第29話 王女の罠に嵌められる

 特別衛兵に先導されて、りんとした雰囲気の少女が入ってきた。


「……タビーシア・トバチリア」


 俺は目を見開いてつぶやいた。少女は殺されたはずのタビーシア王女だった。


「お久しぶり、サイネル・エリンドン」


 タビーシアの声には少し優越感が含まれていた。


「お前はトバチランド復興騎士団に国賊こくぞくとして殺されたはず……なぜ生きている?」


「そうね……実は、復興騎士団は実際には私を暗殺しようとはしていなかった。本当はあなたの策略にはまるふりをして、私を救出しようとしていたのよ」


「なんだと?……ならば、トバチランド復興騎士団が警護のブタイッシュ兵を殺してお前を救出したということか?」


「いいえ、違うわ。私を助けたのはブタイッシュ王国近衛隊よ」


「ブタイッシュ王国近衛隊だと!?」


 俺は驚愕きょうがくした。


「そう、わたしは近衛隊に救出されてブタイッシュ王国でかくまわれていた。だから生きてこの場にいるのよ」


「何を言っている。なんでブタイッシュの近衛隊がお前を助けるんだ?あの時、トバチリアで何があったんだ、説明しろ!」


「いいわ。教えてあげる」


 タビーシア王女は神妙な表情で淡々と話し始めた。俺はてっきり、あの生意気な態度で勝ち誇った顔で話すだろうと思っていたのだが。


「あの時、何が起こったのか。あなたに真相を教えるわ。わたしは貴方から異様な厚遇こうぐうの話を聞かされたとき、何か裏があるとさとった。わたしも占領軍代理統治官となってから、多少は自分の意のままに動かせる従僕ができたわ。彼に街の様子を探らせた。案の定、トバチリアの街は私への悪口であふれかえっていた。そこで彼を使ってトバチランド復興騎士団の団長と連絡を取り合ったのよ」


 俺の脳裏に、タビーシアにうやうやしく仕えていた見張りの兵士のことが思い浮かんだ。あいつはタビーシアの見張り役からは外しておいた。だが、下っ端の兵士や従僕の中から自分の意のままに動く人間を代わりに一人作ることなど、タビーシアには容易たやすかったのだろう。


 しかも、俺はこの女を占領軍代理統治官に任命している。形式的にはとらわれの王女ではなくブタイッシュ王国の公職者となるのだ。ある程度の行動の自由は認めざるを得なかった。


「復興騎士団はあなたの策略にはまるふりをして、わたしを奪還することを計画した。もちろん反乱の象徴として担ぐためにね。そこで彼らは『トバチランド復興騎士団が売国奴を処刑すると息巻いている』という噂を流し、わざと警備の隙を作らせた。……でも、わたしはブタイッシュ王国の近衛隊が近いうちにトバチリアに到着することを知っていた」


 なぜこの女が近衛隊の到着が近いことを知っていたのだろうか。恐らくトバチリアの公邸で、俺が机の上に放置したコニウェルからの手紙の差出人を見て悟ったのだろう。あるいはノーラから耳打ちでもされたのかもしれない。


 タビーシアは話を続けた。


「そう……。わたしは両天秤りょうてんびんをかけたわ。ブタイッシュ王国近衛隊かトバチランド復興騎士団、私を救えるとしたらどちらなのか。復興騎士団ではお話にならなかったわ。彼らに占領軍を追い出すような力は到底なかった。それにわたしが復興騎士団の象徴としてかつがれても、わたしはすでにトバチランド人の敬愛を失っているのだから、大した人集めにもならない。復興騎士団の反乱はいずれ鎮圧されて、わたしは反乱の首謀者しゅぼうしゃの一人として処刑される」


 確かにそうだろう。トバチランドでは大小さまざまな反乱が各地で発生していたが、すべてブタイッシュ軍にこともなく各個撃破されていた。


「わたしは伝書フクロウを使ってブタイッシュ王家に救助を依頼したわ。交渉は成功した。わたしは近衛隊に救出され、ブタイッシュ王家に保護されることになった。将来的にはトバチランドに戻ることさえできる。その代わり3つの条件を飲んだ。ブタイッシュの王子と結婚すること。トバチランドの独立運動を行わず、独立派の鎮圧に力を貸すこと。トバチランド復興騎士団の人員やアジトの場所・間取りといったすべての情報を教えること。」


 近衛隊長コニウェル子爵が口を開いた。


「陛下から命令を受けて、近衛隊第二部隊はタビーシア王女を救出の任に当たった。まずタビーシア襲撃事件の前夜、古びた教会に潜伏するトバチランド復興騎士団に対し少数で夜襲を仕掛けて、これを一人残らず殲滅せんめつした。こちらは精鋭せいえいなうえに、間取りから人員配置まで何もかも知っている状態で不意打ちを仕掛けたのだ。しくじるはずがない。それに奴らのアジトは人々から忘れ去られたかのような古い教会だ。トバチリアの中心からも相当離れた人気の少ない場所にある。トバチリアの庶民が作戦実行に気づくことはなかっただろう」


 タビーシアが補足した。


「わたしが、決行の前祝いとして眠り薬を入れた飲食物を差し入れしておいたしね。見張り役以外は眠りこけていたと思うわ」


 コニウェル子爵が話を再開した。


「アジトの教会を襲撃した後、近衛隊第二部隊はトバチランド復興騎士団の徽章きしょうと旗を奪い、復興騎士団員に化けた。さらには、お前が流したタビーシアの警備計画も押収した。復興騎士団員にふんした近衛隊がタビーシア王女の一行を襲撃し、警護兵を殺したうえ彼女も一緒に殺したように見せかけた」


 タビーシア王女を警護していたのはブタイッシュ兵だ。タビーシア襲撃事件とはブタイッシュ人同士の殺し合いだったということになる。本当に血も涙もない奴らだ。


「その後、男装したタビーシア王女を含む偽の復興騎士団一行はアジトの教会に戻った。ここに、近衛隊の大部隊が教会を厳重に包囲し突入作戦を決行する。これは見せかけだけの茶番だ。華々しく喊声かんせいを上げ剣戟けんげきの音を立てるが、実際は近衛兵同士で演技しているに過ぎない。頃合いを見て、偽の復興騎士団は服装を元に戻し、近衛兵が昨夜のうちに殺しておいた復興騎士団員の遺体を収容して撤収したのだ」


 ――なるほど。トバチリア庶民の野次馬が2度目の包囲殲滅作戦を見た。もちろんその中にはエリンドン家の息がかかった者もいる。そうして俺の執事まで情報が上がってきたのか。


 俺は完全に、近衛隊の目的がデンゼーリ神殿の管理のみにあると思い込んでいた。そしてコニウェルのことを脳筋バカ、タビーシアのことを世間知らずの上流階級バカだと舐めてかかっていた。その先入観さえなければ、あるいは都合よく復興騎士団を発見し包囲殲滅できた近衛隊の不自然さに気づいていたかもしれない。


 しかし、なんという恥辱だろう。ゲンゴリー王のような狸親父やその手先のコニウェルにまんまと一杯食わされたのはまだいい。


 俺はタビーシアのような小娘にまで出し抜かれたのだ。こいつは自分を助けに来たトバチランド人を売った。祖国独立の希望も売った。それよりもトバチランド王家の血統を存続させることを優先させたのだ。


 しかも俺がトバチランド王族を全員抹殺したために、唯一の生き残りであるこの女の希少価値は最大まであがった。結果的には、ブタイッシュ王家に自分を最高値で売りつけることに成功したのだ。


 俺は悔しさを抑えきれず、タビーシアを非難した。


「自分の目的のために同胞どうほうを売ったんだな……このクズ女め」


 タビーシア王女はあの生意気な口調で答えた。


「そうよ。残念だったわね、あなたの思惑おもわく通りにならなくて」


 俺は敗北感に打ちひしがれた。

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