#1日目・夜 「運転手って察しよすぎだろ」

 俺は夕食を買い終えた後、渚沙に連れられて電車に乗っていた。


「やっぱり電車の中は涼しいね」

「今日は外も涼しいけどな」

「それは言わないお約束っ」


 むっ、と頬を膨らませて、口元で人差し指を重ねてバッテンを作る渚沙。

 普通にあざとい仕草だが、美少女がやると違和感が無さすぎる。 


 俺は渚沙から視線を逸らし、窓に映る目まぐるしく変わる景色を眺める。

 桜はとうの昔に散っており、今は完全に葉桜となっているので、山々が瑞々しい緑一色に染め上げられていた。

 

「……何を見てるの?」

「景色」

「何で?」

「何となく」

「……2人しかいないんだから私と話してよ」


 渚沙が俺の顔を掴んで自分の方に向ける。

 視界が変わると、そこには先程よりも更に頬を膨らませた渚沙がいた。


「……はいはい分かったよ。しゃーないから話し相手になってやるよ」


 あんな顔をされれば俺にはとてもじゃないが断れない。

 

「ふふっ、やっぱりなーくんは私に弱い」

「弱くない!」

「むふふー可愛い〜」


 ニマニマと揶揄う様な笑みを浮かべる渚沙には少しイラッと来るが、全て事実なので何も言い返す言葉が思いつかない。

 ただこのまま彼女の顔を見ているのも癪なので、俺は再びふいっと顔を背ける。


「もうっ、拗ねないでよ。あっ、そろそろ着くよ」

 

 俺は渚沙の言われるがままに電車を降りる。

 今俺達が降りたのはこの町で1番大きな駅で、空港や新幹線、果てにはバスに他の路線の電車など様々な交通機関に乗り換えができる所だ。

 友達と遊びに行ったりする時に何度か利用しているので地形は大体把握している。


 しかし渚沙は空港や新幹線のホームには向かわず、何故か沢山バスの止まっている所に向かって歩き出した。

 

「渚沙、何処行くんだ?」

「……? 勿論バス停だけど? 見たら分からない?」

「それは知ってる。ただ何でバス停に行くのかが分からないんだよ」

「ああ……なるほどね。ならそう言ってよ」

「言ってたろ……」


 コイツ頭は良いはずなのに何故か理解力は欠如してんだよな。

 恐らく天は二物を与えずと言うのが、例に漏れず渚沙にも適用されているんだろう。

 

「で、何でバス停に来たんだ?」

「少し高いけど夜行バスに乗ろうと思って」


 そう言って渚沙は止まってあるバスの中でも一際大きなバスの下に移動し、何やら運転手か誰かと話しだす。

 しかし直ぐに話が終わったのか、此方に顔を向けて手を振って来た。

 どうやら早く来いとのお達しらしい。


「何でついて来てないのっ! 1人で2人で乗りますって言うの恥ずかしいんだからねっ!」

「いや……よし、入るか」


 本当に恥ずかしかったのか、未だに少し頬が赤い渚沙がジト目で俺を睨む。

 俺はその目から逃れる様にバスの中に入ると、そこにはバスとはとてもじゃないが呼ばない様な内装だった。

 バスの中には真ん中の廊下を隔てる様に幾つもの個室が設置されており、座席は確認できない。

 恐らく個室の中に座席があるのだろうと言うのは分かるが、こんなバスは初めて見た。


「ちょっとなーくん、少しは謝ってくれても……ってどうしたの?」


 俺は、少し遅れて文句を言いながらやって来た渚沙に恐る恐る訊いてみる。


「此処ってマジで高いやつじゃないか……?」

「うーん……確か4万円くらい?」


 た、高い……。

 夜行バスは元々高そうなイメージだが、幾ら何でもこれよりは安い気がする。

 これでまだ旅の初日……一体今後どれだけのお金を使うのだろうか。


 渚沙から貰った部屋の番号が書かれた紙を見ながら同じ番号の部屋を探してみると、1番後ろだった。

 俺は少し緊張で汗ばんだ手で扉を開けようとするが———


「何で止まってるの? 早く入ってよ」

「あ、ちょ」


 渚沙が俺のことを変人を見る目で見ながらあっさりと開けてしまい、今度は俺がジト目をする番だった。


「……何で開けるんだよ」

「良いじゃん別に。ほら、さっさと入って」


 俺は心の準備が出来ないまま、渚沙に背中を押されて個室に入ってしまった。 

 個室にはまるでホテルの一室の様にシングルよりやや小さなベッドが2つ並んでおり、前方には40インチほどのテレビが壁に取り付けられている。

 

「すごいな……」

「私も一度写真で見てたけど、やっぱり実物は違うね」

「いつからこんな高いの予約してたんだよ?」

「……まぁ少し前かな?」


 何故か少し歯切れが悪く言う渚沙に少し違和感を覚えるも、既に渚沙はいつも通りの雰囲気に戻っていたため、何も言うことが出来なかった。

 

 ———後にその理由をもっと早く訊いていればと後悔することになることなど微塵も知らずに。







「久しぶりに勉強しない夜を過ごしてるかも」


 渚沙がテレビを見ながらそう呟いた。

 なるほど、先程から少しソワソワしていたのはそのせいだったのか。


「お前相変わらず真面目だな。俺なんて2日に1回やればいい方だぞ?」

「……一応なーくんも受験生だよね? 大丈夫なの? 嫌だよ、幼馴染がニートになるとか」

「随分と信用がないな」

「別に信用してないわけじゃないよ。ただ心配なだけ」


 なーくんには落ち込んで欲しくないもん、と心配そうに俺を見てくる渚沙に一言。


「受験生なのに学校サボって旅行に誘った渚沙が言えるのか?」

「うっ……それはそうだけど……」


 今度は先程とは反対に、渚沙がサッと俺から目を逸らす番だった。

 

「…………ご飯食べよっか」

「明らかに話逸らしたな。まぁ別にいいけどさ」


 俺はやれやれと言った感じの手振りをすると、「調子に乗るなっ」と頭をコツンと叩かれた。理不尽だなおい。

 まぁそんな怒りもメロンパンを一口食べれば一気に消える。


「うまぁ……やっぱメロンパンこそ最強のパンだな……」


 俺は無我夢中でメロンパンを食す。

 そんな俺の姿を呆れた顔で見ていた渚沙には気付いたが、今はそれどころではないので無視しておこう。


 夢中で食べること僅か1分程であっという間にメロンパンは無くなってしまった。


「……正直ちょっと引く」

「何でだよ!?」

「流石に必死過ぎないかなって……」


 渚沙が少し冷めた目で俺を見ながら告げる。

 そんなことないと反論したかったが、俺の姿を俯瞰ふかんして見てみると確かに傍から見れば完全にヤバい奴だったかもしれないと思った。

 これがイケメンとか渚沙のような美少女なら別だが。


 因みに渚沙は呆れたような顔をしていたが、チョココロネを食べた瞬間に幸せそうな表情に一転していた。


「そういうお前も随分誇張気味にリアクションするじゃないか」

「これは誇張じゃないの! 女の子は甘いもの食べたら幸せになるの!」


 それはお前だけの主観だろどうせ。

 世の中にはご飯食べたら太るから嫌いって人も絶対にいるだろ。


「全く……なーくんが余計なこと言うから疲れたじゃん」

「俺のせいか? 先言ったのそっちじゃね?」

「いやなーくんが……」

「いや渚沙が……」


 お互いに自分の非を認めず醜く言い争っていた時———


「———車内では静かにしていただけると助かります」

「「…………すいません」」


 俺達は運転手に怒られてしまい、お互いに気まずくなりながら謝る。

 

「見た感じ若いカップルなのでたまにこう言うこともありますが、気をつけてくださいね」

「「か、カップルではないのですが……」」

「あ、そうなのですか。それはすいませんでした。それでは———」


 運転手の男性は俺の方を見ると、「頑張ってくださいね」と目線で伝えてから扉を閉めていった。

 俺は突然の事に一瞬固まるが、すぐ隣で渚沙が不思議そうな顔をしていたので、表に出ない様に目を瞑る。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。…………もう寝るか」

「あっ、露骨に話逸らした。まあ言いたくないなら言わなくてもいいよー」


 渚沙がツーンとした表情でそう言うと、テレビを消してベッドに寝転んだ。

 俺はそんな渚沙の姿に少し笑みを浮かべると、そのまま……数時間かけて何とか眠りに着いた。


 普通に異性と寝るのは緊張したとだけ言っておこう。









「———なーくん……」


 渚沙は深夜に目が覚めて隣に奏多がいることに気付き、自分達が旅行に出掛けたことを思い出す。

 そう———自身が彼と行く恐らく最初で最後の旅行に。


 渚沙は寝ている奏多の頬を優しく撫で……おでこにそっとキスを落とした。


「……ごめんね、なーくん。私不器用だからこんなのでしか誘えなくて……」


 そういう渚沙の濡れた何処か虚ろな眼差しに、窓から差し込む高速道路の街灯の光りが淡く反射していた。

 


「どうか———私が消える後15日間だけ、私の我儘に付き合って下さい」

 

 

 

 

 

 

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