が神の子であるということを証明しますよ」


 ネズミのような怪人は恐怖に顔を歪ませてガタガタと震えている。


 メガネの男は檻の隙間からソラの血が入った注射器を小さな怪人に近づけていく。そうして子どもが新しいオモチャで遊ぶときのような、本当に楽しそうな眼をして怪人の体に針を突き刺した。

 窮屈な檻の中で逃げることもできずに、怪人はソラの血を注入され、恐ろしいほど大きな悲鳴を上げた。


「お願いだからもうやめて! その怪人にこれ以上ひどいことをしないで!」


 メガネの男はソラが必死に懇願するのを恍惚とした表情で見つめる。


「ひどいことではありませんよ。この怪人にとっても、僕たちにとってもこれは素晴らしい世界を実現させるための第一歩なのです」

「素晴らしい世界って?! あなたはなにをいっているんですか?!」

「この世界は愚かな地球人のせいで醜く汚れきっています。地球人はなにかにつけて優劣をつけて差別する。貧富による差別、人種による差別、ソラ様も半怪人であるというだけで差別されてきたでしょう?」

「それは……たしかにそうだったけど」

「僕も思想がおかしいと差別され、排除されそうになった過去があるのですよ。だから思ったのです。差別などない平等な世界をすべての人に与えようと。ほら、もうすぐそれが叶います」


 ガキンとなにかが壊れる音がした。

メガネの男が狂ったように笑い続ける。

 さきほどまで閉じ込められていた怪人が檻を突き破り、咆哮を上げた。

みるみるうちに怪人の体が大きく膨れ上がっていく。メリメリと音をたて筋肉が盛り上がり、血管が浮き出て脈打つのがはっきりと見える。


「な、なにが起こったの?!」

「やはりあなたは神の子だ。ソラ様の血が起こした奇跡ですよ。あなたの父上の血筋はとても特殊です。あなた方の血族は自身を巨大化させる能力があるのですよ」

「わたしの父の血筋が? そんなの知りません! なのになぜそんなことをあなたが知っているんですか!」

「僕がむかし、あなたの父上を解剖したことがあるからですよ」

「なっ、そんなの嘘です! 父は地球防衛軍に捕まったのに、どうしてあなたが?」

「僕は地球防衛軍の科学部門に所属していました。これでも当時はそこのトップを任されていたのですよ」

「トップだったって……。それじゃあなたは、あの魔坂博士?!」


 父を解剖した、と平然という男。そしてさらに、暮里を苦しめた元凶がこの男だったという事実にソラは驚愕せずにはいられない。


「おや、僕のことをご存知でしたか。あなたの父上の血は素晴らしかった。しかし残念ながら彼は僕の思想を理解せずに研究途中だというのに自害してしまった」

「……あなたのせいで、父が?」

「僕のせいではありません。僕を理解しない彼が愚かだったのです。でも喜んでください。彼のおかげであなたの血族の能力が解明できました。その血をほかの怪人に注入して巨大化させることができるとわかりました。ただし、あなたの血族でないものが巨大化すると自我は残りませんがね。どうにか僕らがコントロールできる状態で巨大化させる方法を見つけましたが、あなたの父上の血が足りないために十分な実験ができずにいました」


 研究の話になると博士の言葉は饒舌さを増していく。その話の中身はソラにとって、とても平常心で聞けるようなものではなかった。

 優しかった父は、この悪魔のような男の手によって実験体としてひどい扱いを受け、そして博士の研究を完成させないために自ら命を絶ったのだ。

 父の笑顔と抱きしめてくれた温もりを思い出し、ソラは涙があふれるのを止められなかった。


「どうしました? 急に泣いたりして。ほら、もうすぐ地球人たちに平等な世界を与えるための最高のショーが始まりますよ。楽しみましょう」


 魔坂博士と会話をする間もどんどんと怪人は大きくなり続け、あとわずかで天井に頭がぶつかりそうだった。


「ワープゲート展開。転送を開始しろ」


 博士が部下に向かって命令すると、天井近くの空間が裂け、大きな穴が開いた。怪人の頭は天井にぶつかることなく、その穴の中へと吸い込まれるようにして消えていった。


「前方のスクリーンをご覧ください。あの怪人をソラ様が住んでいた街へ転送しました。あなたを蔑んだものたちを蹂躪してやりましょう。新たな秩序の世界にふさわしくないものは、すべて排除します」


 大きなスクリーンには先ほどの怪人がさらに巨大化し、街に降り立つ姿が映し出されていた。

 そうして苦しそうに呻きながら、手を振り回してビルを破壊してしまう。


「街を破壊しないで! あの怪人を元の大きさに戻してください!」

「それはまだ不可能です。あなたの血族は大きさを自在にコントロールできるようですがね」

「そんな……」

「クク、怪人はまだまだたくさんいます。これからどんどんあなたの血を分けて巨大化した怪人を世界中に送り込みましょう」


 自分のせいで罪もない怪人が巨大化させられ、さらに街を破壊し、人々を傷つけている。

 スクリーンの映像は音が切られていたが、それでもソラには人々の泣き声や怒号が聞こえてくるように感じられた。

 これからも、ほかの怪人が次々と巨大化し、すべてを破壊するのだと考えるとソラは震えが止まらない。絶望に包まれ、父のように自分は死んだほうがいいのではないかと考えてしまう。

 暮里が止めるのを聞かずにここまできた自分の愚かさに腹が立ち、泣きたくなった。

 あの街を破壊している怪人をせめて苦しまないよう、暮里の力でひとおもいに倒して救ってくれるといい。

 だけど、そんな他人任せな考えは暮里に笑われそうだとも思った。そんな甘ったれた考えをもつようでは暮里の隣に並ぶのはふさわしくないと。

 やはり自分でどうにかするしかないのだとソラは静かに闘志を燃やし始めた。



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