#1日目・昼 「取り敢えずスーパーで夜ご飯買お?」

「———早退しちゃったね……?」

「早退……しちゃったなぁ」


 俺と渚沙はお昼の太陽が真上にある時間帯に学校から5分ほど離れたス◯バでフラペチーノを飲みながら黄昏ていた。

 あれから渚沙の提案に乗ってしまった俺は、先生に適当な理由を付けて早退を許して貰った。

 渚沙は何て言ったのかは知らない。


「渚沙はなんて言って早退したんだ?」

「お婆ちゃんが体調を崩したって言った」

「お前……お婆ちゃんに怒られるぞ」


 俺の家族は基本ニートにならなければ何してもOKと言う放任主義なので、多分何も言われないと思う。

 しかし渚沙のお婆ちゃんは結構厳しいので許してくれなそうである。


「大丈夫。もうお婆ちゃんには許可を取ってあるの。1ヶ月弱ね」

「1ヶ月弱もか!? よくそんなに休むのお婆ちゃんが許してくれたな……」

「まぁちゃんと理由があったからね」 


 理由……?

 旅をするのに何か理由があるのか?

 

「なぁ理由って———」

「———取り敢えず色々準備しよう? ほら行こ、なーくん」

「ちょ、分かったから待てって。まだ飲み終わってないんだよ」


 俺は少し勿体無いと思いながらも思いっ切り飲み干すと、先々と行く渚沙を追いかけた。







「さて……何がいるのかな」


 俺は一旦渚沙と別れて自分の家に戻り、準備をしていた。

 渚沙は3時に俺の家に来ると言っており、今が2時すぎなので、後1時間位か。


 だが意外と持っていくものは少ない。

 お金は3年前から始めたWeb小説の投稿で今では最高月15〜20万ほどと、それとその派生で書籍版が何個か出ているので貯金は6〜800万程ある。

 しかし100万部とかは売れておらず、1番良いので10万部ほど……まぁこれでも十分過ぎるほど凄いのだが。

 それらは全て銀行の口座に振り込まれており、銀行のカードさえ持っていれば幾らでも引き落とせるし、電子マネーもこの間チャージしたので全く問題ない。

 

 そういえば、渚沙は「服は現地で買うから要らないからね」と言っていたので、取り敢えず今から着る服だけを見繕う。 

 服を着替えた後は、チャック付きの少し大きめのショルダーバッグに財布や歯ブラシ、スマホの充電器など必要な物を入れていく。


 あっ、それと一応報告もしないとな。


 俺はスマホを開き、小説投稿サイト『カ◯ヨム』の近況ノート開く。


「……1ヶ月ほど旅に出るので更新が不定期になりますっと」


 それとそれぞれの小説のあらすじに、『1ヶ月ほど不定期更新』と書いて更新。

 俺はそれを終えるとスマホで母さんに電話を掛ける。

 うちの母さんは専業主婦でずっと家にいるので何時電話をしても大抵は繋がるはずだ。

 そして今日は俺の見立て通り、4コール目で出た。


「もしもし、母さん?」

『何〜奏多〜? 一人暮らしが寂しくなったの〜?』


 そんなのんびりとした声と、丁度掃除機を掛けていたのか、掃除機の駆動する音が電話越しに聞こえる。

 数ヶ月会っていないが、相変わらずな様子だった。

 俺は時間もないので早速本題に入る。


「これから1ヶ月位学校休むわ」

「いいわよ〜? どうせ渚沙ちゃんのお婆ちゃんから訊いているし〜」

「じゃあそう言う事だから」

「学校にはお母さんから連絡しとくわね〜」

「ありがとう、母さん」


 いいのよ別に〜と言う気の抜けた声と共に電話が切られる。

 俺は一応父さんと妹に『1ヶ月間学校休む』とL◯NEで送った後、スマホをポケットに仕舞う。


 現在14時48分。

 そろそろ渚沙が来る頃だ。

 渚沙は集合の10分前には着いていることが多いので、実質14時50分が集合時間だな。


 ピンポーン。


 タイミングよくチャイムが鳴る。

 十中八九渚沙だろう。

 俺はモニターを見ずにそのまま玄関を開ける。


「よっ」


 玄関の前では何か文字が書かれているTシャツにデニム生地の短パンと言う簡単ながらオシャレに見える服装に身を包んだ渚沙の姿が。

 晒されている渚沙の健康そうな太ももは思わず視線を吸い付けられるほどの破壊力があった。

 俺は決死の思いで目を離すと、ドキドキと高鳴る心臓を落ち着かせる。


「……おっす。少し部屋片付けるから中で待っててくれ」

「了解〜。お邪魔します」


 俺は扉を開けて渚沙を招く。

 別に部屋を片付けるのは汚いからではなく、1ヶ月も家を空けるので出来れば掃除機を掛けておきたかったのだ。

 

「うん、今日の朝と全く同じだね」

「まぁさっきまで学校にいたからな」

「それもそうだね」


 そんな軽口を交わし合いながら掃除機をかけ、数分で部屋の掃除を終えると、ショルダーバッグを肩に掛けて渚沙とともに玄関を出る。

 今日は6月の終わりと夏にも関わらず、カラッとした風が吹いているためそこまで暑くない。

 

 俺は鍵を閉めてから、サンダルの様な靴を履いている渚沙に目を向ける。


「それで、これから何処に行くんだ?」

「ん〜取り敢えず歩きながら考える?」


 どうやら自分で誘っておいて、ちゃんとした計画がないらしい。

 しかし何故か迷いの無い足取りで先々と進む渚沙には、尊敬の念を感じてしまう。


「ねぇ、なーくん」

「ん? なんだ?」

「本当についてきてもよかったの?」


 今更ながらにそんな事を聞いてくる渚沙。

 それを聞くならもっと前の段階では? と思わないこともないが、意外と真剣な顔で訊いてきているので茶化さず俺もちゃんと答えよう。


「うーん……まぁ別にいいんじゃないか? 1ヶ月休んだ所で別にもう内申には殆ど響かないし、勉強も殆が1、2年の範囲だし。それに―――俺自身がついて行きたいと思ったから付き合ってんだよ」

「……ありがと」

「どういたしまして。それで、結局何処行く?」

「うーん……じゃあ取り敢えず夜ご飯買ってこ」

「りょーかい。近くのスーパーでいいか?」

「うん」


 俺達は此処から歩いて数分で到着するスーパーに向かう。

 平日の、それも昼にスーパーに行くことは中々ないので、恥ずかしいが少し楽しみな自分がいる。

 何か普段出来ないことをしていると楽しいのと同じで。

 

 その時俺は、確かに仄かな気分の高まりを感じていた。








「……何も変わらん」

「まぁスーパーだからね。変わってたら私驚くよ?」

「いや、まぁそうだけどさ」


 俺の中にあった好奇心やら興奮が一気に萎えていくのを感じながら、夜ご飯を探す。


 お昼なだけあって惣菜が多いが、夜までは食べないし、普通に邪魔なのでなし。

 逆に直ぐに食べれて持ち運びに便利なカロ◯ーメイトは非常食用に何個か買っておくけど、夜ご飯としてはやっぱりダメ。


「渚沙は何食べる?」

「んー……私は、これかな?」


 渚沙がパン売り場のクリームが入ったクロワッサンを手に取る。

 値段も3個入りで150円程とそこまで高くないので、お金が心配な俺達にとってはありがたい商品であることは間違いない。


「渚沙、相変わらず甘いもの好きだよな」

「うん。だって美味しいもん」


 いやそりゃ美味しいのは分かるよ。

 でもずっと食べてたら味に飽きるし、何より胃もたれしてしまう。

 ん? 高校生で胃もたれなんてしないのか? もし仮にそうなら俺がおじいちゃんになっていっているということか。

 ……それはそれでやだな。


「……俺はこれにするわ」

「そう言うなーくんも相変わらずメロンパン好きだよね。メロンパンも甘いけど?」

「それとこれとは全く別なんだよ。こってりとしてないからな」


 そんな俺の言い分に、渚沙はイマイチ理解が出来ないと言う風に眉を顰めている。

 しかし此処は譲るわけにはいかない。


「まぁなんでもいいよ。こうなったらなーくんって面倒だし」

「面倒言うな。あと、先々行くなって」

「———なら追いついてよ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて軽やかに歩き出した渚沙の姿に目を奪われる。

 しかし飲み物が置いてある棚の所に消えて行った瞬間に俺も追いかけ始めた。

 

 非常に子供っぽいが、案外久しぶりにやると楽しいものだな。

 まぁ相手が渚沙だから、と言うことが大きいと思うが。


「———見つけた。相変わらず大して動かずにじっとしてるよな」

「むっ、ちゃんと動いてたもん。なーくんが私を見つけるのが上手いだけっ」

「逆も然り、だろ?」

「まぁ……たった1人の幼馴染ですから」


 お互いにクスッと笑い、揃ってレジへと向かった。

 


 

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