第3話
放課後と言えば部活動という価値観は薄れつつあった。
超能力を使用しない旧態依然のスポーツは誰でも親しみ易いという汎用性があるものの、厳正な競技としては超能力を完全に取り締まることが不可能な為に絶滅危惧種となっている。逆に、超能力使用を前提とした新たなスポーツは、競技者の超能力によって制限を受ける場合があり、かなり人を選ぶ。そんな時代背景の下、部活動は好き伝統として継続されているが、かつての、学生が皆んな部活動に打ち込ような時代では無くなっている。
光治郎はと言えば、複雑な超能力を持ち、尚且つ馴れ合いを良しとしない為、完全に無縁の学生生活を送って来たと言っていい。それについて、寂しいと思ったこともあるが、不思議と「部活したいなぁ」とはならなかった。部活よりも早く帰りたいと思う気持ちが強い。放課後に居残ると、友達が居ない事実をありありと感じてしまい、もっと寂しくなる。
そんな光治郎が放課後に学校に留まっている。気分は随分と落ち着かない。授業を終えて、ようやく今日が始まったと言わんばかりに、校舎に残る学生は方々で数人のグループを形成し、雑談に花を咲かせる。
散らばる学生の目に留まらないよう、回り道をしたり、一旦トイレに隠れるなどして徹底的に存在感を完全に消しながら生徒会室へ向かった。
「――で、何してるの」
先に生徒会室に来ていた二人はせっせと書類整理に勤しんでいる。ファイルに閉じられている書類を確認し、不要なら外して段ボールへ。また、段ボールに仕舞われている大量の書類を机に出して、上から順に目を通し、こちらもやはり不要であれば一番ボロボロの段ボールへ移される。
「見たら分かるだろ」
「お疲れ様です。光治郎さま。お手数ですが、お手伝いをお願いしても宜しいですか?」
生徒会室の端に並べられる棚類には上の段に行けば行くほど不要のものが片付けられている。下の方は備品などがあって取り出し易く、中段はファイルが並べられて尚更取り出し易く、上段は女子生徒が簡単に手を伸ばせる高さではない。
「この、段ボール、を、取っていただけると……」
うーん。と日向は体を伸ばしながら上方を指差す。
「あのさ。放課後に集まって、対策するんじゃなかったっけか。僕にも生徒会にも重要なことだって――」
想像以上の重量感に光治郎は伸ばした腕と少し曲げた膝を震わせながら、慎重に荷を下ろす。
腰とか肘とか、色々危なかったぞ、今。屈んだ光治郎は若干の冷や汗を浮かべ、「ふぅ」と息を吐いて荒くなった呼吸を鎮める。
「光治郎さまの仰る通りなのですけれど、実は前期からの引き継ぎ作業が進んでいなくてですね」
駆け寄って来た日向は「私ので宜しければ」とハンカチを持つ手を光治郎の額へ近付けた。
甘く見てもらっては困る。光治郎は「大丈夫」と強がって、いかにも余力があるふうに上体を起こし、軽く頭を振って汗を揮発させた。しかし、余裕でいられたのはそこまでで――。
「ありがとうございます。では、それを机の上までお願い出来ますか?」
手を合わせて可愛らしくおねだりする日向の言葉に絶望する。
「俺たちは今まで二人でやって来た。二人居ると言っても、男手は一人だからな。PCの方のデータ整理は済んでるんだが、こういう物理的なのは殆ど手付かずと言っていい。二人ともそっち方面に長けた能力を持っているわけでもないし、仕事は次から次へやってくる。良い加減、全部デジタルにしてくれると助かるんだが」
「昨今はアナログな手法が再注目されていますから。電子機器に干渉可能な超能力対策というものですね。まあ、生徒会に必要であるのかは分かりかねますけど、往々にして組織というのは世の風潮に影響され易いですし、完全なデジタル化なんて夢のまた夢でしょう」
天女のように慈悲深い日向も毒付くレベルで、彼女も流石に参っているらしい。
「折角だから、少し手伝ってくれよ。捨てるのを分けるだけだから直ぐに終わるさ」
仕方がないから生徒会の書類整理に付き合うが、光治郎に整理なんて全く出来ない。例え二年も前の予算表を掘り起こしたとしても、それが必要なのかどうかを判別することが出来ない。これは一応残しておいた方が良いか――なんて保留して置くと、後から晶か日向が廃棄用の段ボールへ躊躇なくそれを移す。結局、光治郎は書類を纏めるホッチキスやクリップを外したり、紐で縛ったり、段ボールを閉じたりして、それを生徒会室の扉の前へ積んでいただけだった。そうこうして、作業がひと段落したところで光治郎から切り出した。
「対策について、僕なりに考えてみたんだけどさ……」
今し方に印刷した書類を三センチの幅でカットする。そして、年度別の紙ラベルが付いたファイルのうち、一番古いのを今年度のものに差し替える日向が、一度作業を中断して光治郎を見る。ファイルを新しい順に棚の中段へ戻していた晶は、自分と同じ作業をする光治郎が手を動かしていたのを見て、自分も耳だけを傾けた。
「意味ないよね。放課後に残ってもさ」
「何でだよ」
「いや、さ。冷静に考えてみて、僕はいつも放課後残ってないわけじゃない? もしも僕を知る人物が居て。ここ最近、ずっと監視してるとしたらさ、放課後の学校に居るわけなくないか? 放課後になってから干渉波も感じてないし」
「それなら意味はあったな」
光治郎は「は? 聞いてた?」と訝しげな顔を晶に向ける。
「……晶の言う通りです。これで、我が校の生徒であることがほぼ確定しましたし」
「最初から部外者の線は最初から薄かったと思うけど」
「敢えて放課後に接触しないということは、不自然にならないように光治郎さまの帰宅中を狙わないようにしているか、それとも放課後に別の予定があるか、でしょう」
「改めて考えてみると、部外者ならもっとやりようがあるはずだ。鼻から汚い手で来るなら、もっと犯罪スレスレのことをしてもおかしくはないからな。その点、学校に居る間だけを狙ってコソコソやってるのはガキっぽい――ってもんだ」
片付け終えた後で、晶は代々の生徒会長が座って来ただろう一番の上座へ歩き、ストンと椅子に腰を下ろす。腕を組み、生徒会長のみに許されている事務椅子をくるくると回す。それに続いて光治郎も着席した。お昼の時と同じ席に、早くも愛着を持っている。
「何気に気になってたんだけど、晶は生徒会長じゃないよな? 日向が生徒会長なんでしょ」
「はい、そうですよ」
「――それがどうしたよ。七条が生徒会を牛耳っていることに変わりはない。それに、副会長が会長の席に座っていけない理由もない」
「構いませんよ。私は。一般の役員の座るこちらの席の方が、お茶にもお菓子にもアクセスし易いですから」
男子二人がぐうたらと伸びをする中で、日向は休まずにお茶を用意する。
「さ、それじゃあ対策を始めるぞ。協議すべきは先ず、どうやって例のソイツを特定するか、だ。お前も、干渉波を飛ばされたら一発で相手が分かるってことでもないんだろ。でなきゃとっくに特定が済んでるよな?」
「うん。干渉波は目で見えてるわけじゃないからさ。例えるなら、家庭科室からいい匂いがするけど、何を作ってるかは見てみるまで分からないみたいな。人物を特定するとなると、どうしても目で見る必要があるし、場合によっては対象に近付く必要も出てくるかもしれない。人混みの中に居られたら個人の特定は難しいよ」
「――どうぞ」
「ありがとう」
差し出された紅茶を手元に引き寄せて、少し置いておく。直ぐ飲んで火傷してしまうのは履修済みである。
「超念動でも万能ではないんですね」
「攻撃していいなら簡単だよ。干渉波を感知できるってことは、押し合ってるってことだからね」
「いっそのこと、弱い力で反撃してみるか。脅しと言うか、警告でよ。それで反応を見てだな」
「――いけません。光治郎さまを悪人にするのは私が許しません」
日向は晶の席へ、ガタンと気持ち乱雑にマグカップを置く。その表情は光治郎の位置からは見えない。
「冗談だって。しかし、そうなるとあとは……誘い出す、か?」
「どうやって? 相手も露骨なのは警戒するよ」
お盆を胸の前で抱く日向がようやく席に着く。
「……それで構わないのでは。相手が学内の生徒であるなら、私たちは警戒させるだけでも十分です」
「逆に警戒させるってこと? 例えば、僕はどうしたらいいの?」
「そうですね。矢鱈に追いかけ回してみるとかはどうでしょう」
お盆から片方の手を離し、日向は天井を指差すようにして提案する。
「校舎の中で鬼ごっこするの? 高校生にもなって嫌だよ、そんなの滅茶苦茶目立つじゃん」
「そうだな。活発な生徒が廊下を走っているだけならまだ日常の範囲内だが、この根暗が走っているとなると只事ではないふうに見える。他の生徒も動揺するかもしれん。噂が回る切っ掛けになる可能性もある」
癪だが、しかし走るのも嫌なために光治郎は黙って肯定する。
「――全てを丸く収めるには、やっぱり特定する必要がある。生徒として注意するのもそうだが、この騒動についての口止めも必要だ。出来るなら、どのくらい事態を知っているか聞きたいしな」
「そうなると、もうお手上げだよ。無理無理。僕ら授業で行動が制限されてるし、二人は精神干渉受けちゃうでしょ。……もう、一人で何とかするよ」
「何とかって?」
「さあ?」
十八時の完全下校時刻となると、時刻通りに校舎の側に一台のセダンが止まった。黒塗りで、太陽光の意匠である七本の放射を描いたフードクレストマークを付けた車は見るからに特別である。七条家のシンボルを掲げたセダンが学園の駐車場へ停車すると、他の送迎車は遠慮がちに遠くの方へ止まる。
双子が家へと戻ると、三人の使用人が彼らを出迎えた。
「晶、ちょっといいかしら」
夕食の後で日向は晶の部屋をノックした。七条家の保有するモダンなデザイン豪邸で双子に与えられる部屋はそれぞれ広々とした寝室だけであり、寝室で出来ることはデスクで勉強なり読書なりするか、プロジェクターで映画を見るかくらいであった。
デスクのノートパソコンを慣れた手付きでシャットダウンし、二度目のノックでやっと扉の前に立った晶は、先ず扉を少しだけ開けた。
「――何だよ」
「対策しましょう。中へ入れて」
有無を言わさずに扉を押し開く日向は、半歩だけ部屋の中に踏み込んで、それを晶が「おいおい、何だよ急に」と制止する。
「対策よ、対策」
「対策って何だよ。つうか、家でまで一緒に居なきゃダメなのか?」
「駄目だと言うか、私は貴方と一緒に居たいわけではないわよ。私が光治郎さまと一緒に居られるよう、貴方も協力なさい」
「何だよ、放課後のことか? だったらアイツが何とかするって言ってただろ」
晶は日向の穏やかではない勢いに気圧されながら、難儀そうに頭を掻く。
「確かに、光治郎さまなら一人で解決できるのかもしれないわ。けれど、十中八九面倒くさがって、あの人は何もしないわ。我慢するだけ。それに、私の言っている対策はそのことではなくて、光治郎さまとのことよ。私が光治郎さまとくっ付く為の対策。前に話したでしょう? 今の状態ではそのうちに、光治郎さまは私たちが煩わしくなって簡単に離れて行ってしまうに違いありません」
「……はあ。まあ分かったけど」
あまり納得できていないが、姉という強引な生き物の生態ついては晶もいくばくか精通している自信があるので、素直に従っておく。本当は晶にも色々と都合があったのだが、仕方なく予定を繰り上げることにした。
「――じゃあトレーニングしながらでもいいか?」
「ええ、もちろん。それなら後で集まりましょう」
高めの天井に等間隔に埋め込まれた間接照明の灯りが大きな窓から外へ漏れて、青い芝が広がる庭を黄色く染めた。使い道の無かったセカンドリビングを活用したトレーニングルームからは、双子の暮らす離れで一番緑が眺められる。
「そうは言うが……結局のとこ……俺たちに……出来ることは……ないッ……だろ」
チェストプレスで踏ん張りながらに晶は意見する。
「――ふう。実際、光治郎頼りだったわけだからな」
生徒会の権力を持ってしても打つ手なし。七条の超能力なんて、極めて人探しには不向きであり、双子がいくら悩んだところで妙案は浮かばない。
「――分かった。籠絡するのはどうかしら?」
トレッドミルのベルトコンベアに追い付きながら、日向は息を切らさない。
学園のアイドルたるには顔立ちも重要ではあるが、体型も同じくらいに大切である。程よく、太くなり過ぎないくらいに晶はバキバキだし、日向も出るところが出ている中、成長に合わせてしっかり身体のラインを絞っている。筋力トレーニングこそ大嫌いだが、偶のマシンを使ったランニング、自家用プールでの水泳に日課のヨガと中々ストイックに体型を維持している。腕とかを触ると細い見掛けに反して硬いのが小さな悩みだが、それでも太り易い体質なので手抜きは許されない。
「籠絡? そりゃ日向が先んじて籠絡できるなら万事解決だろうさ」
首に下げたタオルを顔に当て、浮いた汗を拭き取るので晶は投げやりになる。
「私が籠絡なんてそんな下品なこと出来るわけないでしょう? 貴方に言ってるのよ。少し考えたんだけれど、光治郎さまに付き纏うってことなら、きっと相手は女子生徒よ。女子生徒が相手なら、貴方が籠絡できるでしょう。態々天國家を、狙わなくとも――。七条だって、喉から手が出るくらいの家柄よ。むしろ、経済的な力なら、天國家よりも良いくらいだわ」
数十分のランニングの末にようやく息の上がって来た日向が、それでも矢継ぎ早に言う。話していると余裕がないだけで、少し黙って呼吸を整えればまだまだなんて事はない。
七条家は古い歴史に見るような財閥級の力を持ち、超能力者の家系の中でも抜群に財力を持っている。本来なら天國と比肩なんて出来るはずなく、両家の経済力には雲泥の差があるのだが、それを「良いくらい」と言うのが七条家の忠誠心であった。
「……また無理難題を俺に押し付ける。大体、いいのかよ。恋敵が弟とくっ付いて、ともすると七条家の一員になるんだ。お姉様なんて呼ばれるぞ」
「いいのよ。私はその頃には天國家に嫁いでいるんだから。当主のあなたがどうしても、私には関係ないわ」
「(マジかよ。普通に言ってることヤバいからな。)――まあ、それにしたって犯人見つけてからなんじゃ、やっぱり何も出来ないのには変わり無い。もう犯人探しに長けた奴を生徒会に引き入れる他にないんじゃないか?」
弟は姉を軽蔑するような目で見る。しかし、姉の方はというと自分のトレーニングに夢中で、弟なんて見向きもしない。
「……だからそれは」
「――これ以上、部外者増やしたくないんだろ。聞いたよ。覚えてる。分かってる。ただ、それこそ精神干渉できる能力者とか、あとはサイコメトリーとか。もう、その手の能力者に協力して貰わないと」
そろそろ現実的に考えて貰いたい、と晶は語気強めて反論を許さない。
「……」
「部外者でも、本当に光治郎の件とは完全無関係で、尚且つ事情を理解できる部外者ならこの際文句ないだろ。居るだろうに、都合の良いのが。同い年にさ」
「嫌よ。私、あの子」
日向は初めて晶をチラと見て、男の庇護欲求をくすぐる不安そうな顔をする。
「我儘言うなよ。他に居ないだろ。それに、七条の家から協力要請なんて形じゃなくとも、瑠偉さんになら簡単に話が通るし」
「……」
「駄々を捏ねても始まらないだろ? これも全て光治郎のためと思え」
少々重めの性格をしている日向は最終的に「光治郎のため」というのに抗えない。そのことは晶も薄々に感じ取っている。
「……仕方ないわね」
超自然的なラブコメ 未田不決 @bumau
★で称える
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