4 それから
けたたましいサイレンの音と共に、赤に塗られた車両が集結する。すぐに彼らは消火活動を始めた。
天にのぼっていく黒い煙。私は燃え盛るダマスカス邸を背に、ゆっくりと歩き出す。
これで、彼が収集した私たちの資料は他の物とともに灰となって消えた。もう私たちがガラムを襲撃したという情報はどこにも残されていない。
ダマスカスの死後、彼の邸宅から次々と軍隊の私物化や汚職の証拠が見つかった。それから、彼の家の資料の大規模な調査が行われることになった。私はその調査員になりすまし、私たちについて書かれた資料共々、建物に火をつけたのだ。
彼の資料の価値を考えると、その行動の責任については想像するだけで背筋が寒くなる。
……ま、まぁ、一度は首相官邸まで爆破したのだ。今更これぐらい、どうってこと——というのは、少々感覚がおかしいだろうか。
「まぁいっか。適当なカフェでも寄って落ち着こ」
日常なんて、案外強いものだ。あるいは、柔軟なもの、とでもいうべきだろうか。
首相官邸を爆破したって、将軍を暗殺したって、大事な資料を大量に燃やしたって、ある日突然日常が変わるなんてことはない。
——ケインさんは、死んでしまったけれど。
あのダマスカス暗殺から二週間。やっと、気持ちに整理がついてきた。あれ以来、例の悪夢もめっきり見ない。
「『悲劇で人生を終わらせたくない』ねぇ……」
彼の言葉をつぶやく。ケインさんらしからぬ意外な言葉だ。でもどこか、納得できる。
今はまだ涙なしにケインさんを思い出せないが、いつか笑顔で思い出せる時が来るのだろう。それまでは、まだもう少し時間がかかりそうだ。
ともかく、これでダマスカスの陰謀に関する、全てに決着がついた。私はこれから、再び日常に戻ることになる。精々、殺し屋じゃない幸せを享受してやろうと思う。
だが、相変わらずこの国は不安定なままだし、世界は平和から程遠いし、この世全ての悪が滅びたわけではない。
もしかすれば、またいつか戦う時が来るのかもしれない。それは一年後かもしれないし、一〇年後かもしれないし、はたまた一ヶ月後かもしれない。それはわからない。だが、やるべきことはわかっている。
——誇り高き、人間であれ。
その言葉の意味は、まだよくわかっていない。
だが、まぁ、精々、恥のない人生を送ろうと思う。
少女の弾丸は何を穿つか。 とあるk @Toaru-Syounenn_k
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます