第31話 起死回生の一手

 俺は息を大きく吸い腹に力を込めた。


 そして――


「ゔわあぁぁあーん!びっぇえええぇぇええん!わっふあーーーーん!うっえひえっえぇぇええぇん!!」


 俺は顔をくしゃくしゃにして、大声で泣きだした。目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。さすがにこの場の全員が凍り付いた。


 俺は土下座した。額が床にめり込むほどこすり付け、涙を流しながら大声で命乞いのちごいをした。


「大変、たいっへん申し訳ございませんでしたぁあああっ!どうか、命だけは、命だけはお許しをっ!そもそも私はブタイッシュ人ではなく日本人、私が元居た世界では人権思想が普及し死刑はすべての国で廃止されているのです。あなたに私を処刑する権利はないはずっ!……いえ、罪をつぐなえというのならば奴隷や囚人の身分でも結構でございます!何卒、なにとぞ死刑だけはご勘弁かんべんをおおぁおおおぉっ!!!」


 スザーナとタビーシアのあわれみとさげすみの視線が痛々しく背中に突き刺さる。だが、もうなりふり構ってはいられない。


 さすがに今の俺でも、助命される可能性がほとんどないことくらいわかっている。多分1万分の1くらいの確率だ。だがもしかしたら国王の気まぐれで許されるかもしれない。


 奇跡的に助命が叶ったら、俺はたとえこの後何年先になろうと国王かここにいる重臣の誰かを殺すつもりだ。今度は単独犯として暗殺を実行する。たとえレベル1の奴隷になったとしても、絶対にい上がって殺してやる。


「本当に見下げ果てた奴じゃな。謀反人むほんにんが許されるわけないだろうに。それに汝の元居た世界のことなぞ朕の知ったことではないわ。お前は死刑確定じゃ!」


 俺の命乞いはあっさりと退しりぞけられた。


「……ひっく……あんまりだ。やっとこっちの世界で、ぐすん……いい思いができると思ったのに…………ひっ、ひどすぎる……」


 俺はなおも地に伏し嗚咽おえつしている。みじめな敗残者そのものだった。


 国王は興味を失ったように言った。


「もういいじゃろ。午後からの執務もある。朕らは自室に戻るとしよう。重臣たちよ、あとは適切に処置しておけ」


 国王と王妃、それにスザーナ王女が席を立った。王族専用出口の方へ歩いていく。重臣と特別衛兵の意識がその一瞬俺かられる。俺はこの瞬間を見逃さなかった。


 滑るようにして床に落ちている剣を拾い上げると、王族専用出入口をめがけて突進した。体力レベルは1のはずだが、火事場のバカ力というものだろう。重臣たちの包囲を抜けた。階段にいる特別衛兵が俺を捕まえようとするが間一髪でかわす。


「おらぁああああぁあっ!」


 俺は剣を構えて突進した。


 俺の目的はスザーナ王女だ。体力レベル1の俺でも、女であり子供、しかも非武装のスザーナ相手に背後から不意を突けば勝てるはずだ。人質にとることができるに違いない。


 俺の計画はこうだ。


 スザーナを人質にして、王城のエリンドン派の手引きでスパイ映画さながらに大脱出。なんとかエリンドン家邸宅にたどり着く。そして、かねてからの計画通り王都オンドン中でテロを起こし、混乱の中で王都を脱出する。


 俺の個人能力は最弱に成り下がったが、ブタイッシュ最大の貴族であることに変わりはない。エリンドン家領地に戻れば軍事力での勝負に切り替えることが可能だ。


 スザーナの名前を使って、奸臣かんしんである宰相と近衛隊長の討伐命令を出す。そして王都に攻め上り、どさくさにまぎれて国王も一緒に葬る。


 もちろん、屋敷がすでに近衛隊に包囲されている可能性もある。屋敷の兵士が殲滅せんめつされている可能性すらある。だが近衛隊長に出動命令を下す余裕はなかったはずだ。


 なにしろギリギリまで俺に最強ステータス保有者だと思わせておくことが国王たちの策略の肝なのだ。少しでも近衛隊に怪しい動きがあれば、俺は会議に出席せずに王都を脱出し、エリンドン大公領で挙兵していただろう。


 それにコニウェルとしても、王太子まで葬っているこの陰謀で、近衛隊だけが突出して目立つのは避けたいはずだ。ならば俺が投獄され、エリンドン家討伐の勅令が公式に出てから近衛隊を動かすと予想できる。


 つまりこの王城という死地さえ脱すれば、俺にはまだ一発大逆転の芽がある。


 俺は一縷いちるの望みを託し、スザーナ王女の背後まで迫った。


 だが――


「あぁつっいぃいーいいっ!!」


 俺は両手のあまりの熱さに剣を持っていられなくなった。剣がポトリと落ちる。スザーナの炎熱魔法が俺の両手を直撃したのだ。こいつ、振り向きもせずに正確に当てやがった。さすがの才能だ。


 俺は特別衛兵達にもみくちゃにされ、取り押さえられた。


「ふん」


 国王が俺に一瞥いちべつをくれて、謁見えっけんの間を退室した。王妃とスザーナも、王に続いて退室する。


 万事休す。俺の運命は決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る