第30話 クズの能力はまだある

 俺は王の方を向いてたずねた。


「なぜタビーシアを救出した?まさか亡国の王女に同情したとでも言うのか?」


「まあ、それもあるがの」


 ブタイッシュ国王は軽く言った。嘘だ。俺にはもうゲンゴリーがどういう人間か分かる。この男は王権の強化と王家の繁栄にしか興味のない権力亡者だ。人並みの義理人情を持ち合わせているとは思えない。


 王はひげをなでながら話を続けた。


「彼女はブタイッシュにとって利用価値があるから助けたのじゃ。トバチランドの統治の安定、そして諸外国との交渉の切り札としてな。まずは、トバチランド統治の安定。ブタイッシュの王子とタビーシアを結婚させる。憎まれ者の汝が失脚した後に、穏健派の将軍を統治者として挟む。ブタイッシュへの反抗の気配が消えたところで、王子とタビーシアを象徴的な共同統治者とする。将来的にはその子供を後継者とするつもりじゃ。もちろん統治者といっても名目だけの存在で、実権はブタイッシュの軍人や役人が掌握しょうあくしたままとなるがのう」


 確かにタビーシアの人気も落ちた。タビーシアをかついでトバチランド独立を果たそうとするやからもいない。とはいえ時が経てば、王家唯一の生き残りであるタビーシアに同情は集まる。彼女の子供を象徴として担げば、ブタイッシュの王族や軍人が直接統治するよりもやりやすいだろう。


「次に近隣諸国との交渉のためじゃな。朕としては諸国との戦争を回避したい。我が国はトバチランドだけ手に入れれば十分じゃ。それ以上の戦争はたとえ勝利したとしても、長期的に見れば国を亡ぼす元となるからのう。そこで龍王を交渉の切り札とするために、デンゼーリ神殿の封印を解くことのできる人間を確保しておきたい。もしかしたらスザーナでもできるかもしれんが、タビーシアなら確実だからのう」


「……なるほど、よくわかったよ。すべてお前のおぼしの通りだったということがな。賢い王様に支配されたブタイッシュ人はさぞかし幸福なことだろう」


「まあな。さて、話すべきことは話した。お前に対する義理は果たしたじゃろ。これでお前も心置きなくあの世に旅立てよう。……しかし、異世界人はやっぱり使い勝手がいいのう。さすがの朕も先祖代々の家臣を殺すとなれば多少心が痛む。その点異世界人なら何の罪悪感もなく使い捨てにできるからのう」


 王の言い方に、猛烈な怒りが湧き上がった。俺は口を極めてののしった


「ゲンゴリー・ブタイッシュ、てめえは人間のクズだ。貴様は腹黒くて冷酷で陰険で無責任な最低最悪のドクズ野郎だっ!……いや……お前だけじゃねえ……重臣も王女も含めてここにいる奴ら全員クズ人間だっ!!」


 国王はあきれた表情で言った。


「今更、汝は何を言っておるんじゃ。汝のステータスはどうなっている。クズレベル99となっているじゃろ。この世界ではクズであることも立派な能力。朕はそれを王家と臣民のために使って勝利し、汝は己の私利私欲のために使って破滅した。まっ、そういうことじゃ」


 国王が首をポキポキ鳴らしながら、飽きたように言った。


「もうそろそろ良いじゃろ。謀反人むほんにんサイネル・エリンドンは死刑に処する。逆賊はむち打ちの上、臣民広場に引き出して石打ちの刑、その後に火炙ひあぶりの刑とする。重臣たちはその準備をせよ。増税で臣民たちの不平不満もまっておるからのう。なるべく派手にやってやれ」


 死刑宣告だ。俺は終わりだ。


 俺は口から出まかせを言った。クズレベル99だけに嘘をつく才能だけは失われてはいなかった。


「やめろ!俺を殺すと龍王が復活するぞ!」


「なぜ汝を処刑すると龍王が復活するのじゃ?」


 国王が怪訝けげんな顔をして聞いた。俺は脂汗あぶらあせをかきながら答えた。


「……デンゼーリ神殿で俺は7本の封印の短剣をすべて引き抜いた。しかし龍王は何しろ何百年も眠っていたのだ。封印が解けたからといってすぐに暴れだすものではない。そこで俺は自分の魔力を込めた剣を封印の短剣の代わりに1本差し込んだ。俺が死ねばその短剣は魔力を失い、ただの鉄のかたまりとなる。――そう、龍王が復活することになるのだ!」


「うそよ!」


 タビーシア王女が鋭くさえぎった。


「トバチランド建国の大魔導士の魔力が込められた封印の短剣以外で、龍王を封印できるはずがないわ!」


 ブタイッシュ王も髭をいじりながら余裕の表情で答えた。


「まあ嘘じゃろうな。捕らえたエリンドン家の兵士を拷問にかけて尋問したが、皆口をそろえて『大公は6本の短剣を引き抜いた』と言っておった。それに封印の短剣は近衛隊が押収しておる。万が一の時に備えて、お前の処刑までにデンゼーリ神殿にタビーシアをつかわせて封印の短剣を1本差しておけばよいだけじゃ」


 国王は俺の口車には乗ってこなかった。


 こうなったら……もうあれしかない。

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