最終話 最後まで悪を貫く

 俺は手足をしばられ王城内の地下牢に投獄とうごくされた。


 牢獄の環境は劣悪だった。ちたベッドとボロボロの布切れ、それに便器代わりの桶があるだけの殺風景な場所だ。汚物なのか血なのか、黒い染みが至るところにこぶりついている。


 まだ投獄されてから数日しか経っていない。だが、陰鬱いんうつな空間と絶望しかない未来に発狂しそうだった。


 靴音が聞こえる。


 いつもの獄吏ごくりに加え、見慣れない顔が含まれていた。一瞬だけ希望がよみがえった。鉄格子てつごうしの内側から俺は呼びかける。


「君はエリンドン派の人間か?助けてくれ!」


 違った。その顔を見て俺は絶望した。


 キルゲーン子爵だった。


「……キルゲーン、何でお前がここにいる。お前はヘンキロン島にいるはずだろう?」


「国王陛下から王都オンドンに呼び戻されたんだよ。そして反乱軍鎮圧部隊司令官に任命された。処刑執行長も兼任でな。まあ、司令官といってもやることはほとんどない。お前の屋敷の兵士は戦うこともなく近衛隊に投降したぞ。執事がエリンドン家の意見を無条件降伏でまとめたそうだ」


 意外だった。執事がそんなにあっさりと降伏するとは思わなかった。俺が断罪されれば、執事も当然同罪になる。俺を奪還する手を打ってくると思ったのだが。


 とはいえ確かにエリンドン家の勝ち目は薄い。最強無敵のはずの俺は投獄されているし、反乱の象徴になるような王族も確保していない。反抗するだけ無意味という判断になるのもうなずける。


「俺の領地はどうなっている?どうせ俺は死刑になるんだ。教えてくれても構わないだろう」


「いいだろう、教えてやろう。国王直轄軍を中心にエリンドン家討伐軍が編成された。その話が伝わると領地から代官と兵団長が王都に飛んできて、無条件降伏と王家への絶対忠誠を申し出てきた。お前を奪還して反乱を起こそうなどどいう奴は一人もいない」


「……トバチランド占領軍も同じか?」


「ああ、その通り。トバチランド占領軍も無風そのものだ。お前が解任されて、トバチランド人だけでなくブタイッシュ兵まで快哉かいさいを叫んだらしいぞ。ちなみに2代目司令官と赴任したのはトルニー公爵だ。長く軍歴を重ねた方だからな。兵士たちの信頼も厚い。」


 トルニー公爵――俺はこいつの存在をこの瞬間まで完全に忘れていた。俺は以前こいつの領内にゴブリンを放った。そしてこいつは領地を半分没収されたうえに、王都から追放されていた。


 なるほど。絶妙の人事だと思った。老齢のトルニー公爵ならば兵士たちもなつく上に、トバチランドに独自の勢力圏を築いたり、占領軍を使って反乱を起こそうなどという野心を持たないだろう。


 今思えば、国王はトルニー公爵が俺の謀略に落ちたり暗殺されるのを避けるために、わざと王都から追放したのかもしれない。


 キルゲーン子爵が話を続けた。


「ああ、それと王城内のエリンドン派に期待しても無駄だ。コニウェルと司法卿が共同して、王城内のエリンドン派を片っ端から拷問にかけて洗い出し、すべて処刑した。エリンドン派は壊滅だ。もはや、お前が逆転できる可能性は万に一つも残されてはいない。観念するんだな」


「そうか……近衛隊はエリンドン派の動きをつかんでいたんだな……それにしてもコニウェルの野郎は伯爵になったのか?」


「ああそうだ。逆賊オーター・ブタイッシュを討ち、逆臣サイネル・エリンドンを捕縛ほばくして反乱を未然に防いだ。その功績により、陞爵しょうしゃくしたそうだ。」


 コニウェルを伯爵にしたのは、もちろん今回の陰謀の論功行賞だ。そしてそれと同時に、キルゲーンに暗にはっぱかけている。国王の声が聞こえるようだ。「お前も汚い仕事ができる男になれ。まずはエリンドン家の勢力を叩き潰してみせろ」という声が。


 おそらく国王はコニウェルの権勢が強まりすぎるのを恐れて、こいつを対抗馬にして相互に牽制けんせいさせようと考えているだろう。


 もっとも、こいつがどれほどそれを理解しているかは怪しいが。それにこの男ではコニウェルには到底かなわない。頭の回転の速さ、話術、演技力、宮廷の遊泳術……キルゲーンにそんなものがあるとは思えなかった。


 俺の顔に侮蔑ぶべつの色が浮かんだのだろう。キルゲーンが突如激高した。


「なんだ、その生意気な目は!貴様はもう俺の上官でも大貴族でもねえ。死刑待ちの罪人だってことを忘れるなっ!」


 キルゲーンが苛立いらだった表情で下級獄吏に言いつける。


「おい、拷問の準備をしろ!」


 俺は獄吏によって椅子にくくりつけられた。


 キルゲーンはサディスティックな表情を浮かべて言った。


「さあて、お話の時間は終わりだ。これからはお仕置きの時間だな。普通は拷問なんていうのは下っ端の刑吏が行うものだが、お前の拷問だけは俺が直接やってやるよ」


 むちが振り下ろされる。皮膚が裂け肉にめり込む感覚があった。


「ひぎゃあっ!」


 俺は悲鳴を上げた。もう1回、振り下ろされる。


「うぎわっ!」


 俺の意識が薄れかける。


 獄吏が俺の顔に水をかけた。キルゲーンが笑いながら言った。


「おいおい、まだ2回だぜ。寝るには早すぎるだろう。陛下からは『最低100回は鞭で打っておけ』って言われているからな。さあ……楽しもうぜ、長い夜を」


 心の内側に飼っている悪魔が姿を現したような、憎悪と嗜虐しぎゃく心に満ちた笑いだった。


 トバチランド戦争開戦の時、国王はなぜ性格の合わないキルゲーンを俺の副官としたのか、ずっと疑問に思っていた。今、その理由が分かった気がした。彼からこういう表情を引き出すためだ。



 ――数日経った。



 俺は臣民広場に引き出された。俺の姿はボロボロだ。顔はあざだらけで、服は破れ血がにじんでいる。刑吏に連れられて、よろよろと処刑場へ歩いていく。


 キルゲーンはわざと、囚人服ではなく貴族の服を着せたまま俺を投獄し拷問にかけた。俺が富と名声の頂点から、一瞬でみじめな罪人に失墜したことを印象付けるためだ。


 俺の姿を見つけ、見物人の中年男が声を上げた。


「逆賊だ!極悪人の死刑囚のお出ましだ!」


 周囲が喧騒けんそうに包まれる。


 処刑執行長キルゲーン子爵が声を上げる。


「これより逆賊サイネル・エリンドンの石打の刑を執行する。恨みがあるものは石を投げろ!」


 見物の群衆が俺をののしりながら、一斉に石を投げ始める。


「こいつは私たちの敬愛する王様を殺そうとした悪人よ!」


「ざまあみろ、大公だのなんのと威張りやがって!」


「俺たちの生活が苦しいのも、全部てめえのせいだっ!」


 ガキどもまで面白がって公開処刑に参加している。


「あく人はころせ!ころせー!」


 俺は黙って罵詈雑言ばりぞうごん石礫いしつぶてを浴び続けた。


 下民は簡単に手の平を返す。


 戦死した兵士の遺族やゴブリン事件の被災者が俺に石を投げつけるのはまだわかる。しかし、こいつらのほとんどは俺とは無関係だ。いや、それどころか凱旋がいせん式で俺に花束を投げ入れ、闘技場で俺に拍手と歓声を送っていた人間だ。そいつらが今、さも当然のような顔をして石を投げつけている。


 本当にこの国には上から下までクズしかいなかった。


「やめろ、やめろ!もう終わりだ!」


 キルゲーン子爵が庶民を制す。このままでは火刑の前に俺が死んでしまうと思ったのだろう。石が当たって俺の目は見えなくなったが、声だけはよく聞こえた。


 キルゲーンが芝居がかった口調で群衆に語り掛ける。


「今から火炙ひあぶりの刑を行う。逆賊サイネル・エリンドンは貴族でありながら堕落だらくした生活を続けた。多数の女性と密通し、多くの人間をあやめ、不正を働き私腹を肥やした。さらには国王陛下と臣民を裏切り、王国に対する反逆を画策した。まさに悪逆非道の大罪人である。人間のクズである。逆賊の末路はこうなるのだ。よく見ておくがよい!」


 キルゲーン子爵が下っ端の刑吏に命令した。


 俺の足元に火がくべられる。これでおしまいだ。


 最後に俺は思った。


 俺はクズの小悪党だ。だが悪を貫いてやった。悪役貴族のくせに妙にヒーローぶった行動をするやつらとは違う。この世界での俺の行動はすべて悪意に満ちていた。


「くくっ……次の転生先があるなら、もっと凶悪なおとこになってやるぜ」


 多分俺の最後の言葉は、周囲には死にかけた人間のうめき声にしか聞こえなかっただろう。


 俺の全身は炎に包まれた。







 ◆◆◆



(作者より)


「ここまで読んでいただいた方、さらにはハートをくださった方、星までくださった方、本当に、ほんっとうにありがとうございましたぁあああっ!!!」

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冷酷貴族の策謀~クズの俺が能力値MAXで異世界転生、クズレベルもMAXになったので悪逆非道の限りを尽くします 伊野部すぺく @inosupe

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