第15話 最悪の知らせ

「エリナ・ノワードですね」


 昨日は色々とあって疲れているにもかかわらず、今度は王城の方に来客が来ているらしく、出向くとアガスティア王国の騎士団長が謁見の間にお見えになられていました。


「あの……王女様これは一体?」


「はぁ、この方々は貴女を引き取りに来たと言っているのですよ」


 王女様の顔が嫌悪にゆがんでいました。膝を付いて頭を垂らしてはいますが、私は王国から確かに追放を受け、さらには誓約書にまでサインしたはずです。


 それなのに何の説明もなく、あたかも私が亡命した風にさせられた挙げ句、引き取りに来たというのは納得のできる内容ではありません。


「お引き取りください。彼女は帝国の公爵令嬢であり、王国側に戻る権利はないと思いますよ」


 彼らと話し合っているのは正装に身を包んだニコラ様だった。こういう時だけ女装させられないのだなと思いつつも、声色に怒りがこもっていて少し怖い。


「彼女の爵位は消失されておりません。これはローベル殿下だけではなくサンテール国王様からの直々の招集でございます故、一刻も早くエリナ・ノワードをこちらに引き渡しください」


「くどい! お前達は彼女に謂われようのない罪を着させたのだぞ! それなのにエリナを返せというのは筋が違うのではないか!?」


「ニコラ殿下。貴方なのお言葉は最もですが、彼女はローベル殿下の婚約者であられます」


「違います! 私はローベル殿下の婚約者ではありません! 誕生日会の時に私は直接殿下から婚約破棄を言い渡されたんですよ!」


 私はニコラ様の元に駆け寄り王国の騎士団長に怒鳴った。


 私の屋敷には正式な書類がありますし、そもそもローベル殿下にはミレーヌが婚約者としているはず。


 それを分かっていながらで、このような発言は失礼極まりないです。


「おかしいですね。我々は“愛する婚約者が帝国に連れ去られたと聞いております。現に彼女は帝国にいらっしゃるではありませんか」


「さっきから聞いていればおかしなことを言いますね。大方、ミレーヌが聖女としての責務を全うしておらず、さらにはディーバやミレス薬師などが王国を撤退したのを焦っているだけでは?」


 王女様の指摘に騎士団長は沈黙で返す。


 あれこれ難癖を付けてきたあちら側が図星なのか、急に黙りを決めてきたのです。つまり、王女様の言うとおり私を連れ戻したい理由は、王国側に不足な事態が起きたので対処に当たらせようと迎えに来たのですね……。


「いい加減にしろ! “エリナ”はお前達の道具ではない! そもそも一国の王子がそう易々と発言を訂正して許される訳がないだろ!」


「それは、ローベル殿下も承知の上です。しかし、彼女には王国を追放された証拠がございません。つまり、ここにいるのは旅行と思われますが?」


「へぇ、こいつ等に何か期待していたのかしら?」


「ミシェル!? それにその方達は?」


「こいつら、エリナの屋敷に忍び込もうとしていた奴らよ。私がたまたま起きたから対処しただけよ」


 謁見の間に現れたのは、数人の騎士とみられる男達を縛り上げたミシェルでした。


 騎士団長は唇を噛みしめ、大きなあくびをする彼女をにらみつけていました。


「王国の騎士団長よ。帝国の公爵令嬢の屋敷に忍び込もうとはどういう訳か説明してもらおうか?」


「いえ、彼らは私どもとは何の関係もございません」


「しらばっくれるな!」


「本当でございます。それに、今回はこちらに正式な書類がございます。エリナ・ノワード様のお父上、アベル・ノワード様のサインもござい――」


「私が何にサインをしたのかな?」


 懐かしい声が後ろからした。振り返ると皇帝の横に佇んでいるのは私のお父様だった。


「お父様!?」


「なッ――」


「やれやれ、色々とやることが多くて大変だったが、娘の危機と聞いて仕事はオリバーに任せてきてしまったが問題ないだろう。それで、私は何にサインをしたのかな?」


 お父様が本当に帝国へいらっしゃっていたのも驚きですが、オリバーさんまでこの国に来ているなんて思いもしませんでした。しかし、お父様の登場も彼らのシナリオになかったのか、今度こそ追い詰められわなわなと身体を震わせていました。


「どうした? 私に見られたらまずいものがあるのか?」


「いえ、どうやら手違いです。アベル様のサインされた書類ではありません――」


「なるほど。偽書ですか。これは帝国側への宣戦布告とみてもいいですか? アベル公爵、これをお読み下さい」


 騎士団長から出そうとした書類をふんだくったニコラ様が、一読しては怒りをあらわにしてその書類をお父様に渡しました。


 騎士団長は血相を変えてあれこれ言い訳を言われていますが、書類を読み終えたお父様が紙を破き始めた途端、騎士団長の元まで近寄りその胸ぐらを掴んだのです。


「貴様等! 我々を馬鹿にしすぎではないか!? これに関しては皇帝陛下とと王女様に報告後、王国側に抗議を申しつける。よろしいでしょうか、両陛下」


「構わん。私もアイラも同じ意見だ。王国の騎士よ。即刻帰り、貴様の主に伝えよ。我々に宣戦布告を申しつけたとな!」


 皇帝は玉座から立ち上がりそう言い放った。


 これには騎士団長も言い訳することができず、逃げるように謁見の間を後にしようとしたら、突如帝国の兵士が謁見の間に来られた。


「た、大変でございます!」


「どうしました?」


「あ、アガスティア王国が――魔族に占拠されたと報告がありました!」


 これには騎士団長以外にも私たちも驚きました。今まで不可侵を貫いてきた魔族が王国を侵略するとは思いもしませんでした。


「一体、どういうことなの!?」


「それが……魔王からメッセージがございまして。エリナ・ノワードを連れて来いと」


「……分かりました。私行きます」


 そう呼ばれているなら私が行かざる終えない。しかし、その決断に待ったをかけたのがニコラ様だった。


「エリナ様、どうして裏切られた祖国を助けようと? あんな酷い仕打ちを受けたのに!」


 もっともな話でした。彼の言うとおり、私が王国を救うために動くのはおかしいです。


 だけれど、あんな目に遭ったとしても、私を慕ってくれた市民の方がいる。ならばこそ、その人達を助けなければ一生後悔するだろうし、自分を許せない。


「それでもです。助けられる命を助けたい。それが、私の使命ですから」


「わかりました。母上、ボクも行きます。彼女を一人だけで行かせるわけにはいきませんから」


「ニコラ様……」


 迷いのない決断に王女様も皇帝陛下も目を伏せて指示を出した。


「これより、王国の救助に向かう! 魔族との戦闘はひさしぶりかもしれないが、彼女――命ある限り守れと軍に指示を出せ!」


「了解しました!」


「行きましょう。エリナ様!」


「ええ、行きましょう王国へ!」


 私たちは手をつなぎ謁見の間を飛び出し、魔族に占領されたというアガスティア王国へ向かうことにしました。

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王国の王子に婚約破棄された挙句に謂れようのない罪も擦り付けられ国外追放されましたが、持っていた『調律』スキルは帝国に重宝されているようです 鹿園千 @F0x74

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