第28話 冷然と人を使い捨てる

 俺は話を引き延ばして時間稼ぎをすることにした。とにかく、国王による死刑宣告を1秒でも先に延ばしたい一心だった。


「なぜ俺をこの世界に転生させた?こんな面倒くさいことを、まさか趣味でやっているわけではないだろう。それに、俺には聞く権利があるはずだ」


「まあそうじゃろうな。平たく言えば王国の財政再建のためじゃ。汝も我が王国の財政が苦しいのは知っておろう」


 俺は小さくうなずいた。王は話を続けた。


 「財政再建のために行うべきことは3つ。大貴族の領地を削減し王家直轄領として再編すること。富裕なトバチランドの地を併合すること。そして民への増税じゃ」


 国王はひげをなでながら、楽しそうに話した。


「何といってもブタイッシュで最大の貴族はエリンドン大公家。朕にとって大公家は目障りでしかない。そこで朕は、この世界での汝の父母に当たる大公夫妻を殺すことにした。黒魔術を使って病死に見せかけてな。ただこのままだと、相続やら血縁関係がどうやら契約関係が何やら、面倒くさい話がわんさか出てくるじゃろ。少なくとも領地をすべてブタイッシュ王家のものにできるものではないな。しかし後継者が謀反むほんを起こしたらどうなる?」


「……そうか、逆賊の全領地・全財産は没収。一族郎党は粛清しゅくせいされるか奴隷にされる」


「その通り。だから、大公家嫡男として汝を異世界から転生させたのじゃ。何しろお前は人に使われることが大嫌いでプライドが異常に高い。しかも倫理観が皆無のドクズ。お前に高い能力と地位を与えれば、必ず謀反むほんを起こすと読んでおったわ」


「ならば、トバチランド併合も既定路線だったということか……俺が会議で開戦を訴えるまでもなかった」


「そうじゃ。そして汝のステータスは高いからな。難なくトバチランドを手に入れて見せるじゃろう。これで精鋭の近衛兵や、高価値な魔法兵たちをすり減らすことなくトバチランド併合が実現する。さらに汝はドクズ。占領軍司令官として必ず悪政を行う。事実、汝は過酷な統治をおこないトバチランド人の憎悪を一身に集めている。その汝が失脚し、みじめに処刑されたとなればどうなる?」


「トバチランド人は拍手喝采かっさいを送るだろうな。――そうか、トバチランド人の溜飲りゅういんを下げるための生贄いけにえとして俺を用意したわけか」


「そう、そうして次の占領軍司令官がお前よりかいくぶん温情的な統治をおこなえばトバチランド人も支配を大人しく受け入れるというものじゃ」


 そういうことか。それでこいつは、俺がトバチランドに出征するときに「やりたいようにやりなさい」と俺に全権を与えそそのかしていたのだ。


「しかし、民への増税と俺に何の関係がある?増税はお前たちが勝手に決めたことだぞ」


「それも同じ、生贄いけにえじゃ。臣民というものは、上流階級が落ちぶれるのが大好き。大公として羽振りの良かった汝が失脚すればしばらくはこの話題で持ち切りになる。増税のことも忘れて熱中するだろうな。そのうちに新しい税率を当たり前のこととして受け入れる。もともとブタイッシュ臣民に反乱を起こすような気概きがいはないからのう。それに、お前から没収した財産をいくらか臣民に放り投げてやれば、あいつらも尻尾しっぽを振って喜ぶじゃろう」


 俺はトバチランド戦争で自分がやってきたことを棚に上げて、国王を非難した。


為政者いせいしゃとして、そんな心構えで許されるのか!トバチランド戦争でどれだけのブタイッシュ兵が戦死したと思っているんだっ!」


 国王は鼻で笑った。


「ふん。お前に貸した国王直轄軍は、どうせ価値の低い歩兵がほとんど。代わりはいくらでもいる。大した損害ではないわ。そもそも我が国は経済力に比べて兵士の数が多すぎるしのお。いいリストラになったわい」


 俺は国王のしたたかさと酷薄こくはくさに目眩めまいがしてきた。


「お、オーターはどうなる!あいつは病気じゃない、王太子は死んだぞ!」


「あいつか……小さい頃は可愛がってやったがのう。最近では兄貴に似てきたあの男を内心嫌っておった。朕も実の子供の方が可愛いしの。とはいえ簡単に廃嫡はいちゃく粛清しゅくせいすることもできない。不用意にそれをやれば内乱のもと。オーターは、国事についてはそつなくこなしたからのう……汝が殺してくれて助かったわい。本当に汝は期待通りの働きをしてくれたのう」


 近衛隊長もケラケラ笑いながら言った。


「確かにお前が前に言った通り、王太子殺しは万死に値する大罪だ。しかし王太子がお前と組んで反乱を企んでいたとなれば話は別。俺は反乱を未然に防いだ功臣となる。出世間違いなしだな」


 オーター・ブタイッシュは俺のクーデターには無関係だ。ただ俺に利用されただけ。こいつらもそんなことは百も承知だ。そのうえで邪魔なオーターを、俺と一緒くたに謀反人に仕立て上げるつもりなのだ。


 コニウェル近衛隊長は最初から俺の罠に掛かってはいなかった。罠に掛かるふりをして、邪魔者の王太子を葬ったのだ。それはもちろん国王の意向でもある。


 この男は熱血脳筋バカなんかではなかった。国王のため、そして自分の出世のためには冷然と汚い仕事ができる男。冷酷で頭の切れるブタイッシュ貴族だった。


 そして俺はまたも直感的に確信した。こればかりは決して認めないだろうが、きっとゲンゴリーは先代の王も殺したに違いない。毒殺したか黒魔術を使ったか、あるいはひそかに近衛兵が暗殺したのかはわからないが。


 重臣たちも共犯だ。特にコニウェルは絶対に関わっている。オーターを可愛がっていたのも、何も知らない中下級貴族や近隣諸国をあざむくための演技だったのだろう。


 そうだとすれば、俺にとってゲンゴリーは国王弑逆しいぎゃくの大先輩だということになる。


 国王がふと思い出したように言った。


「もう一人、ここに立ち会うべき役者がおったの。入ってもらおうか」


 王の言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。

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