第14話 解決


「ど、どうしてこうなるんですか!?」


 私は頭を抱えて腹の底から叫びました。その理由につきましては、ニニというウサギ族の問題を伺っていたら『見た方が早い!』とヴォルティスさんにオードスト島へつれてこられたのです。


「え……エリナ様? ここは帝国ですか?」


「違いますよ。ここはヴォルティスさん達が住まうオードスト島です……」


 同じようにこの地につれてこられたニコラ様が、飴をなくしてむずかってる子供を持て余しているような顔つきで辺りを見ていました。


 言葉で説明するより直接現場を見る方が良いですけど、何の前触れもなくつれていくのはおかしいと思いますけど……。


 オードスト島は、帝国や王国とは違い大自然に溢れていた。


 しかし、亜人族の地区と同じような澄み切った空気が美味しい。


 何よりすごいのは一面に広がる青く磨きたてた青銅の鏡の色をしている海が広がっている。


 名前は知ってはいましたが、実物を見るのは初めてでした。


「ようこそ! ここは我が管理する島だ! ここにいるニニの一族以外にも猫族などの獣人族が多く生息しているぞ。まあ、今回はウサギ族の里が少々問題ごとが発生しているからな。他の者には近づくなと指示を出してある」


「はぁ、なるほど……」


「うむ! それではニニよ、里に案内をせよ!」


「分かりました! それでは皆様、どうぞこちらへ」


 私とニコラ様は互いに見合い頷きました。


 帝国に戻るにしても、ヴォルティス様に送って頂けなければならず、ウサギ族の問題に王自らが関わった以上は解決しないと戻れないような気がします。


 先頭を軽やかに歩くニニさんを追いかけるかのように私たちも森の中を進んで行きました。


「それで、ウサギ族の里にどんな問題があるんです?」


「なんて言いますか……その私たちが育てているキャロッテがすごく調子が悪くなって、このままだと実らない可能性がでてきたんです」


「キャロッテが育たないと私の調律がどう関係するのでしょうか?」


「簡単に言えば、お前の力なら改善ができるのではないかと提案したのだ。その力を人の身が持つとは我でも驚きだけどな」


「ヴォルティス様! エリナ様の加護についてご存じなのですか!?」


 私より先にニコラ様が食いついた。


 まさか、ずっと捜していた手がかりがすぐ傍で見つかるなんて思いもしなかった。


 すごい食いつきようにヴォルティスさんは目を見開くも、何かを悟ったのか優しく微笑んだ。


「何、お前達はそのうち知ることになるだろう。“あやつ”から説明されるまでおあずけだ。ただ、我が言えるのはその力は本来人が持つべきものではないとだけだ」


「人が持つべきではないもの?」


「そうだ。それに今件に関しては『調律』でなければ解決できん。王国やそこの王子の母親では解決は難しいだろうからな」


 ヴォルティスさんははっきりとそう言われた。


 これ以上、詮索は無理と感じつつも“人が持つべきものではない”という言葉が不安でしありませんでした。


それにウサギ里の問題は『聖女』では解決できないという事柄なら、この力の正体は一体なんなのか気になってしょうがないです。


 しばらく茂みを抜けると開けた場所へたどり着きました。


 そこには集落がありますが、森とは違い空気は淀んでいるどころか、背筋に寒気が走るような入ってはいけない雰囲気に包まれていました。


「これは一体……」


「ヴォルティス様……これってまさか」


「ふむ。帝国の王子よ。お前の考えている通りだ」


「どういうことですか?」


「エリナ様、この場所は瘴気に汚染されています。ウサギ族の人はこの場所から避難しているんですか?」


 ニコラ様の質問にヴォルティスさんやニニさんがうなずきました。


 私は聞き慣れない単語の説明をすると、色々と“瘴気”について教えてくれました。


「瘴気とはそもそも、魔力が何かの原因で害を持つようになったと言われています。詳しい原因は分かっていませんが、各地で色々と発生しているらしく帝国も避難民を受け入れているところです。ただ、瘴気は環境だけではなく人にも被害を及ぼすので、それが新たな発生原因になるのではないかと心配の声があがっているのも事実なんです」


「私たちの村でも瘴気に侵された者が死ぬこともありました……」


「そんな! 何か手立てはないのですか!?」


「瘴気に関しては聖女の力でも完全に消し去ることは不可能だ。せいぜいできて、侵攻を食い止めるくらいしかできん。しかし、お前の力ならば可能性があると思われるのだ」


「私の力がですか?」


 にわかに信じられない話でした。聖女の力でも完全に消し去ることが不可能な瘴気が、世界の各地で発生しているなんて王国にいたときには耳にしていませんでした。


 それとも、お父様が私に隠していた可能性も大いにありますが、この未知の瘴気を私の力で取り除けるはずがありません。


「女神様が与えし聖女の力は強い浄化を持っているはずです。それですら侵攻を塞ぐしかできないものに、私のような力が通じるとは到底思えません」


 自分の意見をはっきりと述べました。自信がないというわけではなく、この事態を解決できると思えないのです。


 私の力は外れであり、魔力の流れを整えることしか――自分の無力さに痛感する手前で何かに気づきました。


 村に漂う魔力の色を見ると、オリバーさんの肩同じように魔力が滞ってたのです。


「ニコラ様、ニニさん、ヴォルティスさん、協力して下さい!」


 三人は揃って首をかしげていました。


 この方法が正しいかは分かりませんが、もしかしたら解決できる問題だと多少の自信があり、私は三人に協力を要請しました。


 まず、ヴォルティスさんとニニさんには魔力を込められるものを用意して貰うことにしました。


 どうやら、この島にもミシェルが言っていたように結界を張るのに使われる石があると教えて頂きました。


 それをこの村を囲むように設置してほしいのと、ニコラ様には聖剣にて最後の仕上げを行ってもらうことにしてもらいました。


「本当にこれで上手くいくの?」


「分かりません。ただ、オリバーさんと同じような感じでしたので、もしかしたらの話ですよ」


「それでも、こうやって見捨てずに解決するのはすごいと思うよ」


 ニコラ様にそう言われると少しむず痒いです。


 先ほどまでこれは自分の手には負えないと諦めていたはずが、似たようなことで解決できるのではないかと無謀にも挑戦している自分に驚きでした。


 昔は何をするにも安全と絶対を重視していたはずですが、今はこうして対応しているのを知ったら、昔の私なら絶対に文句を言うか卒倒するでしょうね。


「娘よ、準備が整ったぞ」


「分かりました! ニコラ様にもご協力お願いします!」


「任せてください!」


 私は設置して貰った石に魔文字を刻み込んでいきます。


 魔力を込めようとしたら、ヴォルティスさんから『魔文字を刻んだ方が早い』と言われたからです。


 そもそも魔文字は亜人族の文化でしか伝わっていないもので、私はドワーフさんからその技術を学び、魔力を込めて行う方法はお姉様からご教授頂きました。


 とはいってもこれが中々難しく思うように文字を書けないのが欠点です。


「ふむ、人にしては中々刻み込めているのではないか?」


 サプライと呼ばれる鉱石に魔文字を刻んでいると、やることがないヴォルティスさんが覗き込んで来て作業の様子をうかがっていました。


 正直、距離が近いのと非常にやりにくさがあり、どっか行っていてほしいと申し上げたいがそれどころではありません。


「もう少し、魔力の流れを楽にしろ。お前達は魔力を特別のようなものとして扱い過ぎだ。自分の手を動かすかのように一部と思って使え」


 身体の一部として……。


 すると、慎重に刻んでいたのが少し軽くなりました。


 まだ多少のぎこちなさはありますが、これならもう少し早く終わりそうでした。


「読み込みが良いな。流石、あいつに認められているだけあるな」


「それって、お姉様のことを言われていますか?」


「お姉様と呼んでいるお前も変だが、そう呼ばしているあいつも変のう。それはあいつの趣味か?」


「趣味と言うより『こんな可愛い妹がほしい!』と駄々をこねられたので」


「はははっ! 愉快だなそれは!」


 笑い事ではありませんが、お姉様と呼んでほしいといわれたのでそうしているだけです。


 そうじゃないとすぐ不機嫌になるし、挙げ句の果てには口すら聞いてくれなくなる困ったお人ですよ。


「エリナ様、こっちも終わりましたよ」


「ニコラ様! はい、私の方ももう少しで終わりそうです」


「しかし、これで解決するんですかね? もし解決したのならば各地の瘴気も取り払えるのでは?」


「お前の言うとおりだ。これに関しては実践してみんとならん。だが、帝国の王子よ。本当に解決ができたのならば、お前は何があろうとこの娘を守らんとならんぞ」


 どういう意味かは分かりませんが、ヴォルティスさんから息が苦しくなるほどの威圧がすごいです。


 ニコラ様は負けじと彼を見据えており、『大丈夫です。それはわかっているので』と答えられた。


「それなら良い。娘よ準備は終わったか?」


「はい、後はやるだけです」


 皆様が見守っている中、私は一呼吸置いてから加護を発動した。


 帝国に来てから色々と役立っているとはいえ、まさか聖女ですら解決できないことを本当に自分がなんとかできるのかと疑っていた。


 用意したサプライ鉱石も共鳴して光り出し、淀んでいた村が綺麗になったのです。

「成功?」


「はい! 成功ですよ! ありがとうございます!」


 ニニさんに抱きしめられた。ヴォルティスさんの方を見ると頷かれ、ニコラ様は聖剣を構えて最後の仕上げに取りかかっていた。


「女神よ……この地に祝福をもたらせ!」


 聖剣を掲げると強烈な光を放つ。それにともなって土壌は回復し、さらには枯れ果ててしまった作物も元通りになっていたのだ。


 聖剣は女神の権能を一部使うために必要であるが、基本は所有者の心でその効果が変わってしまう。


 ニコラ様がやった芸当をローベル殿下が行っても同じようにはならない。本当に加護が所有者の手によって変わるのがよく分かる。


「ふむ、無事やり遂げたな! お前達ならできると信じていたからな!」


「本当に……本当に私たちの村が治ったんですね……」


 ここまで喜んでくれたのならば、頑張った甲斐はあります。


 それにしてもとても濃厚な一日だったのか少し疲れてしまいました。


 その後は、ニニさんに別れを告げ、ヴォルティスさんに帝国へ送り届けて貰ったら、ミシェルが訪ねてきていて休む暇もなくお茶会になりました。

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