第27話 最初から手のひらの上で

 最初から俺は、王のてのひらで踊らされていたのだ。そうとも知らず、俺はずっと得意顔で忠臣を演じていた。怒りと羞恥心しゅうちしんで気が狂いそうだった。俺は王に人差し指を突き付け、青筋あおすじを立てて怒鳴った。


「この悪趣味な腹黒クソ国王!お前は安全なところでニヤニヤしながら俺が罠にかかるのを待っていたんだな!重臣どもとグルになって。こんな不公平でデタラメな闘いがあるかっ!!」


 王は余裕の表情で言った。


「いいや、汝は不公平だというが朕も命を懸けておる。だから平等じゃ。たとえば、そうじゃのう……表彰式の時、あるいは王城執務室で報告を受けている時、汝が突如剣を振るったらどうじゃ。朕にそれを防ぐ手立てはなかった。あるいはトバチランド征伐を決めた時、征伐軍を使って王城を攻撃するという方法もあったのう」


 確かにそれは考えなくはなかった。だがあの時はまだクーデター成功の機運がなかった。


 仮に国王と重臣を抹殺したとしても、城兵や役人、中下級貴族と民衆に一斉に反発されて、反エリンドン軍でも組織されたら厄介だ。いくら俺でも、王国中を敵に回し10万以上の兵士を相手にすることになればきつい。仮に勝てたとしても、これではただのテロリストであって統治者ではない。


 不測の事態を避けるため、そして成功後の統治を円滑えんかつにするために重臣と民衆の支持を得ての完璧なクーデターを画策した。なまじこの世界にきて知力が上がったために、こんなメンドクサイことを考えてしかも墓穴ぼけつを掘ったというわけだ。


 国王はさらに追い打ちをかけるように言った。


「……まあ、汝は不服じゃろうが、朕も結構気を使ったわい。さっきも言ったが、お前から能力を剥奪はくだつするタイミングが遅れれば、朕は斬り殺される。しかし早すぎれば、お前は領地に戻って挙兵し軍事力で勝負するからな。だから、エリンドン邸の使用人を引き込んで王家の間諜かんちょうとしておった。そして汝が謀反むほんを起こすタイミング、つまりは汝から能力を剥奪する頃合いを慎重に見定めておったのじゃ」


間諜スパイ?……一体、誰のことだ……ノーラ、あいつか!」


 ゲンゴリー王はそれには答えず、ニヤニヤしているだけだった。


 あの女に決まっている。ノーラがここぞという時に妙に積極的に俺を誘ってきたことにも合点がいく。


 あのメイドはトバチランド出征の直前、俺がまじめにトバチランドにおもむくつもりであるかどうかを探っていたのだ。そして昨夜は、俺が自分のステータスに何一つ疑問を抱いていないことと、クーデターを翌日決行する気であるということをつかんで近衛隊あたりに急報したに違いない。


 しかし、一体いつからだ。あいつを選んでメイドにしたのは偶然。最初からではないはずだ。


 俺の脳裏に、ゴブリン駆除の時に一夜を過ごした未亡人の顔が思い浮かんだ。こいつは王家から食糧援助を受け取っていた。王家の木っ端役人と日常的に接触があったのだ。


 役人にふんしたスパイが未亡人にゴブリン事件の真相を話す機会はいくらでもあっただろう。そうやって憎悪をき立てたのではなかろうか。もちろん俺の魅了魔法が解ける頃合いを見計らってだ。


 そういえば、ノーラの親父には将来嫁にすると嘘をついていた。その話をどこからか聞いたノーラが、おこがましくも内心で正妻気分になっていたとしよう。そこに未亡人がエリンドン家邸宅を訪れノーラの嫉妬心をあおるようなことを吹き込む。ノーラは表面上俺にかいがいしく仕えながらも、俺の女遊びに嫉妬心を燃やしいつの間にか憎悪するようになった。 


 ――いや、これはただの憶測で確証のない話だ。そもそも、今はノーラがどうして俺を裏切ったかなんてどうでもいい。それより、何とかして打開策を考えないと処刑される。


 突如、ゲンゴリー王が耳障りな嫌な笑い方をした。


「くっかかかかっ……すまんが今だけは笑わせてもらうわ。何しろ、表彰式でお前のクサい演技を見た時から今日この日まで、ずっと笑いをみ締めるのに必死じゃったからのう」


 スザーナ王女も冷酷な目をして口を開いた。 


「表彰式で手の甲に口づけされたとき、本当におぞましかったわ。あなたがどんな人か知っていたのだから。あの後すぐに侍女に手をぬぐわせた。あの日以来、ずっとサイネル・エリンドンがその本性を現す日を心待ちにしていたわ……あなたはもっとも残虐な方法で処刑されることでしょうね。その様子を特等席でたっぷりと見物させていただくわ」


 ぞっとするような目だった。


 俺は直感した。この少女の目は、礼儀作法を厳しく仕込まれているとか詰め込み教育をされているとか、そんなもので作られたのではない。


 国王夫妻はスザーナ王女に暗殺ころしを手伝わせている。そうとしか思えないほど、冷たくて暗い目をしていた。そして、王族以外の人間を下等生物として見ている傲慢ごうまんな目をしていた。


 俺は国王一族のクズっぷりに頭がクラクラしてきた。

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