最終話 最後まで悪を貫く
俺は手足を
牢獄の環境は劣悪だった。
まだ投獄されてから数日しか経っていない。だが、
靴音が聞こえる。
いつもの
「君はエリンドン派の人間か?助けてくれ!」
違った。その顔を見て俺は絶望した。
キルゲーン子爵だった。
「……キルゲーン、何でお前がここにいる。お前はヘンキロン島にいるはずだろう?」
「国王陛下から
意外だった。執事がそんなにあっさりと降伏するとは思わなかった。俺が断罪されれば、執事も当然同罪になる。俺を奪還する手を打ってくると思ったのだが。
とはいえ確かにエリンドン家の勝ち目は薄い。最強無敵のはずの俺は投獄されているし、反乱の象徴になるような王族も確保していない。反抗するだけ無意味という判断になるのも
「俺の領地はどうなっている?どうせ俺は死刑になるんだ。教えてくれても構わないだろう」
「いいだろう、教えてやろう。国王直轄軍を中心にエリンドン家討伐軍が編成された。その話が伝わると領地から代官と兵団長が王都に飛んできて、無条件降伏と王家への絶対忠誠を申し出てきた。お前を奪還して反乱を起こそうなどどいう奴は一人もいない」
「……トバチランド占領軍も同じか?」
「ああ、その通り。トバチランド占領軍も無風そのものだ。お前が解任されて、トバチランド人だけでなくブタイッシュ兵まで
トルニー公爵――俺はこいつの存在をこの瞬間まで完全に忘れていた。俺は以前こいつの領内にゴブリンを放った。そしてこいつは領地を半分没収されたうえに、王都から追放されていた。
なるほど。絶妙の人事だと思った。老齢のトルニー公爵ならば兵士たちも
今思えば、国王はトルニー公爵が俺の謀略に落ちたり暗殺されるのを避けるために、わざと王都から追放したのかもしれない。
キルゲーン子爵が話を続けた。
「ああ、それと王城内のエリンドン派に期待しても無駄だ。コニウェル伯爵と司法卿が共同して、王城内のエリンドン派を片っ端から拷問にかけて洗い出し、すべて処刑した。エリンドン派は壊滅だ。もはや、お前が逆転できる可能性は万に一つも残されてはいない。観念するんだな」
「そうか……近衛隊はエリンドン派の動きを
「ああそうだ。逆賊オーター・ブタイッシュを討ち、逆臣サイネル・エリンドンを
コニウェルを伯爵にしたのは、もちろん今回の陰謀の論功行賞だ。そしてそれと同時に、キルゲーンに暗にはっぱかけている。国王の声が聞こえるようだ。「お前も汚い仕事ができる男になれ。まずはエリンドン家の勢力を叩き潰してみせろ」という声が。
おそらく国王はコニウェルの権勢が強まりすぎるのを恐れて、こいつを対抗馬にして相互に
もっとも、こいつがどれほどそれを理解しているかは怪しいが。それにこの男ではコニウェルには到底
俺の顔に
「なんだ、その生意気な目は!貴様はもう俺の上官でも大貴族でもねえ。死刑待ちの罪人だってことを忘れるなっ!」
キルゲーンが
「おい、拷問の準備をしろ!」
俺は獄吏によって椅子に
キルゲーンはサディスティックな表情を浮かべて言った。
「さあて、お話の時間は終わりだ。これからはお仕置きの時間だな。普通は拷問なんていうのは下っ端の刑吏が行うものだが、お前の拷問だけは俺が直接やってやるよ」
「ひぎゃあっ!」
俺は悲鳴を上げた。もう1回、振り下ろされる。
「うぎわっ!」
俺の意識が薄れかける。
獄吏が俺の顔に水をかけた。キルゲーンが笑いながら言った。
「おいおい、まだ2回だぜ。寝るには早すぎるだろう。陛下からは『最低100回は鞭で打っておけ』って言われているからな。さあ……楽しもうぜ、長い夜を」
心の内側に飼っている悪魔が姿を現したような、憎悪と
トバチランド戦争開戦の時、国王はなぜ性格の合わないキルゲーンを俺の副官としたのか、ずっと疑問に思っていた。今、その理由が分かった気がした。彼からこういう表情を引き出すためだ。
――数日経った。
俺は臣民広場に引き出された。俺の姿はボロボロだ。顔はあざだらけで、服は破れ血がにじんでいる。刑吏に連れられて、よろよろと処刑場へ歩いていく。
キルゲーンはわざと、囚人服ではなく貴族の服を着せたまま俺を投獄し拷問にかけた。俺が富と名声の頂点から、一瞬でみじめな罪人に失墜したことを印象付けるためだ。
俺の姿を見つけ、見物人の中年男が声を上げた。
「逆賊だ!極悪人の死刑囚のお出ましだ!」
周囲が
処刑執行長キルゲーン子爵が声を上げる。
「これより逆賊サイネル・エリンドンの石打の刑を執行する。恨みがあるものは石を投げろ!」
見物の群衆が俺を
「こいつは私たちの敬愛する王様を殺そうとした悪人よ!」
「ざまあみろ、大公だのなんのと威張りやがって!」
「俺たちの生活が苦しいのも、全部てめえのせいだっ!」
ガキどもまで面白がって公開処刑に参加している。
「あく人はころせ!ころせー!」
俺は黙って
下民は簡単に手の平を返す。
戦死した兵士の遺族やゴブリン事件の被災者が俺に石を投げつけるのはまだわかる。しかし、こいつらのほとんどは俺とは無関係だ。いや、それどころか
本当にこの国には上から下までクズしかいなかった。
「やめろ、やめろ!もう終わりだ!」
キルゲーン子爵が庶民を制す。このままでは火刑の前に俺が死んでしまうと思ったのだろう。石が当たって俺の目は見えなくなったが、声だけはよく聞こえた。
キルゲーンが芝居がかった口調で群衆に語り掛ける。
「今から
キルゲーン子爵が下っ端の刑吏に命令した。
俺の足元に火がくべられる。これでおしまいだ。
最後に俺は思った。
俺はクズの小悪党だ。だが悪を貫いてやった。悪役貴族のくせに妙にヒーローぶった行動をするやつらとは違う。この世界での俺の行動はすべて悪意に満ちていた。
「くくっ……次の転生先があるなら、もっと凶悪な
多分俺の最後の言葉は、周囲には死にかけた人間のうめき声にしか聞こえなかっただろう。
俺の全身は炎に包まれた。
◆◆◆
(作者より)
「ここまで読んでいただいた方、さらにはハートをくださった方、星までくださった方、本当に、ほんっとうにありがとうございましたぁあああっ!!!」
冷酷貴族の策謀~クズの俺が能力値MAXで異世界転生、クズレベルもMAXになったので悪逆非道の限りを尽くします 伊野部すぺく @inosupe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます