第6話


 ソラが初めて怪人との戦いに参加してから一ヶ月がたった。

 あれ以来、街にはぐれ怪人が出現することもなく日々は平和に過ぎていた。

 今日はポコミのたっての希望により、一緒に買い物に出ることになった。ポコミはぬいぐるみのふりをして、ソラに抱っこされた状態で久々の外出を楽しんでいた。

 地球人との間に産まれる、ソラのような半怪人の姿は町中でも見かけることがあるが、さすがに純粋な怪人はこんな都会で見ることはない。

 周りに気づかれないように、ソラとポコミは小声で会話をしながら歩いている。 

 

「ポコミさん、そこです。この前、岩みたいな怪人と戦った場所は。倒した怪人はあの後どうなったんだろう」


 もう解体工事は終わったようで、その場所はきれいな更地になっていた。


「地球防衛軍が回収したはずですぅ。その前の一つ目の怪人も回収して、なぜ凶暴化したのか調査してると思うですぅ」

「どちらの怪人も、もともとはおとなしい性格の怪人だったんですよね。しかも、住処は山奥や鉱山で、こんな町中にいるはずがないって」

「そうですぅ。なにか作為的なものを感じちゃいますねぇ」

「だれかが仕組んでるんでしょうか。でもいったいなんのために……」

「いまは情報が少なすぎて、考えてもわからないですぅ。とりあえずはこのお出かけをエンジョイするのが最重要課題ですぅ。あっ、あの店のクレープ食べたいですぅ! ソラちゃん、突撃ですぅ!」


 お目当てのクレープ屋には数人が並んで待っていた。さっそく二人は列に並び、店先に掲げてあるメニューを見上げる。


「私、チョコバナナクレープにします」

「ソラちゃん、決断が早すぎですぅ。どれも美味しそうで迷うですぅ。スペシャルプリンアラモードクレープかシンプルにシュガーバターも美味しそうですぅっ。でもこっちの期間限定の練乳たっぷりいちご大福クレープも食べ……フガッ!」


 だんだんとヒートアップするポコミの声を手で塞ぐ。前に並ぶ人が不思議そうにソラを振り返るが、鼻歌をうたってごまかした。

 ちょうどそのとき、ソラの耳に悲鳴が聞こえた。助けを求める女性の声は切実なものであった。耳を澄まして声の発生源を探る。どうやら解体工事現場のあった近くの路地裏から聞こえているようだ。


「ポコミさん、あっちの方から悲鳴が聞こえました。またはぐれ怪人が出たのかもしれません。行ってみましょう」

「もし本当にはぐれ怪人が暴走しているのなら危険ですぅ! 一織ちゃんに連絡するから待つですぅ! 防衛軍も出動するだろうし、ソラちゃんは退避するですぅ!」 

「でも、違うかもしれません。だけどとにかく困ってる人がいることはたしかなんです! 暮里さんが救えない人々を助けたいんです。そして、いつか暮里さんに認められるくらいの存在になりたいんです!」


 ポコミの静止を振り切って、ソラは駆け出した。

 その路地裏は小さな飲み屋が立ち並んでいた。昼間は店が閉まり、人通りもなく閑散としていた。ソラは周りを見渡しながら、かつて働いていた店のこと、それから母のことを思い出した。

 角を曲がると、ひとりの女性を三人の男たちが取り囲んでいるのが見えた。

「金をよこせ」と恫喝する男たちに対して、五十代くらいのおとなしそうな女性が震える声で「やめてください」と声を上げている。

 ソラが聞いた助けを求める声の主は、その女性で間違いなかった。


「その人から離れて! 警察を呼びますよ!」


 ソラが叫ぶと皆がいっせいに振り向いた。


「なんだぁ、このガキは。お前、半怪人か? 半怪人のくせに人間さまに向かって生意気なこといってんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ!」


 半怪人に対する侮蔑の言葉にソラは一瞬たじろぐ。

 いまの事務所で働きはじめてから、自分が半怪人であることへの劣等感は薄まっていた。暮里をはじめとしてポコミや聖菜たちは半怪人のソラを特別視しなかった。男たちに蔑まれて、そのことに気づく。


「半怪人とか地球人とか関係ありません!」

「関係おおアリだ、ガキ。人間さまに危害しかくわえない怪人の血が流れてるお前はこの世界のゴミなんだよ。ゴミが人間さまに楯突くんじゃねぇ!」


 男たちがソラを睨みつける。ひときわ体の大きな男がひとりこちらに向かってくる。

 

「ポ、ポコミさん! どうしましょう?!」

「あんなクソゴミヤロウ共は許せないですぅ! 普通の地球人くらいなら、あたしたちで倒せるですぅ! ヤッちまうですぅ!」

「でも、いったいどうやって倒すんですかっ?」

「これを使うですぅ。この銃をぶっ放せばアイツらなんてひとたまりもないですぅ! カラッポの頭に風穴を開けてやるですぅ!」


 どこから取り出したのか、ポコミは小さな銃を持って、近づいてくる男に照準を合わせている。


「ま、待って、ポコミさん! いくらなんでも本当に殺ってしまうのはダメですってば!」

「ソラちゃんは優しいですねぇ……。仕方ないですぅ。それなら、こっちの道具を使うですぅ。この特殊なボールを投げてぶつけると、中に閉じ込めてアイツらをゲットすることができるですぅ」

「なんかそれ、有名なゲームに出てくる道具のパクリじゃないですか?!」

「パクリじゃないですぅ! オマージュですぅ! なんならあたしもモンスターとして参加したいくらい大好きなゲームですよぉ?! 変なこというのやめてほしいですぅ!」

「す、すみません……!」


 機嫌を損ねてしまったことを謝るとポコミはプゥっと頬を膨らませながらもボールをソラに手渡した。


「なにひとりでゴチャゴチャいってやがる! 俺たちがこわくて頭がおかしくなったか? ヒャハハハッ」

「こわくなんかない! これでもくらえっ!」


 振りかぶったソラが男に向かっておもいっきりボールを投げた。きれいな弧を描いて、ボールはポンと命中する。


「ああん? そんなヘナチョコな球を当てても痛くもかゆくもな……がはっ! なんだ! 体がっ、ひっぱられ……うおぉぉぉぉっっ」


 男の絶叫が聞こえなくなると、あとにはソラの投げたボールだけが残っている。


「おいっ! ボスがボールに吸いこまれちまったぞ!」

「こいつヤバイよ、アニキ! 逃げよう!」


 残った二人はボールに閉じ込められた男を置いて一目散に逃げていく。

 ソラとポコミはあきれ顔でその様子を眺めていた。


「仲間を置いて行っちゃいましたね」

「あの二人も捕まえたかったのに残念ですぅ。とりあえずゲットしたコイツは一織ちゃんから警察に引き渡してもらうですぅ」


 ソラがボールを回収すると、男たちに絡まれていた女性が申し訳なさそうに何度も頭を下げてくる。


「本当にありがとうございました」

「いえ、ご無事でよかったです。それじゃ……」

「あっ、待ってください。あの、先日この近くで怪人と戦っていたのはあなたよね?」

「えっ? なんでそれを知ってるんですか?!」

「驚かせてごめんなさい。じつはこの前、偶然あの場所を通りかかって。中からすごい音がしたので、こっそり覗いたらあなたたちを見てしまったの。あんな大きな怪人をたった二人で倒すなんて本当にすごいわ」

「そうだったんですか。はい、あの場所にいたのはわたしです」

「やっぱり! 会えてうれしいわ! ずっとあなたを探していたの。今日もあなたに会えないか、あの解体現場あたりをウロウロしてたらさっきの男たちに絡まれてしまったの」


 女性は嬉しそうに目を輝かせながらソラの手を握ってくる。


「わたしを探してたんですか?! どうして?」

「じつは、アタシが住んでいる村には怪人が共生しているの。だけど少し前から性格が凶暴になっている感じがして……。だからあなたたちにその怪人を見てもらって、危険だと思ったら倒してほしいの」


 


「胡散臭いな。関わるのはやめておいたほうがいい」


 昼間の女性との話を暮里に説明するが、まったく取り合ってくれなかった。ポコミも暮里と同意見なようで、うなずきながら千歳飴を作っていた。しかし、ソラはなおも食い下がる。


「でも、おとなしいはぐれ怪人が二度も凶暴化してるんですよ? その怪人もそうなるかもしれません。それに、そんな村なら保険に入りたがる人もたくさんいるかもしれないし」

「あまりにもできすぎている。そんな怪人と共生する村の住人が、たまたま通りかかった場所で私たちが怪人と戦うのを見て、また再び出会うなんて。それになにより、村で人間と共生する怪人がいるなんて情報は私のところに入ってきていない」


 暮里はポコミのすきをついて千歳飴をつくる材料の練乳チューブを口に咥える。ポコミに怒られながらも練乳を吸いつつソファに座る。その女性の話はここまでといわんばかりにテレビをつけて眺めている。


「だから見捨てるっていうんですか? わたしは行きます。もともと暮里さんが助けない人々を救いたくてこの事務所で働きはじめましたし」

「ひとりで行くのは危険だ。やめろ」

「本当に怪人がいるか見て確かめるだけです。もしもいたら、そのときはちゃんと暮里さんも動いてくださいね」


 暮里は大きなため息を吐くと「勝手にしろ」といって部屋を出ていく。生意気なことをいって怒らせたかもしれない。だけど助けを求める人の声を無視することなど、ソラはしたくなかった。



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